推しは乗り換えても、「推せる自分」は乗り換えない。市場統計の成長に紛れ込む、財布の忠誠先
「一生好き」なのに起きる、乗り換えという矛盾

誰かが推しているジャンルを変えた話を聞くと、つい「飽きたんだね」「浮気だ」という言葉が浮かびそうになる。しかし本人に理由を尋ねると、たいてい返ってくるのは正反対の答えだ。「好きなものは一生好き」。それでいて、半年前まで熱く語っていたジャンルのグッズは、緩衝材にくるまれてフリマアプリで発送され、本人の手元には売却代金の入金通知と、次のジャンルの円盤やチケットを検討する姿だけが残る。
一生好きなら、なぜ手放せるのか。この矛盾は、単なる「気が変わった」で片づけていい話には見えない。同じ問いが、いま業界統計の中にも隠れているからだ。
17分野中15市場、同時に伸びるという数字

矢野経済研究所が2026年1月に発表した「オタク」市場調査によれば、アニメ、アイドル、VTuber、フィギュアなど国内主要17分野のうち、2024年度に成長したのは15分野。縮小したのはサバイバルゲームとプロレスの2分野だけだった。最大分野のアニメ市場はアニメ制作会社の売上高ベースで前年度比17.4%増の4,050億円、アイドル市場は同23.7%増と、成長率だけ見れば突出している。2025年度も16分野が成長見込みで、インディーゲーム市場は前年度比23.9%増ともっとも高い伸びを予測されている。
この数字には、実は二通りの読み方がある。一つは、外側から新しいお金が業界全体に流れ込んでいる「パイの拡大」。もう一つは、一人の推し活消費者の同じ予算が、ジャンルからジャンルへ高速に移動しているだけの「パイの高速シャッフル」。ジャンルごとに違う会社が、違う商品を、違う客に売っている以上、業界側の統計だけを見ている限り、この二つは同じ「成長」という言葉の下でまったく見分けがつかない。
フリマアプリが縮めた、乗り換えの摩擦

対象を変えながら「集める」「夢中になる」という行為そのものを続ける習性は、今に始まったことではない。切手を集めていた人がやがてアンティークコインに移り、コインの次は骨董の小皿に向かう。集める対象は入れ替わっても、集めるという行為への熱量は、その人の中でずっと途切れずに続いている。ただしかつては、手放すにも売り先を探す手間があり、次に何を推すかを決めるまでの間、財布の中身は塩漬けになりやすかった。
いまはスマートフォンひとつで、不要になったグッズをその日のうちに現金化し、その足で次のジャンルのグッズを買える。この「乗り換えの摩擦」の縮小は、数字にも表れている。メルペイが2025年12月に発表した調査では、推し活をする人の16.2%、メルカードの利用者に限れば34.7%が、不要になった推し活グッズをフリマアプリで売却し、その資金を新しい推し活に充てる「循環型推し活」を実践している。物価が上がっても推し活費を「減らしていない」人は48.1%にのぼる。財布の総量は増えていないのに、支出は減らない。理由は単純で、外から入ってくる新しいお金ではなく、すでに財布の中にあるお金が、ジャンルからジャンルへ移動しているからだ。
一人の消費者が、あるジャンルのグッズを売って、別のジャンルに乗り換える。乗り換えられた先の業界にとっては、それは紛れもなく「新規需要」として計上される。だが同じ人の財布を追いかければ、それは新しい需要ではなく、すでにあった情熱の置き場所が変わっただけかもしれない。
「合わなかったら売ればいい」という許可

なぜ人は、こんなに気軽にジャンルを乗り換えられるのか。サーキュラーエコノミー研究所が2026年5月に発表した調査が、そのヒントを示している。物価高で新しいことを始めるハードルが上がったと感じる人は66.3%にのぼる一方、新しいことを始める際にメルカリで必要なモノを買ったことがある人は74.6%。利用理由の2位は「合わなかったらまた売ればいいと思ったから」で27.9%を占めた。
この調査自体は推し活に限った話ではない。だが、「試してダメなら売ればいい」という心理的な許可が、新しいことを始めるハードルを下げているという構造は、そのまま推し活のジャンル間の乗り換えにも当てはまる。グッズを売る場所があるということは、次のジャンルに踏み出す入り口があるということでもある。かつて「推す」という行為は、部屋の一角を専用の棚に明け渡すような覚悟を伴っていた。だが「売ればいい」という選択肢が当たり前になった今、推す対象を変えることの心理的なコストは、以前よりずっと軽くなっている。
推しではなく、「推せる自分」への一途さ

ここで、最初の矛盾に戻りたい。一生好きなはずなのに、なぜ乗り換えられるのか。
ただし、ここで急いで断っておきたい。ジャンルを変えず、グッズも手放さず、一つの対象に最後まで一途であり続ける人は現実に大勢いる。むしろそちらのほうが多数派だ。循環型推し活の実践者は、推し活実施者全体で16.2%、資金移動に積極的なメルカード利用者に限っても34.7%であり、残り6割以上は「売って乗り換える」という行動自体を取っていない。特定の対象に注ぎ続ける一途さは、乗り換えという行動のほうが話題になりやすいせいで見えにくくなっているだけで、決して少数派の建前ではない。
そのうえで、循環型推し活を選んだ人たちの行動だけを見ると、一つの仮説が浮かぶ。彼らがフリマアプリで手放しているのは、対象そのものへの思い入れというより、その対象が担っていた「役割」——自分を夢中にさせてくれる装置としての役割——なのではないか、という仮説だ。売却で得た資金をそのまま次のジャンルへ注ぎ込むという行動は、対象への興味を失ったことの証拠であると同時に、「夢中になれる状態」そのものは手放していないことの証拠でもある。対象を推す情熱と、対象を選び続ける忠誠心は、実は別のものなのかもしれない。
もちろんこれは、循環型推し活を実践する人たちの内面を実際に調べた結果ではなく、行動データから逆算した一つの解釈にすぎない。だが業界統計における「成長」という言葉は、外部からの新規資金流入と、この種の資金の高速な転流という、本来まったく別の現象を、同じ一つの言葉で覆い隠してしまう。矢野経済研究所の数字が間違っているわけではない。むしろ数字は正確に、ジャンルごとの盛り上がりを記録している。ただ、その数字を「オタク経済全体が拡大している証拠」として無条件に受け取ることは、一人ひとりの財布の中で起きている循環を見落とした読み方になりかねない。
一つの対象に生涯を懸ける一途さと、対象を乗り換えながら「夢中になれる自分」を保ち続けるしたたかさは、どちらが優れているという話ではない。ただ、後者のような消費者が一定数存在するという事実だけで、業界統計の「成長」という言葉の中身は、拡大なのか循環なのか、これまで思われていた以上に見分けがつきにくくなる。もし推し活経済の実像を知りたいなら、見るべきはジャンルごとの成長率だけではないのかもしれない。一つの財布の中で、情熱がどれだけの速さでジャンルからジャンルへ受け渡されているか。その転流の速度こそが、次に測るべき数字なのではないだろうか。







