「推せる時間」は、誰が払っているのか。福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

縮む余暇のゆとり、変わらない推し活熱

「推せる時間」は、誰が払っているのか——福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

給料日前に財布の中身を何度も数え直しても、遠征のチケットを取る手だけは止めない人がいる。飲み会を一度減らし、コンビニのコーヒーを我慢し、それでも推しのライブ代だけは死守する――そんな光景は、もう珍しくない。

日本生産性本部 余暇創研の「レジャー白書2026」速報版(2025年2月、全国15〜79歳3,279人対象)は、その感覚を数字でも裏付ける。余暇時間の「ゆとり」を感じる度合いを示す指数が2018年以来のマイナス(-0.8)に沈み、余暇支出のゆとり感指数にいたっては2022年以来のマイナス(-2.1)にまで落ち込んだ。推しのライブに向かう新幹線代や遠征先のホテル代というお金、グッズ売り場に並ぶ数十分という時間。そのどちらもが、生活者全体で見ればじわじわと目減りしている局面に入ったということになる。

ところがマイナビが正社員20,165人・企業800社を対象に行った調査(2025年10月実施)を見ると、推し活を実施している正社員の割合は28.5%、20代に限れば49.2%と、むしろ高水準を保っている。余暇全体のパイが縮んでいるはずなのに、推し活だけは縮んでいない。給料日前に財布の中身を数え、それでも遠征のチケットを取る手を止めない人がいるとすれば、その原資(お金と時間)はどこかで補われているはずだ。この不釣り合いが、そもそもの出発点になる。

財布ではなく、雇用契約という原資

「推せる時間」は、誰が払っているのか——福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

余暇のゆとりが縮んでいるのに推し活実施率が落ちない、という組み合わせは、一つの見方を誘う。個人の可処分時間・可処分所得という単一の財布だけで、推し活の原資が賄われなくなっているのではないか、という見方である。

マイナビの同じ調査には、もう一つ見逃せない数字がある。勤め先選びで「私生活の時間が確保しやすいか」を重視する正社員は6割を超え、推し活を実施している人はそうでない人より9.4ポイントもこの項目を重視している。そして企業側では、「私生活充実を支援する制度」…リフレッシュ休暇、誕生日休暇、祝い金といった現物的な給付をすでに39.5%が備えている。

個人の家計という一つの財布から出ていたはずの推し活の原資が、雇用契約というもう一つの経路を通じて、勤め先から部分的に補われ始めている。そう仮定すると、余暇全体のゆとりが縮んでいるのに推し活実施率だけが下支えされている理由に、説明がつく。「福利厚生」はもともと、社宅や健康診断のように、暮らしの土台を支える言葉として使われてきた。その土台の一部に、推しのライブに駆けつける時間とお金までが含まれ始めているのだとすれば、この言葉が指す範囲そのものが静かに広がっていることになる。

では、具体的にどんな制度がこの原資を運んでいるのか。

休暇と祝い金という、具体的な装備

「推せる時間」は、誰が払っているのか——福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

この現物給付は、抽象的な福利厚生の話ではなく、実際に推し活の現場で使える具体的な装備として設計され始めている。有給とは別枠のリフレッシュ休暇や誕生日休暇は、取得理由を会社に申告する必要がないぶん、平日開催のライブや遠方での即完売イベントに駆けつけるための時間そのものに転用できる。祝い金という名目の一時金も、使い道を限定されない現金給付である以上、遠征費やグッズ代にそのまま充てることを妨げるものは何もない。

企業側から見れば、これらは福利厚生カタログの一項目に過ぎないかもしれない。しかし推し活を実施している側から見れば、月々の給料明細には表れない、もう一つの「推せる時間・お金」の供給源になっている。

そしてこの現物給付が、数ある趣味の中でも推し活に対して特に手厚く用意され始めているのには理由がある。

日程が動かせない、という推し活特有の制約

「推せる時間」は、誰が払っているのか——福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

数ある趣味の中で、なぜ推し活だけがここまで制度側の対応を引き寄せているのか。手がかりは、推し活という行為の時間的な性質にある。読書や筋トレのような趣味は、多くの場合、いつ時間を確保しても成立する。しかし推し活の中心にあるライブやイベントは、日程も会場も自分では動かせない。仕事のシフトを調整できなければ、その回はもう二度と来ない。

一般的な「休みが取りやすい会社」ではなく、「その日に休める会社」であることが問われるという点で、推し活は他の余暇活動よりも、勤務制度の柔軟性を測るのに都合の良い物差しになっている。企業にとっても、日程が読めるイベントに合わせて休暇取得を促すことは、業務への影響を見積もりやすい。推し活が福利厚生の可視化しやすい対象に選ばれている背景には、こうした噛み合わせの良さがあるのかもしれない。

こうした噛み合わせの良さは、企業側の思惑にもそのまま接続する。

「私生活支援」という名の人材獲得競争

「推せる時間」は、誰が払っているのか——福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

「福利厚生」という言葉は、普通、企業から個人への一方的な気配りとして語られる。だがこの構図を並べて見ると、話の向きが逆転していることに気づく。

個人消費のゆとりが縮小したという、本来は生活者側の危機であるはずの現象が、そのまま企業の人材獲得競争における武器に転化している。「私生活充実を支援する制度」を持つ企業がすでに4割近くに達しているという事実は、こうした制度が慈善事業ではなく、賃上げに頼らずに応募者・従業員を惹きつけるための、実利的な差別化要因として機能し始めていることを示している。需要側の欠乏が、そのまま供給側の商品になる。福利厚生の伝統的な語られ方、すなわち企業が余裕を持って与えるものとは、順序が逆になっている。

企業側にとっての魅力は、コストの構造にもある。休暇や祝い金という現物給付は、基本給を一律で引き上げるのに比べて、支出そのものは限定的に抑えられる。それでいて、推し活という具体的な用途と結びついた瞬間に、受け取る側の実感は基本給の数千円分よりも大きくなりやすい。賃上げの原資を確保しづらい企業ほど、こうした「効き目の割に安い」制度に、人材獲得の望みを託しやすくなっているのかもしれない。

この動きを、賃金という制度全体の変化の中に位置づけ直すとどう見えるか。

給与という単一通貨の分解

「推せる時間」は、誰が払っているのか——福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

この転換は、賃金そのものの意味が変わりつつあるプロセスの一部として読むこともできる。

リクルートマネジメントソリューションズの「若手の離職実態調査2026」(2026年2月、社会人1〜3年目968人対象)では、実際の離職理由に占める「給与水準への不満」の割合が、前回調査の2位(18.4%)から今回6位(8.0%)へと急落した。代わって2位に上がったのは「仕事で自分の能力や持ち味を発揮できない」(21.6%)。離職を思いとどまる理由でも、「成長できる環境がある」が3.3%から8.6%へ、「仕事のやりがい・意義を感じている」が2.8%から8.4%へと、ともに倍以上に伸びている。

給与という単一の物差しで測られてきた労働条件の価値が、時間・機会・私生活の充実度といった複数の要素に分解されつつある、と読める変化である。そしてこの複数の要素のうち、推し活は最も可視化しやすい交換単位になっている。「推し活を続けられる会社かどうか」は、給与明細の数字よりも具体的に、働く側にとって実感できる指標になり得るからだ。

給与の物差しが揺らいでいるのだとすれば、推し活自体の意味合いも変わってくる。

推し活という、数少ない交渉材料

「推せる時間」は、誰が払っているのか——福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

この読み替えは、推し活そのものの位置づけも変える。

これまで推し活は「浪費」「自己満足」といった言葉で、当事者の外側から評価されがちだった。しかし勤め先選びの基準に組み込まれ始めているという事実を踏まえると、推し活は労働者側が企業に対して行使できる、数少ない具体的な交渉材料になっているとも言える。「この会社は推し活を認めてくれるか」という問いは、抽象的な働きがいの話ではなく、休暇制度や手当という具体的な条件として企業に突きつけられる。面接で年収を尋ねるのと同じ感覚で、推し活への理解度を尋ねる時代が来ても、もう驚くことではないのかもしれない。

もっとも、これは全ての推し活実施者に等しく当てはまる話ではないだろう。制度を意識して勤め先を選ぶ人がいる一方で、そうした制度の有無とは関係なく、対象への思い入れだけで推し活を続けている人も当然いる。ここで見えているのはあくまで、集団としての行動データに現れた傾向であり、一人ひとりの動機を単一の説明に還元するものではない。

ここまで見てきた変化を、あらためて原資という一つの言葉に集約してみる。

原資の主従が入れ替わるとき

「推せる時間」は、誰が払っているのか——福利厚生に組み込まれ始めた推し活の原資

家計という私的な領域で完結していたはずの推し活の原資が、雇用契約という公的な契約関係の中に部分的に組み込まれ始めている。この変化は、当面は働く側にとって歓迎すべき方向に見える。給与そのものが伸び悩む中でも、推し活という「好き」を続けられる余地が、勤め先という別の経路から補われるからだ。

ただし、原資の出どころが増えるということは、その原資を握る主体も増えるということでもある。今は個人の家計だけが握っていた推し活の続けやすさが、将来的にどこまで勤め先の制度設計に左右されるようになるのか。転職や独立によって、その会社が用意していた休暇や祝い金を手放したとき、推し活のリズムはどこまで変わらずにいられるのか。福利厚生という財布が、推し活の一部を支え始めたその先で、推し活は誰のものであり続けるのか。この問いは、まだ開いたままだ。

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参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times