大人になるとなぜ昔話をしたがるのか、科学が解き明かす理由

飲み会で「その話、前も聞きました」と思った経験

大人になるとなぜ昔話をしたがるのか、科学が解き明かす理由

忘年会の二次会で、上司が同じ自慢話を始める。祖父が同じ戦争の思い出を何度も語る。親が「あなたが生まれたときはね」と毎年同じトーンで話し出す。こうした場面に覚えがある人は少なくないはずです。大人になるとなぜ昔話をしたがるのか、その理由を一度きちんと調べてみると、単なる「老化で忘れっぽくなった」という話では済まない、記憶の仕組みと心理学、さらには人類の進化にまでつながる背景が見えてきます。

この現象は家庭や職場だけの話ではありません。心理学の世界では何十年も前から研究対象になっていて、年を重ねるほど過去を語りたくなる傾向には、きちんとした名前がついています。まずはその入り口となる「記憶の偏り」から見ていきます。

記憶が10代から30代に集中する「レミニセンス・バンプ」

大人になるとなぜ昔話をしたがるのか、科学が解き明かす理由

記憶は平等ではありません。人に自分の人生で印象に残っている出来事を思い出してもらうと、その記憶は均等に分布しません。40代以降の人に自伝的な記憶を挙げてもらう実験を重ねると、10代後半から30歳前後の時期に経験した出来事が、他の年代の記憶よりも明らかに多く、かつ鮮明に思い出される傾向が確認されています。この現象は「レミニセンス・バンプ(reminiscence bump)」と呼ばれ、自伝的記憶の研究分野ではよく知られた知見です。十文字学園女子大学の心理学研究室の解説によれば、人が昔のことを思い出す際、10代から30代頃の記憶が特に呼び起こされやすいという傾向がはっきりと示されています。

なぜこの時期の記憶だけが特別扱いされるのか。複数の研究をまとめた系統的レビューでは、この時期に初めての経験が集中していること、自己のアイデンティティが形成される時期であること、そして人生の重要な決断(就職、結婚、独立など)が重なることが挙げられています。言い換えると、人が「自分はこういう人間だ」という物語の骨格を作る時期の記憶が、その後何十年にもわたって語り直され続けるということです。大人が昔話をしたがるとき、実はその多くがこの「骨格となる記憶」を再生している行為です。繰り返しに見える昔話も、自分という物語を確認する作業として見えてきます。

ロバート・バトラーが提唱した「ライフレビュー」という心理学

この記憶の偏りに加えて、年齢を重ねるほど過去を振り返る行為そのものが増えるという、もう一つの軸があります。これを理論化したのが、アメリカの精神科医ロバート・バトラーです。バトラーは1963年に発表した論文「The life review: An interpretation of reminiscence in the aged」の中で、高齢者が過去を振り返る現象を「ライフレビュー(人生の再検討)」と名付けました。

バトラーが重視したのは、この振り返りを懐古趣味の一種として片付けず、死が近づいてくることを自然に察知した人間が、残された時間の中で自分の人生に意味を見出すために行う、積極的な心理的作業として位置づけたことです。過去の未解決だった出来事や後悔をもう一度とらえ直すことも含まれ、うまく機能すれば、人は自分の人生を肯定的に受け止め直せます。それまで「高齢者が同じ話を繰り返すのは単なる機能低下」という見方が一般的だった中で、バトラーの理論は、昔話を語ることそのものに心理的な効用があるという新しい視点を医学界にもたらしました。この論文はその後、数百もの研究を生みました。回想という行為に対する偏見を取り除く役割も果たしたと評価されています。

エリクソンの発達段階と「物語としての自分」

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老いと物語は、切り離せません。バトラーの理論と重なる形で語られることが多いのが、発達心理学者エリク・エリクソンが提唱した人生の発達段階です。エリクソンは人の一生を8つの段階に分け、老年期にあたる最後の段階の課題を「自我の統合対絶望」と呼びました。これまでの人生を振り返り、成功も失敗も含めて肯定的に受け止められれば「知恵」という力が備わり、死を穏やかに受け入れる心の余裕につながるとされています。逆に、この振り返りがうまくいかないと、老いや死への恐怖、つまり絶望感が強まってしまうという考え方です。

この「人生を物語として振り返る」という視点をさらに発展させたのが、アメリカ・ノースウェスタン大学の心理学者ダン・マクアダムスです。マクアダムスは、人格の核心部分を、自分自身について語り続ける「生きた物語」としてとらえる考え方を提唱しました。性格を固定した特性のリストとして説明するより、人生という物語の筋立てとして描き直す発想です。過去の経験を再構成し、現在の自分の立ち位置を説明し、将来への見通しを組み込みながら、人は自分という物語を常に編集し続けているというわけです。昔話を語る行為は、この編集作業の一部だと考えると、同じ話を何度も語ること自体にも意味が見えてきます。語るたびに、その人は自分の物語の中で何が重要な場面だったかを、聞き手に向けて再確認しているのです。

子供が同じ絵本をせがむ現象と、鏡のような関係

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実は、昔話をしたがる現象には、子供時代から続く対になる現象があります。小さな子供が「同じ絵本を今日もまた読んで」とせがむ場面は、多くの親が経験しているはずです。イギリス・サセックス大学の心理学者ジェシカ・ホーストらが行った研究では、3歳児を対象に、同じ3冊の絵本を繰り返し読み聞かせたグループと、9冊の異なる絵本を1回ずつ読み聞かせたグループを比較しました。その結果、繰り返し読み聞かせたグループの方が新しい単語をより多く覚え、1週間後のテストでその単語をきちんと覚えていたのも、繰り返し読み聞かせたグループの子供たちだけだったことが分かりました。同じ文脈を繰り返し与えられることで、新しい情報に向けるべき注意の負担が減り、記憶として定着しやすくなるためだと説明されています。

これに加えて、物語の展開をすでに覚えていて先が読めることは、子供にとって強い安心感につながります。思った通りの結末が何度訪れても、そのたびに「願いが叶った」という満足感を味わえるため、繰り返しそのものが喜びの源になるのです。

この構図は、大人になってから昔話をしたがる現象と、ちょうど鏡のような関係になっています。子供は「聞き手」として同じ話の繰り返しを求め、年齢を重ねた大人は「語り手」として同じ話の繰り返しを求めるようになります。求める立場は変わっても、繰り返しによって安心感を得たり、自分がいる世界や人生を確認したりするという心の動きそのものは、驚くほど共通しています。

ノスタルジーは後ろ向きな感情ではない

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懐かしさは、弱さの証ではありません。「懐かしい」という感情、つまりノスタルジーについても、心理学の評価は大きく変わってきています。イギリスのサウサンプトン大学のコンスタンティン・セディキディスらの研究グループは、ノスタルジーが現在の心理状態を健全に保つための機能を持つ、基本的にはポジティブな感情であることを繰り返し示してきました。単なる過去への寂しさの表出として片付けられがちだったこの感情に、積極的な役割があることを明らかにしたのです。

具体的には、ノスタルジーには大きく三つの働きがあるとされています。一つは「社会的なつながりの感覚」を高めること、二つめは「自分の人生に意味や一貫性がある」という感覚を強めること、三つめは過去の自分と今の自分がひとつの線でつながっているという「自己の連続性」を感じさせることです。さらに、孤独感や社会的な疎外感、ストレスといったネガティブな状態を和らげる効果があることも報告されています。つまり、昔を懐かしんで語ることは、心の健康を保つための自然な調整行動です。年齢を重ねた人が昔話をしたがるのは、感情のバランスを取るための、ごく合理的な行動でもあります。

焚き火を囲んで語られた物語が人類を進化させた

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昔話をしたがる傾向は、個人の心理だけの話では終わりません。人類学の研究は、物語を語り合う行為そのものが、人間社会の進化に深く関わってきたことを示しています。

アメリカ・ユタ大学の人類学者ポリー・ウィスナーは、アフリカ・カラハリ砂漠に暮らす狩猟採集民、ジュホアン(クン)族の会話を分析した研究を2014年に発表しました。1970年代に録音された会話と、2011年から2013年にかけて同じ共同体で新たに収集した68の焚き火語りを比較したこの研究では、日中の会話と夜に焚き火を囲んでする会話とで、内容がまったく異なることが明らかになりました。日中の会話は主に経済的な話題や苦情、議論が中心なのに対し、焚き火を囲む夜の会話の8割以上が「物語」で占められていたのです。過去の狩りの話、争いの記憶、結婚や出産の話、迷子になった経験、他の集団との交流など、まさに「昔話」と呼べる内容が大半でした。

ウィスナーは、この焚き火での語りが、社会の伝統を強化し、調和と平等を促し、遠く離れた人々や精神的な世界まで含む広い共同体意識を想像する力を育んだ可能性を指摘しています。火を囲んで声を交わす行為が、人間同士の社会的なつながりを作る接着剤として機能してきたという見方です。現代のオフィスの飲み会や、祖父母の縁側での語りも、形を変えながら続く、この火を囲んだ語りの延長線上にあります。数万年単位で人間に根付いた、根の深い習性。

「昔話」という言葉そのものが語る、囲炉裏端の記憶

大人になるとなぜ昔話をしたがるのか、科学が解き明かす理由

言葉そのものが、歴史を語ります。ここで「昔話」という言葉自体の歴史に目を向けると、もう一つ興味深い構造が見えてきます。民俗学の分野では、昔話は本来、文字を持たない社会における口頭伝承の一種として位置づけられてきました。語り手は親や祖父母、聞き手は子供や孫というのが典型的な構図で、語られる場所は寝床や囲炉裏端が中心だったとされています。冬の夜、暖を取りながら、年長者の声を聞いて眠りにつくという体験が、長く日本の家庭の原風景でした。

国立国会図書館のレファレンス協同データベースの解説によれば、昔話には「むかし」で始まる発端句と、地域ごとに決まった結句が存在し、語り物であるからこそ理解しやすい簡潔な文体を持っていたといいます。つまり昔話とは、もともと決まった形式を持つ、共同体の中で継承される語りの技術そのものでした。

一方で「民話」という言葉は、実は比較的新しく、戦後に作られた呼び方です。戦後、それまでの昔話の扱われ方に対する批判や見直しが起こったことを背景に、新しい用語として民話が普及し、現在では昔話と民話はほぼ同じ意味で使われるようになっています。もともと囲炉裏端で語られていた「昔話」という言葉が、今では個人が自分の過去を語る行為にも使われているのは、偶然の意味の広がりというより、年長者が過去の出来事を語り継ぐという行為そのものが、形式を変えながら現代まで続いてきたことの表れとも言えそうです。

なぜ思い出は、本当よりも美しく語られるのか

大人になるとなぜ昔話をしたがるのか、科学が解き明かす理由

昔話が繰り返されるたびに、内容が少しずつ良い方向へ変化していくように感じたことはないでしょうか。これにも心理学的な裏付けがあります。アメリカの心理学者テレンス・ミッチェルとリー・トンプソンらが1997年に発表した研究では、ヨーロッパ旅行、感謝祭の休暇、カリフォルニアを3週間自転車で横断する旅という3つの異なる体験について、参加者の評価を体験の最中と事後の両方で追跡しました。その結果、参加者は体験している最中よりも、終わってから振り返ったときの評価の方が高くなる傾向が確認されました。自転車旅行の参加者は、旅の最中には疲労や不満を口にしていたにもかかわらず、1か月後に振り返ったときには、より楽しい旅だったと記憶していたのです。

この現象は「バラ色の回顧(rosy retrospection)」と呼ばれています。人は現在の自分にとって都合の良い形に、過去の記憶を少しずつ編集し直す傾向を持っているということです。武勇伝が語られるたびに少しずつ大きくなったり、「あの頃は良かった」という結論に落ち着きやすかったりするのは、語り手が嘘をついているからというより、人間の記憶そのものに備わった、こうした編集の仕組みによるところが大きいと考えられます。

武勇伝おじさんと回想法、両極に見える現象の共通点

大人になるとなぜ昔話をしたがるのか、科学が解き明かす理由

武勇伝おじさんにも、理屈があります。ここまでの話を踏まえると、職場でよく話題になるこの存在も、違った角度から見えてきます。若い頃の自慢話を繰り返す上司や先輩について、マイナビニュースのオフィス観察記事をはじめ、数多くの記事が「過去の栄光を引きずるおじさん」として扱ってきました。本人に悪気はなく、自分の経験が後輩の役に立つはずだという善意からくる場合もあれば、現在の立場での評価に満たされず、過去の実績を語ることで承認を得ようとしている場合もあるとされています。

医学的な観点からは、加齢に伴う脳の変化も関係しています。大脳の萎縮は前頭葉から始まりやすく、前頭葉は感情や発言の抑制をつかさどる部位でもあります。東洋経済オンラインが取り上げた老年医学の分析によれば、前頭葉の機能低下は感情抑制力の低下や判断力の低下と結びついており、これが「一度話し始めると止まらない」「同じ話を何度も繰り返す」という行動の一因になっていると説明されています。

一方で、この「昔を語りたくなる」という性質を、医療や介護の現場では積極的に活用する動きもあります。ロバート・バトラーが理論化したライフレビューは、「回想法」という名前の心理療法として体系化され、日本でも2000年代以降、高齢者施設を中心に広がってきました。昭和レトロな道具をそろえ、昔の暮らしを懐かしみながら語り合う時間を設けている介護施設も実際に存在します。東海テレビが報じたある施設の取り組みでは、お手玉や黒電話といった懐かしい道具を使いながら昔を思い出して語り合う回想法が、脳の活性化や自己肯定感の向上につながるとされています。昔のことを後輩や職員に教えることで「人の役に立っている」という感覚が得られ、それが生きる張り合いにつながるという理屈は、オフィスの武勇伝おじさんの承認欲求と、驚くほど似た構造を持っています。

飲み会でうんざりしながら聞く自慢話と、介護施設で丁寧に設計された回想法は、見た目はまったく違う場面に見えます。しかし根っこにあるのは同じ心の仕組みです。自分が重ねてきた時間に意味を見出し、それを誰かに語ることで確認したいという欲求は、記憶の性質上10代から30代の経験に集中しやすく、年齢を重ねるほど強くなり、語ることそのものが心の健康を保つ役割も果たしています。

実家の正月に、昔話を聞く側になったとき

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お正月に実家に帰ると、祖父母や親から毎年同じ話を聞かされる。この記事の冒頭に挙げたような場面に、改めて戻ってみます。レミニセンス・バンプによって特定の時期の記憶が選ばれ、ライフレビューによって振り返る頻度そのものが増え、ナラティブ・アイデンティティの理論に従って自分という物語が編集され続け、バラ色の回顧によって話の輪郭が少しずつ美しくなっていく。その一つひとつの仕組みが積み重なった結果が、祖父母や親が繰り返す、あの昔話です。

子供の頃に同じ絵本を繰り返しせがんでいた側が、いつの間にか昔話を繰り返し語る側に回っている。この構図の入れ替わりこそ、年を取るということの、ひとつの正体なのかもしれません。次に誰かの昔話に付き合うことになったときは、その人が単に同じ話を繰り返しているのではなく、自分という物語の大事な一章を、もう一度確認しようとしているところなのだと考えると、少しだけ聞き方が変わってくるはずです。

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参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
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なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

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