缶詰の王者はサバ缶? 生産量が示す本当の一位
- 1. サバ缶が「缶詰の王者」と呼ばれるようになった経緯
- 2. 2016年、サバ缶がツナ缶から王座を奪った年
- 3. 生産量データが示す現在の王者
- 4. 一缶で価格が10倍以上違う、高級サバ缶という現象
- 5. 酒のつまみとして進化した缶詰、「缶つま」という文化
- 6. なぜツナ缶は地味に強いのか
- 7. シーチキンという名前が生まれた静岡の缶詰産業
- 8. 世界のサバ缶と日本のサバ缶、味付けに表れる違い
- 9. 日本の缶詰そのものの歴史をさかのぼる
- 10. 缶詰が長期保存できる科学的な仕組み
- 11. 防災食として選ばれる理由とローリングストックという考え方
- 12. 王者の陰で生き残ってきた缶詰たち
- 13. 参考
サバ缶が「缶詰の王者」と呼ばれるようになった経緯

スーパーの缶詰売り場で、サバの水煮缶が品薄になっている。そんな光景を見たことがある人は多いはずです。発端は2013年です。テレビ番組でサバ缶のダイエット効果が紹介されました。サバに豊富に含まれるEPAが、いわゆる「痩せるホルモン」GLP-1を出す細胞を刺激する。そのことが話題になり、売り切れが続出しました。これが第一次サバ缶ブームです。
追い打ちをかけたのが、2013年に岩手県産として登場した「サヴァ缶」でした。黄色地に青いサバを描いたスタイリッシュなパッケージは、それまでの「安い酒のつまみ」という缶詰のイメージを根底から覆しました。コロナ禍では、下処理なしでそのまま食べられ、長期保存もできるサバ缶が巣ごもり需要にぴったりの食材として、三度目のブームを迎えます。印象が変わった瞬間です。こうした流れの中で、サバ缶は「缶詰の王者」という扱いを受けるようになっていきました。
2016年、サバ缶がツナ缶から王座を奪った年
ところが、この「王者」という呼び方には、もう少し込み入った背景があります。日本缶詰びん詰レトルト食品協会の統計によれば、魚介類の缶詰で長らく生産量トップの座にあったのはツナ缶(まぐろ・かつお類)でした。水煮や油漬けにしても、味のクセが少ない。サラダからサンドイッチまで使い道が広く、戦後の日本の食卓に深く根を下ろしていた缶詰です。縁の下の力持ちでした。
その不動の王者の座を、サバ缶が初めて奪ったのが2016年でした。この年の生産量は3万7117トンと過去最高を記録し、ツナ缶を上回って魚介缶詰のトップに立ちます。報道の見出しには「ついにツナ缶の生産量を上回った」という表現が使われました。名実ともに王座を手にした一年です。比喩ではなく、実際に生産量という数字で裏づけられた称号、それが「缶詰の王者」という言葉の正体だったわけです。
生産量データが示す現在の王者

ではその王座は今も続いているのでしょうか。答えは単純ではありません。近年のデータを追うと、話はもう一段ひねりが入ります。原料となる太平洋のマサバの不漁が続いたことで、2024年のサバ缶生産量は前年比6.9%減の224万箱、6年連続のマイナスでした。ツナやサバ、サンマを含む魚の缶詰全体の生産も、71年ぶりの低水準に落ち込んだと日本経済新聞が報じています。
一方、2025年のデータでは、まぐろ・かつお類のツナ缶が549万箱で水産缶詰の最大品目を維持し、前年から0.4%増加、かつおの缶詰だけを見ると1.7%の増加となりました。原料の調達先が世界各地に広がっているツナと、太平洋のマサバという限られた資源に依存するサバとでは、不漁の影響の受け方がそもそも違います。逆転です。2016年に一度王座を譲ったツナ缶は、サバの不漁という追い風を受けて、生産量という指標の上では静かに王座を取り戻している状態にあります。サバ缶が話題を集め続けている間に、足元の数字は静かに入れ替わっていたことになります。実際、消費者の人気投票では極洋の「さば水煮」や伊藤食品の「美味しい鯖水煮」といった定番ブランドが常に上位に入り、サバ缶への注目度自体は今も高いままです。それでも業界全体の生産量という尺度で見ると、王座はツナ缶の側に戻っている。人気投票の盛り上がりと、出荷量の実数とは、必ずしも同じ方向を向かないということです。
一缶で価格が10倍以上違う、高級サバ缶という現象
サバ缶ブームが進むにつれて、価格帯そのものも大きく広がりました。コンビニで買える定番のサバ水煮缶が200円前後であるのに対し、脂の乗った旬のサバだけを厳選して国産原料で丁寧に仕込んだ高級サバ缶には、1缶1000円を超えるものも珍しくありません。グルメ系の食べ比べ企画では、183円のコンビニ缶と1296円の最高級缶が並べられ、身の締まり方や味の濃さがまったくの別物だと評されたこともあります。
価格差の理由は、仕入れの段階にあります。安価な缶詰は脂が乗る前の時期や、値がつきにくい個体を加工に回すことが多いのに対し、高級品は脂が最も乗る秋から冬にかけて獲れた国産のサバだけを選び、信州みそなど素材にこだわった調味料で仕込みます。水揚げ後の管理にも手間をかけるため、仕入れ価格そのものが跳ね上がるという構造です。もともと「安い酒のつまみ」というイメージが強かった缶詰が、ふるさと納税の返礼品やギフトとして選ばれるほどの地位まで上がってきたのも、この高級路線の広がりと無関係ではありません。
酒のつまみとして進化した缶詰、「缶つま」という文化

食品卸の国分グループが展開する「缶つま」シリーズも、缶詰の地位が上がったことを示す例として見逃せません。お酒に合う素材選びと味付けにこだわったこのシリーズは、累計で6300万個を売り上げるヒット商品になりました。なかには1個1万円を超える限定の高級缶まで存在します。かつて缶詰は、安い酒のつまみとして消費される食品の代表でした。それが今では、わざわざ選んで楽しむ嗜好品に変わっています。
広島県産の牡蠣の燻製油漬けのように、素材そのものの質で選ばれる缶詰も増えました。近年は「缶詰バー」と呼ばれる業態も登場し、缶を開けてそのまま出すスタイルがちょっとした外食体験として受け入れられています。保存のための技術でしかなかった缶詰が、味や体験そのものを売る食品に変わってきているわけです。
なぜツナ缶は地味に強いのか

派手なブームの記憶を持たない、ツナ缶の強さ。サバ缶と比べると見過ごされがちですが、理由は主に二つです。ひとつは原料調達の広さです。カツオは太平洋の広い範囲を回遊するうえ、ビンナガやキハダなど複数の魚種を原料にできるため、一つの漁場や魚種が不漁になっても生産全体への打撃が分散されます。
もうひとつは用途の幅広さです。ツナ缶はサラダ、パスタ、おにぎり、サンドイッチと和洋どちらの料理にも使われ、離乳食にまで使われるほど味の主張が控えめです。「そのままでご飯のおかずになる主役級の缶詰」がサバ缶だとすれば、ツナ缶は「どんな料理にも入り込める脇役的な缶詰」です。主役は注目を集めやすい一方で、需要が流行に左右されやすい。脇役は目立たないものの、需要が安定しやすい。この構図は、缶詰に限らず食品市場のいろいろな場面で見られるものです。
シーチキンという名前が生まれた静岡の缶詰産業

ツナ缶といえば「シーチキン」という呼び方を思い浮かべる人も多いと思います。これは一般名詞ではなく、はごろもフーズの登録商標です。同社は1931年、静岡市で「後藤缶詰所」として創業し、マグロの油漬け缶詰をアメリカ向けに輸出することから事業を始めました。国内向けの販売を始めたのは1958年、その際に「鶏肉のような白身で食べやすい」という意味を込めて「シーチキン」と名付けたのが由来です。
ツナ缶そのものの発祥は1860年代から70年代のフランスとされ、日本では明治時代に試作が始まり、1928年に商業生産が本格化しました。現在、はごろもフーズの国内シェアは5割ほどにのぼり、ホテイフーズやいなば食品など主要メーカーの多くも静岡県の清水地区に集まっています。ツナ缶の国内シェアの98%以上が静岡県産という統計もあるほどで、ひとつの地域に産業が集積している珍しい例です。
なぜ清水にメーカーが集まったのかといえば、もともと遠洋漁業の拠点として発展してきた港町だったことが関係しています。マグロやカツオの水揚げ地のすぐそばで加工すれば、原料の鮮度を保ったまま缶詰にできます。輸出用に育った加工技術と流通網が、そのまま国内消費向けの産業に転用され、地場産業として定着した経緯は、サバ缶の流行とはまったく異なるタイプの「強さ」を物語っています。ブームに頼らず、地理的な条件と技術の蓄積で築かれた王座というわけです。
世界のサバ缶と日本のサバ缶、味付けに表れる違い
日本でサバ缶といえば、塩だけで仕立てた水煮が定番です。味のクセが少ないため、和・洋・中どの料理にもアレンジしやすいという利点があります。ところが世界に目を向けると、水煮よりもトマト味の缶詰の方が一般的だという調査結果があります。アジアからアフリカ、ヨーロッパまで、サバのトマト煮缶は広く作られており、チリトマトやガーリックトマトなど味の幅も豊富です。
トマトの強い風味が青魚特有の臭みを覆い隠しやすいことに加え、サバのイノシン酸とトマトのグアニル酸という異なるうま味成分が組み合わさることで、うま味の相乗効果が生まれるという理由もあります。ポルトガルではオリーブオイル漬けが主流、イギリスではカレー味まで存在します。同じ魚種でも、保存方法として缶詰を選んだ国や地域の食文化によって、仕立て方がまったく違う方向に発展してきたわけです。水煮缶を当たり前だと思っている日本の感覚は、世界的に見ると一つの選択肢にすぎません。
同じ魚を同じ技術で保存しているのに、仕上がりがここまで違うのは、缶詰がそれぞれの国の普段の味付けをそのまま引き継いでいるからだと考えられます。日本の水煮缶が素材の味を生かして調理に使い回せることを重視しているのに対し、各国の缶詰はその土地で親しまれてきた香りや味付けを閉じ込める方向に進んできました。同じ保存技術でも、何を美味しいと感じるかという感覚の違いが、缶の中身にそのまま表れているわけです。
日本の缶詰そのものの歴史をさかのぼる

そもそも日本に缶詰という技術が入ってきたのは明治初期のことです。1871年、長崎の外国語学校に勤めていた松田雅典が、フランス人教師が食べていた牛肉の缶詰に衝撃を受けました。製法を学んで作り上げたイワシの油漬け缶詰が、日本初の缶詰とされています。
商業生産としての第一号は1877年、北海道の「開拓使石狩缶詰所」で作られたサケ缶でした。製造が始まったのは同年10月10日で、この日付が後に「缶詰の日」として制定されています。昭和初期には、サケやカニ、マグロ、イワシ、ミカンの缶詰が重要な輸出品として海外に送られていました。稼ぎ頭でした。戦後は輸出品としての役割から、国内の食卓を支える保存食としての役割へと、缶詰の立ち位置そのものが変化していきます。王座争いも、この長い歴史の最新の一章にすぎません。
缶詰が長期保存できる科学的な仕組み

缶詰がなぜ何年も保存できるのか、普段あまり意識しない人も多いと思います。仕組みは単純です。密封と加熱、それだけです。密封した缶に食品を入れたあと加熱殺菌し、缶の中を無菌状態にしています。腐敗の原因となる細菌や微生物が中に存在しないため、外から傷がついたりしない限り食品は劣化しません。酸素もほとんど入っていないので、酸化による味や色の劣化も抑えられます。
この技術の起源は、19世紀初頭のフランスにさかのぼります。遠征先で食料をどう長持ちさせるかに悩んでいたナポレオンは、1795年、常温で長期保存できる食糧を開発した者に懸賞金を出すと発表しました。1810年、料理職人のニコラ・アペールが、びんに食品を詰めて煮沸し密封する方法を考案して1万2000フランの賞金を獲得します。同じ年、イギリスのピーター・デュランドがガラスびんの代わりにブリキ缶を使う方法を考え、特許を取得しました。ガラスびんから金属の缶に替わったことで、持ち運びやすさと保存性が一気に高まり、現在の缶詰の形に近づいていきます。日本の缶詰の賞味期限は一般に3年とされていますが、これは缶そのものの品質保持期限が3年という基準によるもので、内容物自体は真空状態に近いため、実際にはそれ以上の期間、品質が保たれることも少なくありません。
防災食として選ばれる理由とローリングストックという考え方

缶詰が災害時の備蓄食として選ばれるのも、この加熱殺菌と密封という単純な技術のおかげです。火を使わずそのまま食べられ、常温で長期間保存できるという条件は、防災食にそのまま当てはまります。近年広まった「ローリングストック」という考え方では、缶詰などの保存食を普段の食事で消費しながら、使った分だけ買い足していきます。非常食を棚の奥にしまい込んで賞味期限切れに気づかない、という従来の備蓄スタイルとは発想が異なります。
古いものから順に食べていくため賞味期限切れが起きにくく、災害時にも普段から食べ慣れた味を口にできるという安心感があります。災害直後は水や電気が使えないことも多く、栄養バランスの取れた食事を確保しにくい状況になります。缶詰であれば、開けてそのまま食べられるうえに、魚の缶詰ならたんぱく質や脂肪酸も補えるため、備蓄品としての実用性は高いといえます。サバ缶やツナ缶がローリングストックの定番として挙げられやすいのは、備蓄食としての機能性だけでなく、ブームを経て多くの人にとって「わざわざ買う非常食」から「普段から家にある食品」に変わったという事情も関係しています。この王座争いは、スーパーの売り場だけでなく、家庭の防災備蓄の棚でも静かに続いているわけです。
王者の陰で生き残ってきた缶詰たち
ツナ缶とサバ缶の王座争いの陰には、目立たないまま生き残ってきた缶詰もあります。みかんの缶詰はその代表格です。安価な輸入品との価格競争にさらされ、国内のみかん缶詰メーカーは最盛期には300社ほどあったものが、今では9社ほどまで減ったといわれています。それでも生き残った会社は、学校給食という販路を確保し、「国産の安心できる食材を子どもに」というニーズに支えられて事業を続けてきました。地道な戦略でした。静岡県清水に本社を置き、昭和8年創業で90年以上の歴史を持つ缶詰メーカーのように、輸入品の価格競争を乗り越えて今も操業を続けている会社があります。冷凍みかんとして給食に出てきた記憶がある人も多いはずです。
コンビーフや大和煮も、缶詰だからこそ成立している料理です。大和煮は明治14年ごろに鴨肉の煮込み料理として生まれ、牛肉の大和煮缶詰は明治21年前後に登場しました。砂糖と醤油、生姜で甘辛く煮込むこの味付けは、実は缶詰以外の料理としてはほとんど存在しません。いわば缶詰専用の料理です。コンビーフも1948年に国産第一号が発売されて以来、牛肉の量とやわらかい食感を売りに定番の地位を保っています。息の長い商品です。缶詰の世界にも高級路線は広がっていて、牛肉の塊をたっぷり使った丸い缶入りの、1缶1000円を超えるコンビーフも販売されています。普段使う安価な製品と、特別な日に開ける高級品が並んで棚に収まっているのは、サバ缶で見た価格帯の広がりと同じ構図です。
生産量という数字で追えるぶん、サバ缶とツナ缶の王座争いは分かりやすい物語です。その周りには、数字には表れにくい形で生き残ってきた缶詰の歴史が何層にも積み重なっています。どの缶がいつの時代に生まれ、どんな理由で今の棚に並んでいるのか。それを考えてみると、いつもの缶詰売り場が少し違って見えてきます。普段は値段と賞味期限しか見ないまま棚に手を伸ばしている缶詰にも、それぞれ固有の勝ち残り方があったわけです。次に売り場に立ったときは、サバ缶とツナ缶、どちらを手に取るか少し考えてみるのも面白いかもしれません。

参考
- 空前の「さば缶」ブーム ついにツナ缶の生産量を上回った背景
- サバ缶ブレイクは必然!空前絶後のブームが起きた理由
- 100円のサバ缶と3000円のサバ缶は何が違う?サバ缶の歴史と秘密とおいしい食べ方
- ツナやサバ・サンマ…魚の缶詰、不漁で生産71年ぶり低水準 価格は5年で2倍
- サバ缶生産5年で半減 資源少なく原料難、完全養殖の実用化急ぐ
- 25年の缶びん詰国内生産量 原料悪化、コスト高で減産
- 【混乱】グルメライター格付けチェック『サバ缶編』:第21回
- 最高「1個1万円超」の缶詰シリーズが6300万個の大ヒット…食品卸が作った「缶つま」が酒飲みに愛されるワケ
- 世界の「サバ缶30種」食べ比べてみてわかったこと 日本は水煮が一般的だが、世界で多いのは
- 日本最初の「缶詰」中身は北海道の味!知っておきたい食文化“はじめの一歩”
- あのフランス皇帝の公募がルーツ!? 「缶詰の作り方」の歴史
- 米国向けのツナ缶が始まり、はごろもフーズ 1931年静岡で創業【経済トレンド】
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