魔法瓶の由来をたどると、科学者の実験道具と新聞記者の勘違いに行き着く
遠足のお弁当箱の横に転がっていたり、祖父母の家の台所の隅に置かれていたり。特に意識されることのない道具です。それでも魔法瓶は、長く家庭に居座ってきました。熱いお茶を注げばいつまでも熱いままです。冷たい麦茶を入れれば、昼過ぎまで冷たさが続きます。なぜそこまで温度が保たれるのか。子供の頃に不思議に思った人は多いはずです。
魔法瓶の由来をたどると、話は一気に大がかりになります。科学者が極低温の気体を保存するために作った実験器具。それを家庭用品に化けさせたドイツの職人。日本の新聞記者が起こした小さな勘違い。地味な日用品の裏には、この三つがつながっています。
液体酸素を閉じ込めるために生まれた実験用のガラス瓶

魔法瓶の原型を作ったのは、スコットランドの物理学者ジェームズ・デュワーです。1892年、デュワーは気体を冷やして液体の状態にした液体酸素や液体水素を保存するための容器として、二重構造のガラス瓶を考案しました。内側と外側、二枚のガラス壁の間を真空にし、さらに内壁に銀メッキを施したこの容器は、後に「デュワー瓶」と呼ばれるようになります。
デュワーがこの容器を必要とした理由は、当時の研究内容を見るとよくわかります。デュワーは1898年に液体水素を大量に製造する技術を確立し、翌年にはマイナス260度という超低温で水素を固体にすることにも成功しました。絶対零度まであと13度です。常温の実験室の中でこの温度を少しでも長く保つには、熱の侵入をほぼ完全に断つ容器が必要でした。保温のためではなく、極低温の液体を気体に戻さないための工夫。それが真空の層の正体です。家庭の飲み物を温める目的は、そこには一切含まれていません。実験室の中から生まれた道具が、のちに世界中の台所に収まることになります。
ドイツの職人が特許を取り、ベルリンでテルモス社を創業

この実験用フラスコを家庭用品に変えたのは、デュワーのもとでガラス職人として働いていたラインホルト・ブルガーでした。壊れやすいガラスの真空容器を金属製のケースで覆う。ブルガーが思いついたのはそれだけでしたが、効果は大きく、1903年にドイツで特許を取得します。翌1904年、ベルリンで会社を設立しました。公募で決まった社名が「テルモス」です。ギリシャ語で「熱」を意味する言葉からとられています。
テルモス社の成長は早く、設立から数年のうちにイギリス、アメリカ、カナダに現地法人を置くまでになりました。1909年にテルモス社が新聞に出した広告には、北極探検のクック博士やピアリー、南極探検のシャクルトン、人類初飛行のライト兄弟、飛行船開発のツェッペリンといった名前が、利用者として並んでいます。実験器具として生まれた容器は、わずか十数年のうちに、探検家や冒険家が極地や上空に持ち込む道具にまでなっていました。
日本にガラス製の魔法瓶が初めて輸入されたのは1907年9月のことです。輸入元は東京・日本橋にあった日本銃砲店という狩猟用品の店でした。価格は、現在の貨幣価値に置き換えるとおよそ40万円。庶民にはとても手が届かない高級品でした。狩猟用品店が扱っていたからこそ、のちに狩猟の取材を受けた大学教授の口から「魔法瓶」という呼び名が生まれたというのも、考えてみれば自然な巡り合わせです。
「魔法瓶」という呼び名はイソップ物語についての勘違いから広まった
日本で「魔法瓶」という呼び方が定着した経緯には、はっきりした記録が残っています。全国魔法瓶工業組合の調査によると、1907年10月22日の朝日新聞に、輸入されたばかりのこの容器についての記事が掲載されました。取材を受けた東京帝国大学教授の飯島魁が、狩猟の道具としての便利さを語る中で、この容器を「イソップ物語に出てくる魔法瓶のような」と表現したことが、名前の由来とされています。
ところが、イソップ物語の中に魔法瓶が登場する場面は見当たりません。何らかの記憶違いか勘違いから生まれた言い回しだったと推定されていますが、真相はわかっていません。それでも「魔法のように温度を保つ瓶」という語感がそのまま新聞に載り、広まってしまいました。誤解がもとになった呼び名が、訂正されることもなく一般名詞として定着したのは、言葉の歴史としてはなかなか珍しい例です。正式名称の「デュワー瓶」より、新聞記者の勘違いのほうが長生きしたことになります。
英語で「サーモス」が商標ではなく一般名詞になった理由
日本語の「魔法瓶」が新聞記者の勘違いから一般名詞になったように、英語の「thermos」もブランド名から一般名詞へと転じています。経緯はまったく違います。
テルモス社は広告で「Thermos」というブランド名を世の中に広めすぎました。その結果、1923年にはすでに、自社の商標が一般名詞化する危険に気づいていたといいます。商標であることを示す表示を強化する対抗策をとりますが、効果は限定的でした。1958年、ライバル企業のアラディン社が「thermos bottles」という表記で製品を売り始め、商標侵害訴訟に発展します。1963年、アメリカの裁判所はこの訴訟に対して、「thermos」はすでに一般消費者にとって商品カテゴリーそのものを指す言葉になっており、一社だけの商標とは言えないという判断を下しました。判決後もアラディン社が小文字の「thermos」を使うことは認められましたが、「オリジナル」や「本物の」という言葉と組み合わせることは禁じられました。広告が行き届きすぎて、固有名詞としての地位を自分で失ってしまった事例です。似た運命をたどった商標は他にもあります。鎮痛剤の「アスピリン」や、エスカレーター、ヨーヨーも、もとは特定企業の登録商標でした。
真空と鏡の技術で熱の移動を止める仕組み

魔法瓶がなぜ熱を保てるのか。答えは、熱が移動する三つの経路、伝導、対流、放射のすべてに対策を打っているからです。
内瓶と外瓶の間を真空にすることで、まず伝導と対流を防げます。物と物が触れ合うことで伝わる伝導、空気の動きによって熱を運ぶ対流。どちらも熱を伝える物質があってはじめて成り立ちます。間の層に物質自体が存在しないのですから、この二つの経路はそもそも断たれているわけです。
残るのは放射です。太陽の熱が何もない宇宙空間を越えて地球に届くように、放射による熱の移動は真空があっても止まりません。そこで魔法瓶は内瓶の表面に銀や銅、アルミの膜を貼り、鏡のような状態を作っています。光を反射する理屈とまったく同じ仕組みで、放射熱も跳ね返しているわけです。遭難時に使うアルミ製のサバイバルシートが暖かく感じられるのも、同じ理屈です。こちらには真空の層はありません。それでもアルミ箔の反射率は理論上90から99パーセントにおよび、体から出る放射熱を反射して閉じ込めます。
95度のお湯を使った実験では、ふたを開けたままの一重構造のやかんは1時間で60度近くまで下がります。真空二重構造の魔法瓶は、6時間が経っても飲み頃とされる80度前後を保ちます。中の熱がなくなっているのではなく、外へ逃げていく速度がひたすら遅くなっている、というのが実際に起きていることです。
割れるガラスから割れないステンレスへ切り替えた日本の技術

日本国内での生産が始まったのは、輸入から5年後の1912年です。日本電球会社に勤めていた八木亭二郎が輸入品を分解して構造を研究し、電球づくりに使われていたガラスの真空技術を応用して、国産第一号の魔法瓶を完成させました。電球と魔法瓶は、どちらもガラスの内部を真空にする技術が土台になっています。電球づくりの職人が魔法瓶づくりに転じるという流れは、当時の日本では珍しくなかったようです。のちに象印を創業する市川兄弟の弟も、電球加工の職人でした。
国内生産が始まってからも、魔法瓶の中瓶はしばらくガラス製が主流でした。ガラスは熱を伝えにくく真空との相性がよい一方、落とせば割れるという弱点をそのまま抱えていました。通学路で落として割ってしまった、という記憶を持つ人も少なくないはずです。
この弱点を解決したのが日本の技術です。1978年、日本酸素株式会社がステンレス製の携帯用魔法瓶を発売しました。同じ年に酸素メーカーとの共同開発に着手していた象印マホービンは、先を越されたことを受けて提携を解消し、独自技術での開発に切り替えます。1981年には、割れず、錆びず、丸洗いもできるステンレス魔法瓶を発売しました。薄く仕上げた真空の層が、小型化と軽量化も同時に実現させています。ガラス製からステンレス製への切り替えは業界全体に広がりました。もう割れる心配はありません。日本製のステンレス魔法瓶は現在、世界120カ国ほどで使われています。
飲み物専用から食事用へ、スープジャーが広げた用途
ステンレス構造がもたらした変化は、飲み物にとどまりませんでした。サーモスは2009年、国内で真空断熱のスープジャーを発売します。2011年には保温容器に直接食品を入れられる現在の構造に改良され、2013年頃にかけて大きなブームになりました。鍋を使わずに、朝入れたお粥や煮込み料理が昼には温かいまま食べられる。この保温調理を使ったレシピ本が、このころ次々と出版されています。実験室で生まれた真空断熱の技術が、オフィスで食べる昼食の温度まで左右するようになったわけです。保温が苦手だった従来の弁当箱では難しかった、汁物やカレーを持ち歩くという選択肢も、このときに定着しました。
虎と象、大阪で生まれた二つのブランドが背負った名前の意味
日本の魔法瓶メーカーを代表する象印マホービンとタイガー魔法瓶は、どちらも大阪で、しかも大正時代というほぼ同じ時期に創業しています。
象印の始まりは1918年です。愛知県出身の市川銀三郎と金三郎の兄弟が、大阪市西区に市川兄弟商会を設立しました。先に触れた、電球加工職人だった弟の金三郎が、ドイツから輸入された魔法瓶に興味を持ち、職人仲間と中瓶を試作したことがきっかけです。1923年に完成品の製造販売を始め、象をトレードマークに選びます。家庭用品だからこそ誰からも親しまれる動物にしたいという考えと、象の寿命の長さを、長持ちする魔法瓶のイメージに重ねたことが理由とされています。
タイガー魔法瓶も同じ1923年、愛媛県出身の菊池武範が大阪市西区に菊池製作所を設立し、「虎印魔法瓶」の製造販売を始めたところから始まります。虎を選んだのは、創業者の父が寅年生まれだったことに加え、当時壊れやすいと思われていた魔法瓶のイメージを強い動物の名前で払拭したいという狙いがあったためです。同じ1923年に起きた関東大震災では、問屋に置かれていた魔法瓶のうち虎印の製品だけが一本も割れなかったという逸話が残っており、これが品質への信頼を広める一因になりました。
壊れやすい道具を、強さを連想させる動物の名前で売ろうとした二つの会社が、競い合うように技術を磨いた結果、先に触れたステンレス魔法瓶という解決策にたどり着いたことになります。大阪市北区には象印の「まほうびん記念館」があります。展示コーナーでは真空のふしぎを体感でき、この歴史を実際に手で触れて確認できます。入館は無料ですが完全予約制で、見学できるのは平日の午前と午後の時間帯に限られています。土日祝日は休館です。
ラッパ飲みが「はしたない」とされた時代から、マイボトルが当たり前になるまで
魔法瓶は長らく、遠足や登山、職場の給湯室など特定の場面で使う道具でした。日常的に飲み物を持ち歩く習慣が今のように広まったのは、実はそれほど古い話ではありません。
ペットボトルが普及する以前、飲み物は重いガラス瓶で売られることが多く、瓶に直接口をつけて飲む「ラッパ飲み」は、日本ではみっともない行為として避けられていました。1990年代後半に軽量で扱いやすい500ミリリットルのペットボトルが登場します。瓶に直接口をつけて飲むことへの抵抗感が薄れたことが、普及の転機になったとメーカーは説明しています。同じ時期、原宿の若者文化の中で、飲み物を持ち歩くこと自体がファッションの一部として広まったことも、今につながる土台になりました。
さらに2010年代以降は、環境意識の高まりから、使い捨てのペットボトルに代わる選択肢として、保温・保冷ができる「マイボトル」を持ち歩く人が増えています。スターバックスコーヒージャパンは1996年の日本進出当初から、自分の容器を持ち込んだ客にドリンクを割引する「マイタンブラー」制度を続けており、この割引の利用は全国で年間800万杯分にもなります。対象は自社製のタンブラーだけでなく、他社製の水筒やマグカップにも広がっています。節約とエコ意識の両方が、若い世代への広がりを後押ししました。もっとも、ある調査では20代の半数以上が日常的には水筒を持ち歩いていないという結果も出ています。普及は一直線に進んできたわけではなさそうです。
同じ頃、アメリカでは「スタンレー」という1913年創業の保温タンブラーが爆発的な人気を集めました。2019年に7300万ドルほどだった年間売上は、2024年には8億ドルを超えるまで伸びています。きっかけは、車両火災のあとの車内を映したSNSの動画でした。炎に包まれて黒く焦げた車内で、タンブラーだけが変形せず、中の氷までそのまま残っていた、という内容です。頑丈さが話題になって評判が広まるという展開は、1923年の関東大震災で虎印魔法瓶の信頼を広めた逸話と、ちょうど百年ほどの時を超えて重なります。
実験室でマイナス260度の水素を保存するために生まれた真空の技術は、百年以上の時間をかけて、割れないステンレスの水筒という形に姿を変えました。いまは環境への配慮という新しい理由によって、毎朝のアイスコーヒーや昼休みのスープジャーとして、再び多くの人のバッグの中に収まっています。

参考
- まほうびんの歴史|全国魔法瓶工業組合
- サーモスブランドの歴史
- 【コラム】魔法瓶の歴史と今 ~大阪・天満の象印「まほうびん記念館」を訪れる - 家電 Watch
- 【実は日本が世界一】旅に大活躍の「ステンレス製魔法瓶」は日本生まれだった
- 大阪に「市川兄弟商会」を創立 1918(大正7)年|あゆみ|企業情報|象印マホービン
- ステンレス製真空二重びん、ステンレスボトル新発売 1981(昭和56)年|あゆみ|企業情報|象印マホービン
- ご挨拶・トップインタビュー|タイガー魔法瓶 100年のあゆみ
- きっかけは「はしたない行為」だった? "マイボトル"が普及した驚きの理由・背景をメーカーが語る - ラジトピ ラジオ関西トピックス
- スタバ"マイタンブラー"持参は年間800万杯分、店内飲食や水筒・マグカップ・他社のタンブラーでもドリンク値引き、「タンブラー部」発足で楽しく気軽に/スターバックス
- Overnight lines and mayhem in stores. It's not a new iPhone — it's a Stanley tumbler - NPR
- スープジャーの歩み - サーモス
- Genericide: The Transformation of Thermos
- アルミシートで寒さ対策をする方法とは?アルミシートが寒さ対策に役立つ理由、対策について紹介



