思わず誰かに話したくなる面白い研究一覧、イグノーベル賞に学ぶ科学のユーモア
笑わずにはいられない研究を集めた本、というものが世の中には存在します。バナナの皮の滑りやすさをわざわざ数値で測った人がいて、ウォンバットの糞がなぜ立方体になるのかを大真面目に調べた人がいて、トーストが必ずバターを塗った面から床に落ちる理由を物理学で説明しようとした人がいます。これらはネットの都市伝説でも冗談でもなく、実際に大学や研究機関に所属する研究者が行い、査読を経て学術誌に発表された本物の研究です。
こうした「笑えるけれど本物」の研究にスポットライトを当てているのが、1991年に始まったイグノーベル賞です。この記事では、イグノーベル賞を切り口にしながら、思わず誰かに話したくなる面白い研究をいくつか紹介します。単なる笑い話として消費するのではなく、なぜその研究が行われ、何が明らかになったのかまで踏み込むことで、科学の面白さの輪郭が見えてくるはずです。
研究というと、白衣を着た人が難解な数式を黒板に書き並べている姿を想像しがちですが、実際にはこれから紹介するように、身近な疑問の延長線上に本物の科学が広がっていることも少なくありません。バナナの皮、トースト、玉ねぎ、ジェットコースターといった、誰もが一度は目にしたことのある題材を大真面目に調べ尽くした研究者たちの記録を、順番に追っていきます。
- 1. 科学者たちを笑わせてから考えさせる賞、イグノーベル賞とは何か
- 2. ノーベル賞とイグノーベル賞を両方受賞した唯一の科学者
- 3. 糞ころがし虫は天の川を道しるべにしていた
- 4. ウォンバットの糞が立方体になる理由
- 5. バナナの皮はなぜあんなに滑るのか、数値で解明した日本人研究者
- 6. 牛にシマウマ模様を描くと虫に刺されにくくなる
- 7. 正しい鼻のかみ方を50年前に解明していた日本人研究者
- 8. ジェットコースターに乗ると尿管結石が出やすくなるという発見
- 9. 涙の正体を突き止め、涙の出ない玉ねぎを生んだ日本企業の研究
- 10. 死んだ仲間への行動を観察し続けた研究者
- 11. トーストはなぜバターを塗った面から落ちるのか
- 12. 紹介した受賞研究の一覧
- 13. 「笑ってから考える」を貫く研究に共通する視点
- 14. 参考
科学者たちを笑わせてから考えさせる賞、イグノーベル賞とは何か

イグノーベル賞は、科学雑誌「Annals of Improbable Research」を主宰するマーク・エイブラハムズによって1991年に創設された賞です。選考基準は「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」という一点に尽きます。ノーベル賞のパロディという側面を持ちながらも、対象となるのはほとんどが実在の学術論文であり、内容がどれだけ突飛に見えても審査対象になるのは正式な研究成果に限られます。
授賞式は毎年秋に開催され、2025年の式典は9月18日にボストン大学で行われました。受賞者が本物のノーベル賞受賞者から賞状を手渡され、会場の観客が紙飛行機を投げ込む恒例の演出があることでも知られています。受賞スピーチには制限時間が設けられ、時間を超過すると壇上に子役が現れて「もう飽きた」と繰り返し訴えるという、賞そのものが一つのコメディーとして設計されている点も特徴です。
日本人研究者の受賞も毎年のように続いており、2025年は後述する牛の縞模様研究に加えて「正しい鼻のかみ方」の研究も医学賞を受賞し、20年連続の受賞という記録になりました。日本発の「面白いけれど大真面目な研究」が世界的に高く評価され続けていることになります。
ノーベル賞とイグノーベル賞を両方受賞した唯一の科学者

数ある受賞者の中でも際立って知られているのが、物理学者アンドレ・ガイム氏です。ガイム氏は1997年、強力な磁場の中にカエルを入れて浮遊させる実験に成功し、その様子を写した画像は学術誌「Physics World」に掲載されました。あまりに非現実的な光景だったため、エイプリルフールの悪ふざけだと誤解した読者も多かったといいます。
この磁気浮遊の実験により、ガイム氏は共同研究者のマイケル・ベリー氏とともに2000年のイグノーベル物理学賞を受賞しました。ところがその10年後の2010年、ガイム氏は同僚のコンスタンチン・ノボセロフ氏とともに、2004年に発見した炭素材料グラフェンの研究でノーベル物理学賞を受賞します。イグノーベル賞とノーベル賞の両方を受賞した人物は、2025年時点でガイム氏がただ一人であり、この事実はギネス世界記録にも認定されています。カエルを浮かせる遊び心に近い実験が、その後の重大な発見につながったという経緯は、実験的な好奇心そのものの価値を示す例としてしばしば語られます。
糞ころがし虫は天の川を道しるべにしていた

スウェーデンのルンド大学のマリー・ダッケ氏らの研究チームは、フンコロガシが夜間にまっすぐ移動できる理由を調べました。研究チームがフンコロガシに小さな帽子をかぶせて視界を遮る実験などを重ねた結果、この昆虫が天の川の淡い光の帯を目印にして方向を保っていることが判明しました。
この成果は2013年に学術誌「Current Biology」に発表され、同年のイグノーベル生物学賞と天文学賞を同時に受賞しています。星の光を頼りに移動する能力はそれまで渡り鳥やアザラシ、人間などで知られていましたが、昆虫でこの能力が確認されたのはこの研究が初めてでした。糞を転がすだけに見える身近な虫が、実は満天の星を利用するナビゲーションシステムを持っていたという事実は、生き物の感覚の精巧さを実感させてくれます。
ウォンバットの糞が立方体になる理由

オーストラリアに生息するウォンバットは、糞がサイコロのような立方体をしていることで知られています。この謎に挑んだのが、当時ジョージア工科大学の機械工学者パトリシア・ヤン氏らの研究チームです。研究チームはウォンバットの腸に細い風船を挿入して膨らませ、腸壁がどのように伸び縮みするかを詳細にマッピングしました。
その結果、腸の最後の8パーセントほどの区間に伸縮性の異なる溝状の領域があり、この不均一な硬さの差によって排泄物が四角く成形されることが分かりました。立方体という形は転がりにくいため、縄張りを示すために積み重ねて置くのに都合がよいという機能的な意味も持っています。この研究は2019年のイグノーベル物理学賞を受賞しました。なお、ヤン氏はこれ以前の2015年にも、ほぼ全ての哺乳類が体の大きさに関わらずおよそ21秒で排尿を終えるという法則を実証し、同じくイグノーベル物理学賞を受賞しています。二度の受賞はいずれも、動物の排泄という誰もが目を背けがちな現象を正面から数値化した成果でした。
バナナの皮はなぜあんなに滑るのか、数値で解明した日本人研究者

「バナナの皮で転ぶ」というギャグは漫画やコントの定番ですが、これを実際に測定した研究者がいます。北里大学の医用工学者である馬渕清資氏の研究チームは、6軸の力センサーを使い、靴底とバナナの皮、そして床の間で発生する摩擦係数を実測しました。
その結果、バナナの皮がない状態での靴と床の摩擦係数がおよそ0.41だったのに対し、バナナの皮を挟んだ状態ではおよそ0.07にまで低下することが確認されました。さらに、バナナの皮の黄色い面を上にした場合と下にした場合でも滑りやすさが変わり、黄色い面を下にすると摩擦係数はおよそ0.12と、上にした場合のほぼ2倍の値になることも分かりました。この研究は2012年に学術誌「Tribology Online」に発表され、2014年のイグノーベル物理学賞を受賞しています。皮に含まれる粘液質の成分が潤滑油のように働いているとみられ、研究チームは将来的に人工関節の設計にこの知見を応用できる可能性にも言及しています。
牛にシマウマ模様を描くと虫に刺されにくくなる

2025年のイグノーベル生物学賞は、農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)の兒嶋朋貴氏らの研究チームに贈られました。研究の出発点は、シマウマの縞模様が吸血バエなどの害虫を混乱させ、寄り付きにくくするという進化生物学上の仮説です。この仮説を実際の家畜で検証するため、研究チームは黒毛和牛の体に白いストライプを塗り、無地の牛と比較しました。
その結果、ストライプを描いた牛に群がる吸血バエの数は、無地の牛と比べておよそ半分にとどまることが確認されました。虫刺されによるストレスの軽減や、殺虫剤の使用量削減にもつながる可能性がある実用的な成果です。見た目にはややシュールな「牛にペイントを施す」という行為の裏に、家畜の健康管理という切実な課題があったわけです。
正しい鼻のかみ方を50年前に解明していた日本人研究者

2025年のイグノーベル医学賞は、旭川医科大学の海野徳二名誉教授が1977年に発表した論文「正しい鼻のかみ方」に贈られました。海野氏はすでに死去しているため、同じ耳鼻咽喉科講座に所属する高原幹教授が代理で賞を受け取りました。約50年も前に発表された論文が、これほど時間を経てから評価されたこと自体も話題になりました。
論文によると、科学的に正しい鼻のかみ方には「片側ずつかむ」「力を入れて一気にかむ」「かむ前に少し息を吸い、長く吐き出しながらかむ」という3つのポイントがあるといいます。誰もが子どもの頃から当たり前のようにしてきた日常動作を、50年前の時点ですでに真正面から検証していたことになります。
ジェットコースターに乗ると尿管結石が出やすくなるという発見

米ミシガン州立大学の泌尿器科医デビッド・ワーティンガー氏の研究は、患者からの何気ない一言から始まりました。フロリダのディズニーワールドにある「ビッグサンダー・マウンテン」に乗った後、尿管結石が排出されたという患者の報告を受けたワーティンガー氏は、同じ患者に繰り返しこの乗り物に乗ってもらい、乗るたびに結石が排出されることを確認しました。
そこでワーティンガー氏は、患者の腎臓と尿管を再現した透明の模型を自作し、実際に結石の模型を入れた状態でこのジェットコースターに240回も搭乗して検証を重ねました。その結果、上下左右に細かく揺れる「ビッグサンダー・マウンテン」のような乗り物では、急降下の続く絶叫マシンよりも高い確率で結石の排出が促されることが分かり、模型を使った実験では成功率がおよそ7割に達したといいます。この研究は2018年のイグノーベル医学賞を受賞しました。テーマパークという娯楽施設の乗り物が、実際の泌尿器治療の選択肢として真剣に検討された珍しい事例です。
涙の正体を突き止め、涙の出ない玉ねぎを生んだ日本企業の研究

玉ねぎを切ると涙が出る仕組みそのものは古くから知られていましたが、その最後のピースを埋めたのはハウス食品グループの研究チームでした。今井真介氏らの研究チームは、涙を誘発するガス状の物質を作り出す酵素を特定し、この酵素をLFS、日本語では催涙成分合成酵素と名付けました。この発見は2002年に学術誌「Nature」に短報として発表されています。
この功績により、ハウス食品の研究チームは2013年のイグノーベル化学賞を受賞しました。研究はそこで終わらず、LFSの働きを抑えた玉ねぎの品種改良にもつながり、遺伝子組み換えを使わずに種子へ処理を施す方法で涙の出にくい玉ねぎが開発されました。この玉ねぎは商品化され、2025年10月から2026年1月にかけて期間限定で日本国内の一部店舗で販売されています。台所で誰もが経験する「涙が出て困る」という些細な悩みが、20年以上の研究を経て実際に解決された珍しい事例です。
死んだ仲間への行動を観察し続けた研究者

やや異色な例として、1995年6月5日にオランダの自然史博物館の学芸員カイス・モーリカー氏が経験した出来事があります。窓ガラスに衝突して死んだオスのマガモに対して、別のオスのマガモが交尾行動を試みる様子を、モーリカー氏はおよそ75分間にわたって観察し続けました。この行動記録をどう扱うべきか迷ったモーリカー氏は、6年もの歳月をかけて検討した末に、ようやく論文として発表することを決めました。
この論文は2003年のイグノーベル生物学賞を受賞しています。モーリカー氏は現在も、この一件がきっかけとなった鳥がガラスに衝突する事故を防ぐための啓発活動を続けており、剥製にしたその個体とともに、毎年6月5日に講演を行っているといいます。奇妙な現象を目撃した際に見過ごさず、時間をかけてでも正式な記録として残そうとした姿勢が評価された事例といえます。
トーストはなぜバターを塗った面から落ちるのか

「トーストを落とすと必ずバターを塗った面が下になる」という経験則を、物理学で説明しようとしたのが、アストン大学の物理学者ロバート・マシューズ氏です。マシューズ氏は1995年に学術誌「European Journal of Physics」で、テーブルから押し出されたトーストが落下する際の回転運動を計算しました。
一般的な高さのテーブルからトーストが滑り落ちる場合、床に着地するまでの間にちょうど半回転ほどする時間しかなく、その結果としてバターを塗った面が下を向いて着地してしまうことが示されました。逆に、テーブルの高さが3メートルを超えるような極端な状況であれば、トーストは一回転してバター面が上を向いて着地するとも述べています。マシューズ氏はさらに、この現象の背景には人間の身長という要素が関わっており、身長が化学結合の強さによって上限を持つ以上、テーブルの高さも自然と一定の範囲に収まると論じました。この研究は1996年のイグノーベル物理学賞を受賞しています。
紹介した受賞研究の一覧

ここまで紹介した研究を、受賞年と分野で整理すると次のようになります。
| 受賞年 | 分野 | 研究者 | 何が分かったか |
|---|---|---|---|
| 1996年 | 物理学賞 | ロバート・マシューズ氏 | トーストが半回転してバター面から着地する理由 |
| 2000年 | 物理学賞 | アンドレ・ガイム氏ら | 磁力でカエルを浮遊させられること |
| 2003年 | 生物学賞 | カイス・モーリカー氏 | マガモが死んだ個体に対して交尾行動を示すこと |
| 2013年 | 生物学賞・天文学賞 | マリー・ダッケ氏ら | フンコロガシが天の川を頼りに進むこと |
| 2013年 | 化学賞 | ハウス食品の研究チーム | 玉ねぎの涙を誘う酵素LFSの正体 |
| 2014年 | 物理学賞 | 馬渕清資氏ら | バナナの皮の摩擦係数と滑りやすさの向き |
| 2018年 | 医学賞 | デビッド・ワーティンガー氏ら | ジェットコースターが尿管結石の排出を助けること |
| 2019年 | 物理学賞 | パトリシア・ヤン氏ら | ウォンバットの糞が立方体になる仕組み |
| 2025年 | 医学賞 | 海野徳二氏 | 正しい鼻のかみ方の3つのポイント |
| 2025年 | 生物学賞 | 兒嶋朋貴氏ら | 牛にシマウマ柄を描くと吸血バエが減ること |
こうして並べてみると、物理学、生物学、化学、医学と分野は幅広く、対象になっているのは動物の排泄物からテーマパークの乗り物まで実に多様です。共通しているのは、誰かの頭に浮かんだ素朴な疑問を、遊び半分で終わらせずにきちんとしたデータへ落とし込んでいる点だといえます。
「笑ってから考える」を貫く研究に共通する視点

ここまで紹介した研究に共通しているのは、対象そのものは軽妙でユーモラスに見えても、手法や検証のプロセスは至って真面目だという点です。フンコロガシの視界を帽子で遮る実験も、ウォンバットの腸に風船を入れて伸縮をマッピングする作業も、地道な観察と測定の積み重ねによって成立しています。突飛な問いを立てること自体を恐れず、その問いに対して誠実にデータで答えようとする姿勢が、結果として人を笑わせながらも考えさせる研究を生み出しているといえそうです。
身の回りにある「なぜこうなるんだろう」という素朴な疑問は、意外と誰も本気で調べていないことが多いものです。イグノーベル賞に集まる研究の数々は、そうした素朴な疑問を放置せずに突き詰めた先に、思いがけない発見が待っていることを教えてくれます。次に何気ない疑問が頭に浮かんだときは、それを笑って終わらせず、少しだけ調べてみると新しい発見につながるかもしれません。
参考
- Ig Nobel Prize | History, Improbable Research, Weird Science, & Facts | Britannica
- Ig Nobel To Nobel: Creative (And Fun) Science Wins : NPR
- Marie Dacke explains how dung beetles navigate – Improbable Research
- Studying Wombats' Cubic Poop | Georgia Institute of Technology
- Banana peel slipperiness wins IgNobel prize in physics | Science News
- Japanese researchers win Ig Nobel Prize for painting cows with zebra stripes | The Japan Times
- 「正しい鼻のかみ方」にイグ・ノーベル賞、50年前の日本人研究 - 日本経済新聞
- イグ・ノーベル賞「鼻のかみ方」で日本人受賞 日本人研究者の受賞は20年連続(日テレNEWS NNN) - Yahoo!ニュース
- Old fashioned roller coasters can help patients pass kidney stones | ScienceDaily
- Ig Nobel Prize-winning research produces tear-less onions – Improbable Research
- How Gay Duck Necrophilia Was Discovered | Live Science
- [IG NOBEL FALLS FOR `TUMBLING TOAST' – Deseret News](https://www.deseret.com/1996/10/5/19269746/ig-nobel-falls-for-tumbling-toast/)




