定番合唱曲一覧! 体育館に響き続ける曲8選、その生まれた理由

陽光に包まれた体育館のグランドピアノ

冬の体育館は底冷えがします。ワックスの匂いとストーブの灯油の匂いが入り混じり、パイプ椅子がきしむ音の合間に、誰かが小さく咳払いをする。指揮者役のクラスメイトが一歩前に出て、伴奏者がピアノの鍵盤に指を置いた瞬間、それまでのざわめきがすっと消える。多くの方にとって、合唱コンクールの記憶はこの数秒の静寂とセットになっているのではないでしょうか。

合唱曲というと「学校行事のための曲」という印象が強いかもしれませんが、実際には結婚式のために書かれた曲が卒業ソングになったり、天体観測イベントのために作られた曲が全国の教科書に載ったりと、成立の経緯は一曲ごとに大きく異なります。今回は、今も多くの学校で歌われている代表的な合唱曲を取り上げながら、それぞれがどのようにして「定番」と呼ばれる位置を獲得していったのかをたどってみます。

卒業式で歌い継がれる曲たち

合唱曲一覧|体育館に響き続ける定番曲8選、その生まれた理由

「旅立ちの日に」荒れた中学校を変えたいという願いから

「旅立ちの日に」は、1991年に埼玉県秩父市立影森中学校で生まれた合唱曲です。作詞を手がけたのは当時の校長・小嶋登氏、作曲は音楽教諭だった坂本浩美(後の高橋浩美)氏でした。当時の影森中学校は生徒指導上の課題を抱えており、小嶋校長は「歌声の響く学校」を目指して合唱の機会を増やしていったそうです。その延長線上で、卒業生を送り出すために書き下ろされたのがこの曲でした。

最初は一つの中学校だけの「贈りもの」だったこの歌は、その後全国の教員間で楽譜が伝わり、1990年代後半から2000年代にかけて卒業式や合唱コンクールの定番曲として定着していきます。誕生の地である影森中学校の玄関には、今も小嶋校長の直筆による歌詞が掲げられています。特定の学校の卒業生のために書かれた曲が、口コミに近い形で全国区になっていったという成り立ちは、他の多くの合唱曲とは一線を画しています。

「あすという日が」全国大会のために書かれ、震災後に広く知られた曲

「あすという日が」は、2006年に大阪府池田市で開催された第30回全日本合唱教育研究会全国大会のために作られた曲です。詩は山本瓔子氏、作曲は八木澤教司氏が手がけました。「吹奏楽とともに演奏できる、爽やかなクラス合唱曲を」という依頼を受けて作られた経緯があり、当初は特定の音楽教育イベントのための一曲という位置づけでした。

この曲が広く知られる転機になったのは、2011年の東日本大震災後です。仙台市立八軒中学校がこの曲を演奏したことをきっかけに、被災地の復興を願う歌として大きな注目を集め、収録CDや山本瓔子氏の詩集が緊急発売されるまでになりました。もともとは音楽教育の専門家向けの大会曲だった一曲が、震災という出来事を経て「明日を信じる歌」という別の文脈を得た点は、合唱曲というジャンルが持つ息の長さを象徴しています。

「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」15歳の自分と交わす往復書簡

アンジェラ・アキ氏による「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」は、2008年のNHK全国学校音楽コンクール中学校の部の課題曲として書き下ろされました。この曲が生まれた背景には、アンジェラ・アキ氏自身が15歳のときに自分宛てに書いた手紙が、30歳の誕生日に母親から届けられたという実体験があります。歌詞は、15歳の「僕」が抱える悩みを未来の自分に向けて手紙に書くことで、今を生きていく力に変えていくという構成になっています。

NHKの全国学校音楽コンクール(通称・Nコン)は、課題曲を通じて数多くの名曲を全国の学校に届けてきた歴史があり、この曲もその一つです。作者と中学生たちとの交流を追ったドキュメンタリーが放送されたこともあり、単に歌われるだけでなく「作った本人の言葉」まで含めて記憶されている点が、他の課題曲とやや異なる特徴です。

「3月9日」結婚を祝う歌が卒業式の歌になった理由

レミオロメンの「3月9日」は2004年3月9日にリリースされたシングルで、もともとはメンバーの友人夫婦の結婚記念日を祝うために作られた曲でした。合唱曲として書かれたわけでも、卒業式を想定して作られたわけでもありません。

転機になったのは、2005年秋に放送されたドラマ『1リットルの涙』でした。劇中の合唱コンクールの場面で使用されたことをきっかけに認知が一気に広がり、オリコンが実施した「定番の卒業ソング」調査でも上位の常連となりました。結婚という門出を祝うための普遍的な歌詞が、卒業という別の門出の情景にもそのまま重なったことが、時代を超えて愛される理由となっています。

合唱コンクールの舞台を彩ってきた曲たち

合唱曲一覧|体育館に響き続ける定番曲8選、その生まれた理由

「群青」離ればなれになった仲間へのつぶやきから生まれた曲

「群青」は、福島第一原子力発電所から半径20キロ圏内にあった福島県南相馬市立小高中学校の生徒たちの言葉をもとに生まれた曲です。原発事故で仲間と離ればなれになった生徒たちがつぶやいたり書き留めたりした言葉を、同校の音楽教諭・小田美樹氏が拾い集めて詞とし、曲をつけました。

2013年3月、京都府で開催された復興支援コンサート「Harmony for JAPAN 2013」で小高中学校特設合唱団がこの曲を披露した際、会場は大きな感動に包まれました。その場に居合わせた作曲家・信長貴富氏が感銘を受け、その場で編曲を申し出たことから、混声4部や同声2部など複数の編成へと広がっていきます。特定の地域や出来事から生まれた歌が、編曲を重ねることで全国の学校でも歌える形に育っていったという経緯は、合唱曲ならではの広がり方です。

「COSMOS」星空イベントのための曲が教科書に載るまで

「COSMOS」は、1998年に音楽ユニット「アクアマリン」(ボーカル・Sachiko氏、作詞作曲・ミマス氏)がスターウォッチングのイベント用に制作した楽曲が原曲です。作曲者のミマス氏は、子どもの頃から天文や宇宙に親しみ、大学院では自然地理学を専攻していた経歴を持ちます。

この曲を音楽イベントで耳にした音楽教員が楽曲に惚れ込み、出版社にデモテープを送ったことがきっかけとなって合唱用に編曲され、2000年に音楽の月刊誌に掲載されました。星空を見上げながら自分も宇宙の一部であることを実感するような歌詞は、個人的な体験から出発しながらも、今では全国の小中学校の合唱コンクールや卒業式で歌い継がれる定番曲となっています。

「大切なもの」中学時代の記憶をたどりながら書かれた歌

「大切なもの」は、作詞・作曲ともに山崎朋子氏が手がけ、教育芸術社から発表された合唱曲です。友人関係など、当時は気づかなかった学生時代のかけがえのなさを歌った内容で、混声3部合唱や同声2部合唱など複数の編成が用意されています。中学校の音楽教科書にも掲載されており、授業や合唱コンクールの選曲を通じて世代を超えて歌い継がれてきました。書き手自身の記憶と、歌う生徒たちの今が重なり合うところに、この曲が長く選ばれ続ける理由があります。

「怪獣のバラード」50年以上前から歌われる異色の定番

成立がひと際古いのが「怪獣のバラード」です。作詞・岡田冨美子氏、作曲・東海林修氏によるこの曲は、1972年にNHKの音楽バラエティ番組『ステージ101』で、合唱グループ「ヤング101」により初めて披露されました。

人間に迫害され、自由と愛を求めてさまよう怪獣の心情を歌うという、学校の合唱曲としてはユニークなモチーフを持っていますが、そのぶんメロディーの起伏と物語性が強く、小学校高学年から中学校まで幅広い年代で歌いやすい楽曲として親しまれています。著名な作曲家による複数のアレンジが存在することも、現場で長く愛唱され続けている要因です。

定番合唱曲、成り立ちの比較

合唱曲一覧|体育館に響き続ける定番曲8選、その生まれた理由

曲名 作詞 作曲 発表・成立年 生まれたきっかけ
怪獣のバラード 岡田冨美子 東海林修 1972年 NHK『ステージ101』で初披露
旅立ちの日に 小嶋登 坂本(高橋)浩美 1991年 秩父市立影森中学校の卒業生への贈り歌
COSMOS ミマス ミマス 1998年(合唱編曲2000年) スターウォッチングイベント用の曲を教員が発見
3月9日 藤巻亮太 藤巻亮太 2004年 友人夫婦の結婚記念日を祝う歌として制作
大切なもの 山崎朋子 山崎朋子 2006年 教育芸術社より発表、教科書掲載
あすという日が 山本瓔子 八木澤教司 2006年 全日本合唱教育研究会全国大会のための書き下ろし
手紙 〜拝啓 十五の君へ〜 アンジェラ・アキ アンジェラ・アキ 2008年 NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲
YELL 水野良樹 水野良樹 2009年 NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲
群青 小高中学校生徒・小田美樹 小田美樹(合唱編曲:信長貴富) 2013年 震災で離ればなれになった生徒の言葉から

なぜ同じ曲が何十年も歌われ続けるのか

合唱曲一覧|体育館に響き続ける定番曲8選、その生まれた理由

こうして振り返ってみると、定番と呼ばれる合唱曲にはいくつかの共通した広まり方があります。

一つは、NHK全国学校音楽コンクールのような大きな大会の課題曲になるルートです。「手紙」や「YELL」はこの経路で全国の学校に一気に広まりました。課題曲は毎年変わりますが、一度歌われた名曲は教科書やコンクールの自由曲としてその後も受け継がれます。

もう一つは、教科書に掲載されることで、授業を通じて世代を超えて浸透していくルートです。「大切なもの」はこの典型で、特定の年の流行にとどまらず、毎年の授業の中で新しい生徒たちに出会い続けています。

そして、当初は合唱を想定していなかった楽曲が、ドラマでの使用や口コミによって合唱曲として定着するルートもあります。「3月9日」のように、普遍的で共感を呼ぶ歌詞を持った曲は、合唱という形を通じることで新たな命を吹き込まれます。

さらに「旅立ちの日に」や「群青」のように、一つの学校や地域の出来事から生まれた曲が、教員同士のネットワークを通じて全国に広がっていったケースもあります。これらの曲には、最初から全国展開を意図していなかったからこその純粋な思いや実感がこもっています。

曲が呼び起こす、あの日の体育館

合唱曲一覧|体育館に響き続ける定番曲8選、その生まれた理由

合唱曲の多くは、ただ聴くだけでも魅力的ですが、実際に声を合わせて歌った経験がある方にとっては特別な意味を持ちます。前奏のワンフレーズを耳にしただけで、当時の教室の窓の外の景色や、隣で一生懸命に声を響かせていたクラスメイトの表情まで鮮明に思い出されることがあります。

「旅立ちの日に」も「3月9日」も、作られた当初はある特定の場所や人間関係のために生まれた歌でした。それが全国の体育館で、時代を超えて生徒たちによって歌い継がれているという事実は、音楽が人と人をつなぐ力の大きさを教えてくれます。今日もどこかの学校で、新しい歌声が響き始めています。

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参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times