世界中の人の業を背負い続ける、太宰文学

われ太宰を想う、ゆえに我あり〜真の代表作はその風貌〜
「太宰治」の偏愛者・駄場みゆきに、太宰を愛する気持ちを語っていただ く連載企画。偏愛するがゆえの多角的な視点から作家を切り取り、その情 熱を発信します。
陸橋への愛を込めて〜太宰治ゆかりのスポット〜
「太宰治」の偏愛者・駄場みゆきに、太宰を愛する気持ちを語っていただく連載企画。偏愛するがゆえの多角的な視点から作家を切り取り、その情熱を発信します。
いまだ多くの人の業を背負い続けている作家、太宰治。「恥の多い人生を送って来ました」の書き出しで知られる『人間失格』をはじめ、2024年に生誕115年を迎えてもなおその作品は読み続けられており、全く色褪せることなく読者の心をわし掴みにしている。
三鷹の古本カフェ「フォスフォレッセンス」の店主・駄場みゆきは、そのルックスに魅了されて以来の太宰の追っかけだ。そんな駄場が太宰治の残した作品がいつまでも読み継がれる理由、国内外に広がる理由を考察した。
太宰文学はキラーフレーズの宝庫
「恥の多い人生を送って来ました」「子供より親が大事と思いたい」
「メロスは激怒した」「夏まで生きてみようと思った」etc...
太宰人気の持続性の正体は、やはり文章の力だと思う。
今の時代に読んでも、するすると言葉が入ってくる。古びない。
若い頃から義太夫を嗜み培った文章のリズム感。
口述筆記から生まれた作品も幾つかあり、音読した時の言葉の気持ちよさも格別。
作品の一部を短く切り取っても、一発で決まるように訴えかける文字のインパクト。
さざ波を引き起こすリズム。男性が書いたとは思えない、リアルな女性独白体。
令和にも太宰文学が響き続ける理由として、まずこれらをあげたい。
そして、嘘がないのが強い。世の中がぐらついてるから、揺るぎない、
信じられるものが求められている。そこに太宰がすっぽりとはまった。
SNSとの相性抜群
数年前にブログが流行り始めた頃、太宰治風の文体を真似る人がぽつぽつと現れた。
自分だけが読み書きする「日記」。かつてそれはクローズな存在だった。
それがインターネットの普及で、全世界へ自分の事を書いた文章が発信される日常に。
オープンな空間にポンと放り出され、人々が「読まれることを前提とした文章」を書く世界線へシフトした。この状況が、時には自虐を織り交ぜ日記風に書き上げる太宰治作品と親和性が高かった。
その後、短い文章で書きこむ形式のSNSが普及する。中でもX(旧ツイッター)との相性は抜群。
太宰治の手にかかれば、140文字だけでの表現もお手の物。文章が短くなるほどキラキラと輝きを増す。まるで現代に生きている作家のごとく、太宰の文章がネット上で踊りまくっている。
例えば...これを書いているのは年末なのでピッタリな言葉を『悶悶日記』より抜粋する。
「この一年間、私に 就いての悪口を言わなかった人は、三人? もっと少ない? まさか?」
続きが気になるし、もし自分が平場でこう書き込んだら、かまってちゃんか?と笑われそうだ。
そこで、個人的に好きな「笑われて、笑われて、つよくなる。」(『HUMAN LOST』より)の出番だ。ネガティブな感情も、文豪のフレーズに乗せてしまえば、軽やかに飛び立てる。
太宰は全部引き受けてくれる。
芥川龍之介が好きすぎてサインを何度も書いたノートが、「太宰治の落書き発見」とニュースになった時は、「自分だったら恥ずかしくて耐えられない」という声が多かったものの「実は過去に同じような経験がある...太宰さんドンマイ」と、親近感を持った人も沢山いたようだ。
“文豪”というよりもっと身近で、作品を読んでいると隣にいてくれるような気がする。
太宰は時に、「君」と作品で読者に語りかける。
例えば
「つねに絶望のとなりにいて、傷つき易い道化の華を風にもあてずつくっているこのもの悲しさを君が判って呉れたならば!」(『道化の華』より)
本の中から「君」と呼びかけられているような、胸に迫ってくるダイナミズムがすごい!
太宰は文章だけで、ぐっと距離を縮めてくる。住み着いちゃうのだ。
風貌込みの濃いキャラクター
誰もが持つ苦悩や劣等感、恥、ネガティブな部分を放出し、表現の世界へ昇華するすさまじい才能。
その才能を使い果たし逝った憧れ。
歳老わずに死んだので、太宰治のイメージは永遠に若いまま。
例の物憂げな表情が、強烈に人類の認識に刻まれている。
わかりやすい和服姿の日本文士のアイコンである事も、人気がZ世代や海外へ派生した理由の1つかと思う。
そして隠し切れない育ちの良さ。実家も金持ちで長身で東大で。これで欠点のないモテ男だったら、ここまで惹かれなかっただろう。 繊細だけど大胆で、ダメな部分を晒してる分信用出来るし、それを言語化する天才。愛され要素が詰まっている。
聖人ではなく破天荒な人生。ゆえにアンチも多い。しかし、アンチ(だけど太宰は気になる)パターンも多い。
人物としての魅力は、友人や弟子たちの伝記が物語る。気の許す相手の前でのチャーミングな部分も垣間見られるので、ぜひ読んでみてほしい。
海外に広がる太宰人気
近年「文豪」というワードが勢力を伸ばし、原作漫画やアニメの影響で、若い人に太宰人気が拡大した。そこを入口として、史実の太宰に興味を持つ人は多く、実際に来店下さる事も増えた。
影響はアジア圏から世界中へあっという間に広がった。
しかしコロナ禍で海外からのお客様の足はピタッと止まった。
そんな凪のような時間のなか、意外なニュースが入ってきた。
アメリカで『人間失格』が爆売れしているという。
「人生観が変わった」太宰治がアメリカで人気...TikTokで知った若者が『人間失格』に夢中
着目した箇所を記事から抜粋する。
人生への悲観的な視線が、現代の若者の琴線に触れたようだ。TikTokでは「私は太宰治に書かれた」というジョークが流行し、自身の悲劇的な人生を語る自虐表現としてよく見られるようになった。
新鮮な発想。これがアメリカンジョークか。
コロナ禍で先が見えない未来を案じて太宰を読んでも、どこか明るい。
『No Longer Human』直訳すると「もはや人間でない」とストレートだが、振り切っている字面がピンクの表紙とマッチし、魅力的に紹介されていて手に取りたくなる。
訳者の故・ドナルド・キーン氏にこのニュースを伝えたかった。
バーンズ&ノーブルの一番目立つ平台に、太宰治本がスタイリッシュな洋書になって並ぶ光景、 現代のNYの書店のリアルな景色だと思うと、実に感慨深い。
ネガティブから立ち上がる力を本からもらう。これは世界共通だった。
韓国からお客様が来店された時、刷数を伸ばし続け話題の民音社発行エゴン・シーレ画が表紙『人間失格』の素晴らしさを語って下さった。当店の掲示板ノートには海外からのお客様の「太宰治に救われた」という書き込みもある。世界へ広がる太宰人気、肌で感じている。
6月19日の桜桃忌を紐解けば、太宰人気がよくわかる。忌日の墓前にこんなに人が集まるのは太宰だけ、と断定は出来ないけれど、世界的に見ても珍しい方らしい。
人間なら隠しておきたいような弱い部分も剝き出しに表現した日本の一作家が、言語も文化も違う世界で受容される実情に、心の中は同じ、繋がっている、と勇気をもらえる。
心が弱く繊細で敏感な人は、他人の痛みを汲み取る優しさと強い才能を秘め持っている事が多い。
その代表格のような人。だからこそ人の心を打つ文章が書ける。
太宰治は暗い作家ではなく、暗い心を照らし続け、明るい方へ導く作家なのだと思う。
20年以上”好き”の気持ちを更新し続けられるのは、太宰治は、ちっとも死んでいないから。
止まっていない。常に新しい世界を見せてくれる。
これからも追いかけていきたいし、太宰作品に込められた読者へのメッセージを見つけ、発信出来るようにアンテナを張り続けていきたい。
世界中の人の業を背負い続ける、太宰文学
「太宰治」の偏愛者・駄場みゆきに、太宰を愛する気持ちを語っていただ く連載企画。偏愛するがゆえの多角的な視点から作家を切り取り、その情 熱を発信します。
太宰文学に影響を与えた、女性たち
「太宰治」の偏愛者・駄場みゆきに、太宰を愛する気持ちを語っていただく連載企画。偏愛するがゆえの多角的な視点から作家を切り取り、その情熱を発信します。