日本三大奇書と呼ばれる三冊は、なぜそれほど読みにくいのか
読むと精神に異常を来す、という評判がついて回る小説が日本にはあります。『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』の三冊で、合わせて日本三大奇書と呼ばれています。実際に手に取ると、確かに一筋縄では読み進められません。それでいて、この三冊が難解な理由はそれぞれ全く違います。しかも「三大奇書」という呼び名自体、三冊が刊行された時点ではまだ存在していませんでした。後から現れた別の作品がきっかけで、ようやく輪郭が定まったのです。「奇書」という漢字二文字は、字面だけ見れば「変わった書物」というくらいの意味しか持ちません。それだけの言葉が、なぜここまで特別な響きを帯びるようになったのか。経緯をたどると、作品そのものの奇妙さだけでなく、呼び名が定着していく過程自体にも仕掛けがあったことが見えてきます。
黒死館殺人事件、ドグラ・マグラ、虚無への供物という三冊

三大奇書の筆頭に挙がるのは、小栗虫太郎が書いた『黒死館殺人事件』です。1935年に刊行されたこの作品は、名探偵・法水麟太郎が黒死館という洋館で起きた怪奇な殺人事件に挑む探偵小説です。体裁こそ正統派ですが、中身は神学、悪魔学、薬物学、占星術、植物学、宗教学、紋章学、暗号学といった専門知識が文章の隙間を埋め尽くすほど注ぎ込まれています。ルビだらけの術語がひたすら続き、事件そのものが知識の奔流にときおり押し流されてしまいます。同時代の江戸川乱歩は、この一作について「この一作によって世界の探偵小説を打ち切ろうとしたのではないかと思われるほどの凄愴なる気魄がこもっている」と評しました。賛辞なのか戦慄なのか、判別しづらい物言いです。
著者の小栗虫太郎自身、寡作でした。1933年に探偵小説誌『新青年』で新人としては異例の巻頭デビューを飾り、翌年には本作で脚光を浴びます。法水麟太郎を主人公とするシリーズは長編2作、短編8作のみ。戦後は信州の疎開先でキクイモから果糖を採る事業を手がけながら、探偵小説界への復帰を企てていました。1946年、45歳で急逝します。
同じ1935年に刊行された夢野久作の『ドグラ・マグラ』は、九州帝国大学医学部の精神病科の独房で目覚めた記憶喪失の青年が主人公です。彼が置かれた状況を読み解こうとするうち、作中に『ドグラ・マグラ』という名の書物そのものが登場し、現実と虚構の境目が崩れていきます。真犯人も真相も、最後まで作者の口から明かされません。
この作品は昭和10年1月、松柏館書店から自費出版という形で世に出ました。「日本一幻魔怪奇の本格探偵小説」という宣伝文句は読書界の話題になったものの、文壇からの評価はほぼ皆無。支持したのは一部の熱狂的な読者だけでした。夢野久作はその翌年、昭和11年に脳溢血で急死します。享年47。生前の評価と没後の評価がこれほど食い違う作家も、なかなかいません。
三冊目は中井英夫の『虚無への供物』です。1964年に単行本として完成したこの作品は、氷沼家で起きた不審な連続死をめぐり、居合わせた若者たちが推理合戦を繰り広げます。長男が風呂場で変死し、現場は密室で心臓発作にも見えたものの、後に鞭の跡が見つかります。次に次男が麻雀の最中にガス中毒で亡くなり、三件目は老人ホームの不審火として処理されますが、焼死体の数が一人多いことが判明します。並べるだけで十分に不穏な事件の連鎖です。
物語の背景には、昭和29年に実際に起きた洞爺丸沈没事故もあります。この海難事故で両親を失った兄弟が、氷沼家の中心人物として登場するのです。虚構の殺人劇の起点に、実在した大規模な災害が置かれている。この一点に、他の二冊とは違う重みがあります。
この作品は完成前の原稿の段階で、1962年の第8回江戸川乱歩賞に応募されたこともありました。結果は受賞に至らず次席。しかも選考に当たった江戸川乱歩自身は、この小説を「冗談で書かれた小説」と評したと伝えられています。黒死館殺人事件を絶賛したのと同じ乱歩が、もう一つの奇書を酷評していたことになります。選考委員の一人、荒正人だけはこの作品を一位に推していました。
三冊の違いを並べると、こうなります。
| 作品 | 著者 | 刊行年 | 読みにくさの仕掛け |
|---|---|---|---|
| 黒死館殺人事件 | 小栗虫太郎 | 1935年 | 神学・薬物学・紋章学など膨大な専門知識を注ぎ込む衒学趣味 |
| ドグラ・マグラ | 夢野久作 | 1935年 | 作中に同名の書物が現れる入れ子構造。真相は最後まで不明示 |
| 虚無への供物 | 中井英夫 | 1964年 | 登場人物が読者の存在を前提に推理を交わすアンチミステリーの仕掛け |
猟奇とナンセンスが渦巻いた時代に生まれた
『黒死館殺人事件』と『ドグラ・マグラ』が刊行された1935年前後は、日本の探偵小説史において特異な時期でした。推理作家の甲賀三郎が、謎解きの過程を主眼とする小説を「本格探偵小説」、怪奇・幻想・猟奇・秘境といった要素を含む多様な小説群を「変格探偵小説」と呼び分けたのがこの頃です。1928年には江戸川乱歩の『陰獣』が雑誌「新青年」に掲載され、猟奇ブームに火をつけました。昭和5年前後からは、それまでの「エロ・グロ」という言葉に「ナンセンス」が加わった「エログロナンセンス」が流行語になり、博文館をはじめとする出版社がこの気運を後押しします。猟奇は、売れる言葉になっていました。
謎を解くことよりも、異常な心理や猟奇的な意匠そのものを楽しむ土壌がすでに整っていた。『黒死館殺人事件』と『ドグラ・マグラ』は、この変格探偵小説の気運の中でも、とりわけ極端な一例として生まれた作品だったわけです。三十年近く後に書かれた『虚無への供物』が、あえて正統な探偵小説の構造を借りながらその前提を壊す方向に進んだのとは、また違う時代の空気がそこにあります。
読みにくさの正体は三作三様
『黒死館殺人事件』の難しさは、情報量そのものにあります。専門知識が物語の進行より優先されているような箇所が続き、主役であるはずの事件が一時的に後景に退く場面すらあります。ペダントリー、つまり衒学趣味が全編を支配していると評されるのはこのためです。読んでいると、自分が探偵小説を読んでいるのか百科事典を読んでいるのか分からなくなる瞬間があります。
『ドグラ・マグラ』の難しさは、情報量よりも構造そのものにあります。読者は物語の中に「物語についての書物」が現れる入れ子の仕掛けに付き合わされます。何が事実で何が作中作なのか、判然としないまま読み進めることになります。内容が複雑なため、最低でも二度は読み返さないと全体像をつかみにくいとも言われる一冊です。「読んだら一度は精神に異常をきたす」という評判も、この構成が生んだ副産物でしょう。
『虚無への供物』の難しさは種類が違います。揺さぶられるのは読者自身の立ち位置です。終盤に明らかになるのは、連続殺人として語られてきた死の多くが、実は事故や自殺だったという事実です。残虐な殺人鬼の存在を前提に、あれこれと理屈をつけて事件を組み立てていたのは、他ならぬ探偵役の登場人物たちでした。殺人者を探していたはずの推理そのものが、殺人のなかった場所に殺人を作り出していたのです。推理が、犯罪を生んでいました。この小説を指す「アンチ・ミステリー」という言葉は、批評家の齋藤愼爾と文芸評論家の埴谷雄高が考案しました。推理小説の形式を使って、推理小説の前提を覆す一冊です。
ファンの間では「三大奇書を全部読むのはしんどいが、一冊だけ選ぶなら」という会話がよく交わされます。推理合戦の果てにある反転を味わいたいなら『虚無への供物』。入れ子構造の眩暈を体験したいなら『ドグラ・マグラ』。情報量の暴力に身を委ねたいなら『黒死館殺人事件』。どれを先に読むかで、同じ「三大奇書」という括りから受け取る印象はかなり変わってきます。
「三大奇書」という呼び名は、後から付けられた

ここで興味深いのは、三冊の刊行当初、この呼称がまだ無かったという事実です。
竹本健治という当時22歳の大学生が、『匣の中の失楽』を書きました。この作品は1977年から雑誌「幻影城」に連載され、1978年に単行本になりました。推理小説マニアの大学生が密室で殺害され、仲間が書いていた小説の予言通りに事件が進んでいく物語です。奇数章と偶数章で小説内の「現実」と作中作である「虚構」が入れ替わり、しかもどちらが本当の現実なのかさえ判然としません。この作品は評論家たちから「第四の奇書」と呼ばれるようになります。
「第四の奇書」という呼び方が先に定着したことで、それ以前に刊行されていた三冊が、まとめて「三大奇書」として括られるようになりました。四番目が名付けられたことで一番目から三番目が規定された。順序の逆転です。『匣の中の失楽』はその後、日本の新本格ミステリの源流の一つとも位置づけられています。1987年には綾辻行人が『十角館の殺人』でデビューし、「新本格」というムーブメントが本格的に花開きました。その手前には、三大奇書という異端の系譜が確かに横たわっていたのです。
名付けられた側の人間模様

難解な作品を書いた作者たちの経歴にも、意外と親しみやすい逸話が残っています。
夢野久作というペンネームは、本名・杉山泰道が初めて書いた小説を父親に読ませたときに生まれました。父は「夢の久作の書いたごたる小説じゃねー」と評したそうです。「夢の久作」とは博多の方言で、夢ばかり見ている変わり者のこと。何気ない一言が、そのまま後世まで読まれる筆名になりました。
小栗虫太郎の本名は小栗栄次郎です。「虫太郎」という筆名は、生き物好きだった本人にちなみ、マムシを指す言葉から取られたという説が有力です。あの膨大な衒学趣味を生み出した作家の筆名が、毒蛇という意外と生々しい由来を持っているのは、ちょっとした皮肉です。
中井英夫にも、似たような遊び心があります。『虚無への供物』は当初、本名ではなく「塔晶夫」という筆名で講談社から刊行されました。この名前はフランス語の言葉遊びから作られ、自身が敬愛していた作家、久生十蘭にちなんでいるとも言われています。本業では、小説家になる前に「短歌研究」「日本短歌」という歌誌の編集長を務めていました。葛原妙子、塚本邦雄、中城ふみ子、そして当時18歳だった寺山修司らを見出し、前衛短歌の父とも呼ばれています。寺山が応募した五十首詠の原題は「父還せ」でしたが、中井はこれを「チェホフ祭」と改めて世に送り出しました。見出す側だった人間が、後に見出される側になりました。他人の才能を発掘していた編集者が、自らの代表作で三大奇書の一角を占めることになったわけです。
小栗虫太郎と夢野久作は、どちらも代表作の刊行から10年前後で世を去っています。自分たちの作品が「奇書」という特別な枠組みで語られる未来を、本人たちは知るすべもありませんでした。
中国の「奇書」とは意味がまるで違う

「奇書」という言葉自体は、実は中国にも古くから存在します。元代から明代にかけて成立した『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』の四作は、中国で「四大奇書」と呼ばれてきました。この呼び名は明末清初の文人によるものとも、当時の書店が考えた宣伝文句に由来するものとも言われています。
四作とも元代から明代という長い期間をかけて、口承の物語や断片的な記録が積み重なりながら今の形にまとまっていったとされています。一人の作者が一気に書き上げたわけではない点は、日本の三大奇書とは対照的です。
このうち『金瓶梅』は、露骨な性的描写を含むことを理由に、歴代の王朝でたびたび発禁処分を受けた経緯を持ちます。文学的な評価自体は高かったものの、清代以降は代わりに『紅楼夢』を加えた「四大名著」という呼び方が一般化し、学校教育でも定番の古典として扱われるようになりました。
同じ「奇書」という二文字でも、中国の文脈では多くの読者に支持された大衆娯楽小説への賛辞を意味します。日本のミステリー史の文脈では、読み進めることそのものが困難な異端作を指す言葉になりました。言葉は同じ。背負っている読書体験はまるで別物です。
その人気ぶりも対照的です。『三国志演義』は1994年に中国でテレビドラマ化されました。全84話、製作費100億円超という国家的な規模です。1986年製作の『西遊記』のドラマ版も、中国国内での再放送回数が3000回を超え、ギネス世界記録への申請も報じられています。中国の「奇書」が今も老若男女に向けた大衆娯楽として生き続けているのに対し、日本の「奇書」はあくまで挑戦したい読者のための、やや閉じた愉しみとして今日まで残ってきました。
読み終えた人だけが残る感覚

三大奇書は、今でも読書好きの間で挑戦の対象として語られ続けています。SNS上では、読書好きたちが思い思いに「新しい奇書」を推薦し合う投稿企画が定期的に盛り上がり、何百冊もの作品名が挙げられることもあります。半世紀以上前に生まれた呼び名が、今も現役の遊び道具として使われ続けているわけです。海外でも関心は途切れていません。『ドグラ・マグラ』は2003年にフランス語訳が出版され、2023年にはそのフランス語訳からさらに英語へ訳された版がアメリカで刊行されました。日本語から一度フランス語を経由してようやく英語になった、という回り道そのものが、この作品の伝わりにくさを物語っています。
映像化や漫画化の現場でも、この手強さは変わりません。『ドグラ・マグラ』は1988年に松本俊夫監督によって映画化され、桂枝雀の怪演が評価されましたが、観た人の感想には「二回観ても分からなかった」という声が今も残っています。『黒死館殺人事件』は2010年に「まんがで読破」シリーズの一冊として漫画化されましたが、暗号解読の場面などは大幅に省略され、原作では明かされていた謎の一部が、漫画版では解かれないまま終わっています。要約しようとする側が先に力尽きる。それもまた、この三冊らしい現象です。
難解さを理由に途中で本を閉じてしまう読者が多いのも事実です。それでも、専門知識の濁流をかき分けて読み終えたときの実感、入れ子構造の迷路を抜け出したときの実感、自分自身が組み立てた推理そのものに足をすくわれたときの実感は、それぞれの作品でしか得られません。長い山道を登りきった後に似た感覚を、紙の上の文字だけで経験できる小説が三冊ある。これが、この呼び名が今も読み継がれる一番の理由ではないでしょうか。
参考
- “超読みにくい”でおなじみの「三大奇書」を読破したので頑張って紹介してみる - 価格.comマガジン
- 読んだら精神崩壊? 日本三大奇書『ドグラ・マグラ』の魅力とは - ジモコロ
- 『黒死館殺人事件』を解説!【日本三大奇書】伝説の超難解小説に迫る - ブックオフオンラインコラム
- 中井英夫のおすすめ作品5選!三大奇書の1つ『虚無への供物』の作者
- 匣の中の失楽 / 竹本 健治【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア
- 四大奇書(シダイキショ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
- 金瓶梅とはどんな本? 四大奇書だけど淫猥すぎて発禁になった奇書 - はじめての三国志
- 『十角館の殺人 <新装改訂版>』(綾辻 行人) 製品詳細 - 講談社
- Dogra Magra: Translated from Japanese to French to English - 紀伊國屋書店ウェブストア
- ドグラ・マグラ(1988) : 作品情報・キャスト・あらすじ - 映画.com
- 「黒死館殺人事件」が漫画になっていた - 一人で全部食べるのかい?
- 再放送は3000回超え!86年の人気ドラマ「西遊記」ギネスブックに申請―中国 - レコードチャイナ




