洗濯バサミの起源をたどると見えてくる、二百年前の特許競争

風にはためく洗濯物が、カタカタと小さな音を立てて竿から落ちそうになる。それを止めているのが、二本の木やプラスチックをばねで挟み合わせただけの、ごく単純な道具です。洗濯バサミです。毎日のように使っているのに、いつ誰が作ったのかを考える機会はあまりありません。ところがその成り立ちをたどると、意外な話が次々に出てきます。十九世紀のヨーロッパとアメリカを舞台にした特許競争があり、ひとつの町を丸ごと支えた産業があり、彫刻家が巨大な作品に仕立てた例まで出てきます。ベランダの物干しにぶら下がっている小さな道具の背後にある話を追ってみます。

クリップ以前の洗濯物干し事情

洗濯バサミという道具が生まれる前、人々は洗った布をどう乾かしていたのでしょうか。欧米の記録をたどると、十九世紀初頭まで洗濯物を線に固定する道具そのものが存在せず、藪の上や木の枝に広げて乾かすのが普通だったとされています。その後、イギリスなどでは一本の木を削って先端に切れ込みを入れただけの「ドリーペグ」と呼ばれる留め具が使われるようになりました。切れ込みに布を押し込んで固定する仕組みで、ばねは付いていません。名前の「ドリー」は人形の愛称から来ています。当時、洗濯物をかき混ぜる棒状の道具があり、持ち手が腕のように、支える脚が足のように見えました。そこから「ドリー」と呼ばれ、その呼び名がよく似た形の洗濯バサミにもそのまま引き継がれました。考案したのはシェーカー教徒とされています。装飾を排し、暮らしの道具すべてを機能だけで仕立てることを信条にした共同体です。丸のこの歯の改良や、壁に木釘を並べて家具を引っ掛ける「ペグレール」と呼ばれる収納の仕組みなど、日常の細かな発明を数多く残しました。洗濯バサミも、リンゴの芯抜きや豆のさや剥き器と並んでその発明一覧に数えられることがあります。

日本の事情はまた違います。物干し竿そのものは平安時代末期にはすでに登場していたとみられ、江戸時代には庶民の暮らしにも浸透していました。当時の洗濯物の多くは袖のついた着物だったため、袖に竹竿を通して乾かす方法が中心だったと考えられています。さらに着物を仕立て直す際には一度全部ほどいて反物の状態に戻し、板に張って乾かす「洗い張り」という手間のかかる工程も行われていました。布を挟むという発想自体がまだなかったのです。洋装が広がるまで、その必要もなかったわけです。

二百年前のフランスから始まった特許競争

洗濯バサミが特許という形で記録に残り始めたのは十九世紀に入ってからです。それまでは洗濯物を線に固定する道具自体がなく、木の枝や藪の上に広げたまま風で飛ばされることも珍しくありませんでした。都市部に人口が集中し、建物と建物の間に渡した線に洗濯物を干すような住宅事情が広がったことも、留め具を求める動機の一つだったようです。

洗濯バサミの最初の特許は、1809年にフランス人のジェレミー・ヴィクトール・オプドベックという人物が取得したと伝えられています。一本の木から削り出した一体型で、先端を二つに割り、その隙間に布を挟む仕組みでした。木そのものの弾力で挟む力を生み出す、いわば原始的なばねです。

この発明がアメリカに渡り、改良が重ねられます。1832年、ニュージャージー州セイラムのサミュエル・プライアーがアメリカで最初の洗濯バサミの特許を取得しました。曲げたヒッコリー材を木ねじで留めて挟む仕組みでした。ですが、この特許模型はもう存在しません。1836年にアメリカ特許庁で発生した大火で、数千件分の特許模型や記録とともに焼失してしまったのです。記録だけが残る、幻の試作品。

バーモントの発明家たちが完成させた「現代型」の仕組み

今の洗濯バサミの形を決定づけたのは、バーモント州の発明家たちでした。1853年、同州スプリングフィールドのデビッド・M・スミスが、支点でつながれた二本の爪とばねを組み合わせた仕組みを特許登録します。つまむと先端が開き、離すとばねの力で閉じて布を挟む。今私たちが使っているのとほぼ同じ構造です。

さらに1887年、同じバーモント州スワントンのソロン・E・ムーアが、コイル状の金属ばねを使う改良版を特許登録しました。二つの木片を組み合わせ、その間にコイルばねを通すことで、より強く安定した挟む力が生まれるようになりました。スミスが基本構造を作り、ムーアがばねの仕組みを仕上げたことで、洗濯バサミはほぼ完成形に達します。小さな日用品の裏に、二人の発明家の名前が刻まれているわけです。

てことばね、一本の金属線がこなす三つの役割

洗濯バサミを物理の目で見ると、これは「てこ」です。つまむ部分に力を加えると、支点を軸にして先端の爪が開きます。放せばばねの力で爪が閉じ、布を挟みます。支点が力点と作用点のあいだにある、てこの基本形そのものです。

ムーアが組み込んだコイル状のばねが肝心なところで、実はこの一本の金属線だけで三つの仕事をこなしています。開いた爪を閉じる力を生む「ばね」、二本の木片やプラスチックをつなぎとめる「軸」、そして開閉の動きを支える「支点」です。普通なら別々の部品が必要なところを、ねじれた金属線一本に集約してしまった設計です。部品が少ないぶん壊れにくく、量産しても安く作れる。この構造が完成してからおよそ百四十年、洗濯バサミの基本の仕組みはほとんど変わっていません。

洗濯バサミの聖地となったモントピリアーの工場群

重要な特許のほとんどをバーモント州の発明家が握っていたことから、ニューヨーク・タイムズはかつてバーモント州を「洗濯バサミのシリコンバレー」と呼んだことがあります。州都モントピリアーには、United States Clothespin Companyと、1909年創業のNational Clothespin Companyという二つの工場が向かい合って建っていました。作っていたのは年間数十万個規模の洗濯バサミです。

モントピリアーが拠点になった理由は、この土地の条件にありました。工場の周りにはバーチやメープル、ブナといった堅い木が豊富にあり、製材所で出た端材をそのまま洗濯バサミの材料に回せたのです。最盛期には年間50万フィート分(ボードフィート)もの木材を消費していたといわれています。工場はウィノースキ川沿いに建てられ、水力と、川に沿って走る鉄道の両方を使って木材や完成品を運び出せる場所でもありました。原料と輸送、二つの条件がたまたま同じ場所で揃っていたことが、一つの町に産業を根づかせたわけです。

1918年に建てられたNational Clothespin Factoryは、やがてアメリカで最後の木製洗濯バサミ工場となります。しかし電動の乾燥機が普及し、プラスチック製品が台頭し、海外製の安価な製品が流入してくると、業界全体が縮小していきました。モントピリアーの工場も2003年に操業を終え、アメリカにおける木製洗濯バサミ産業はひとつの時代を終えます。小さな木の留め具だけで、一つの町が一世紀以上食べてきたのです。

日本に渡ってきた洗濯バサミと高度経済成長の記憶

日本で洗濯バサミが広く使われ始めた時期について、明確な伝来の記録は見つかりませんが、昭和初期には木製や薄いアルミ製のものがすでに使われていたことが分かっています。洋装が日常着として定着したことが背景にあると考えられます。着物の袖を竿に通すだけでは、もう乾かせません。

洗濯バサミの素材が大きく変わるのは、プラスチックが一気に普及した高度経済成長期です。日本国内のプラスチック生産量は1950年におよそ1万7000トンでしたが、1958年ごろから石油化学工業が国の後押しを受けて本格的に立ち上がり、1960年には55万4000トンまで急増しました。この波に合わせて、洗濯バサミも木やアルミから、二つのプラスチック部品をねじりコイルばねでつなぐ今の形に置き換わっていきます。木やアルミは単色か金属そのものの色しかありませんが、プラスチックは着色が自由です。赤や黄、水色といった色違いの洗濯バサミが一つの袋にまとめて売られるようになったのも、この時期からだと考えられます。ベランダに並ぶ色とりどりのプラスチックの洗濯バサミは、日本の高度経済成長そのものを小さく体現した道具だったとも言えます。

日本独自に育った「丸いピンチハンガー」という発想

洗濯バサミの使われ方そのものにも、日本らしい工夫があります。欧米では今も一本の物干し線に洗濯バサミを一つずつ留めていく使い方が中心ですが、日本の物干しでよく見かけるのは、丸や四角の枠にたくさんの洗濯バサミが並んで付いた「ピンチハンガー」です。靴下やハンカチのような小物を一つの吊り手にまとめてかけられる道具で、物干しスペースが限られた住宅事情に合わせて広まったとみられています。戦後まもない時期に日本の主婦が考案したという説も伝わっていますが、裏付けとなる記録までは確認できていません。はっきりしているのは、同じ「爪とばね」の洗濯バサミが、国ごとに違う吊り方の道具へと枝分かれしていったことです。

「洗濯バサミ」と「ピンチ」、呼び方をめぐる小さな謎

スーパーや通販サイトで、洗濯バサミが「洗濯ピンチ」という名前で売られているのを見たことがある人もいるはずです。この呼び名の由来は、英語で「挟む」「つまむ」を意味する動詞pinch。日本語の「ピンチ」というと「危機」を思い浮かべがちですが、こちらは全く別の使われ方です。

呼び方の揺れは地域差というより、メーカーや販売店ごとの表記の違いとして定着してきた面が大きいようです。「洗濯バサミ」「洗濯ピンチ」のほかに、複数のバサミが付いた吊り下げ型の道具を指して「角ハンガー」「ピンチハンガー」と呼ぶこともあり、同じ道具でも呼び名は一つに定まっていません。

英語の世界でも事情は似ています。アメリカでは「clothespin」、イギリスでは「clothes peg」と呼ばれ、同じ道具でも大西洋を挟んで単語が分かれます。pinという単語には「留め具」「小さな棒」といった意味があり、pegにも「突起」「くさび」の意味があります。どちらも道具の形そのものを指す言葉から名付けられており、挟む動作に注目した日本語の「ピンチ」とは、名付け方の視点そのものが違います。ひとつの製品に複数の名前が並行して存在し続けているという状態自体が、日常に深く入り込んだ道具らしい現象です。

フィラデルフィアの街角にそびえる10トンの洗濯バサミ彫刻

洗濯バサミは美術作品の題材にもなっています。アメリカの彫刻家クレス・オルデンバーグが1976年に発表した「Clothespin」です。高さ約14メートル、重さ10トンの耐候性鋼製彫刻です。フィラデルフィアのセンター・スクエア広場に、アメリカ建国二百年を記念する年に設置されました。

オルデンバーグ自身は、この作品が単なる洗濯バサミの拡大模型ではないと語っています。ばね部分の曲線が数字の「76」を思わせる形に作られており、独立二百周年という設置年を暗示しています。さらに作品の全体の輪郭は、同じフィラデルフィア美術館に収蔵されているブランクーシの彫刻「接吻」と重なる、恋人同士が抱き合う姿を思わせるという見方も知られています。設置を依頼したのは不動産開発業者で、都市再開発にあわせて公共空間に芸術を取り入れる助成制度を使った作品でもありました。洗濯物を留めるだけの道具が、都市のランドマークになり、彫刻史の文脈にまで組み込まれた例です。

プラスチックが弾け飛ぶ時代に、素材選びが揺れ戻る

高度経済成長期にプラスチック製へ置き換わった洗濯バサミですが、近年はまた素材選びの潮目が変わってきています。ポリプロピレン製のプラスチックは紫外線を浴び続けると炭素の結合が壊れて酸化し、数年で表面がもろくなっていきます。屋外に出しっぱなしのプラスチック製は1〜2年、室内でも3〜5年ほどで寿命を迎えるといわれ、挟んだ瞬間にパキッと割れてしまったという声がSNSでもたびたび話題になります。

その反動で、錆びに強く紫外線でも劣化しにくいステンレス製や、普通のプラスチックより紫外線耐性が高いポリカーボネート製に買い替える動きが広がっています。一方ヨーロッパでは、石油由来のプラスチックを避けて、ブナ材と鉄のばねだけで作る木製の洗濯バサミが見直されています。使い終えたら木の部分は堆肥に、ばねは資源として分別できるからです。百七十年以上前にバーモントの発明家たちが組み立てた木とばねという組み合わせが、今度は環境意識という別の理由で選ばれ直しているのは、ちょっとした巡り合わせです。

洗濯物を挟む以外に広がってきた小さな道具の仕事

洗濯バサミの用途は、物干し以外にも広がっています。開けたお菓子の袋の口を折って挟んでおけば、簡易の密閉具になります。湿気を防げます。冷凍野菜の袋を留めておくのにも重宝します。工作や模型作りでは接着剤が固まるまで部材を押さえるミニクランプとして使われ、庭仕事では苗の茎を支柱に沿わせて留める道具としても使われています。釘を打つときに洗濯バサミで釘をつまんで固定すれば、金づちが指に当たる心配も減ります。壁に張った一本のロープに洗濯バサミでメモや写真を留めていけば、ピンや画びょうを使わない掲示スペースにもなります。配線をまとめて机の端に留めておく、ちょっとした整理用品としても重宝します。

二本の棒きれとばねだけという構造が、用途を限定しない汎用性を生んでいます。洗濯物を挟むために生まれた道具が、物を留める・支える・密閉するという行為そのものの便利な代名詞になっていったわけです。百円ショップでも数十個入りの束が普通に売られているほど、値段も安いままです。部品がばね一本と二つの爪だけという、ムーアが百四十年近く前に仕上げた単純な設計が、今のコストの低さにそのままつながっています。

ベランダで何気なく手にしている一つに、フランスの発明家、バーモントの町工場、日本の高度経済成長、フィラデルフィアの彫刻家の解釈まで重なっています。そう考えると、物干しに並んだ洗濯バサミの見え方が少し変わってきます。

参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times