有名小説家一覧から見えてくる、ペンネームや前職の知られざる由来

世に名を残す小説家というと、教科書に載った肖像画や難解な代表作の印象ばかりが先に立ちます。しかし名前の由来や書斎での過ごし方、作家になる前の経歴まで掘っていくと、教科書には載らない人間くさいエピソードがいくつも出てきます。有名な小説家を並べて一覧のように眺めてみると、そこには時代を超えた共通の悩みや、思わず笑ってしまうような執着心が見えてきます。平安時代から現代まで、活躍した時期も作風もまったく異なる作家たちですが、名前の付け方や締切への向き合い方、道具へのこだわりといった細部を比べてみると、案外似たような人間らしさが顔を出すこともあります。今回は、ペンネームの由来から執筆の癖、意外な前職、締切との戦いまで、小説家たちの知られざる一面を集めてみました。

ペンネームに隠された小説家たちの由来

有名小説家一覧から見えてくる、ペンネームや前職の知られざる由来

小説家の名前は、実は本名そのままというケースが少ないことをご存知でしょうか。多くの作家がペンネームを名乗る背景には、本人なりの理由やちょっとした思いつきが隠れています。

村上龍の本名は村上龍之助です。芥川龍之介と一文字しか違わないという理由から、本名を短く縮めて「村上龍」と名乗るようになったといわれています。似た名前の大先輩がいる中で、あえて紛れそうな名前を選んだところに、若き日の遊び心が感じられます。

推理作家の江戸川乱歩は、アメリカの作家エドガー・アラン・ポーの名前を日本語の音に当てはめてもじったペンネームです。ポーへの敬意と、名前遊びの巧みさが同時に伝わってくる例といえます。

直木三十五も由来が凝っています。本名の植村宗一から「植」の字を分解して「直木」とし、下の名前には自分の年齢をそのまま当てはめていました。年を重ねるたびに数字を変えていくつもりだったとされ、実際にデビュー当初は別の数字を名乗っていた時期もあったといいます。

石田衣良のペンネームは、本名の石平(イシダイラ)に由来します。電話に出るときに名乗りやすいという、なんとも実務的な理由で今の名前に決めたそうです。文学的な深い意味よりも日常の使いやすさを優先したという点が、かえって親近感を覚えるエピソードです。

一方で村上春樹は本名がそのままペンネームになっている珍しい例です。デビュー当時、いかにも本名らしくない響きから編集者にペンネームと思われ、改名を勧められたこともあったといいます。本人は後年、いっそペンネームにしておけばよかったと語ったこともあるようで、名前ひとつにも作家それぞれのドラマがあることがうかがえます。

書斎から見えてくる文豪たちの執筆の癖

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作品の内容だけでなく、どういう環境や習慣で書いていたかを知ると、その作家の人柄がより立体的に見えてきます。

夏目漱石は晩年、病気療養のために外出がままならない時期がありました。随筆『思い出す事など』や『硝子戸の中』では、縁側に出て日光を浴びながら庭の景色を眺めて過ごした日々が描かれています。派手な逸話ではありませんが、体調と向き合いながらも書くことをやめなかった姿勢が伝わってきます。

太宰治は中学生の頃から芥川龍之介の熱心な読者でした。当時の学生ノートには芥川のポーズを真似た落書きが複数残っており、憧れの作家への傾倒ぶりがうかがえます。三島由紀夫は、太宰とは対照的な立場を取った作家として知られています。太宰治の才能自体は認めつつも、その作品にちらつく自己憐憫のような雰囲気を「生理的な反発を感じさせる」と評し、公然と苦手意識を口にしていました。同じ時代を生きた文豪同士が互いにどう見ていたかを知ると、作品の読み方も少し変わってきます。

現代の作家では、村上春樹の規則正しい生活リズムが有名です。毎朝四時に起床し、五時間から六時間ほど執筆を続けた後は、原稿用紙十枚分を書いたところで筆を置き、ランニングや水泳に切り替えるという生活を三十年以上続けているといいます。書きたい気持ちが残っているうちにあえて手を止め、その感覚を翌日に持ち越すようにしているそうで、勢いに任せて書き続けるイメージとは対照的な、長距離走のような執筆スタイルがうかがえます。

締切に追われた遅筆の作家たちの逸話

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小説家といえば締切に追われる仕事の代表格でもあります。中でも劇作家であり小説家の井上ひさしは、あまりの遅筆ぶりから自ら「遅筆堂」と名乗るほどでした。担当編集者が住まいの応接室に何日も詰めて原稿を待ち続け、早くて締切から三日、遅いときには一週間ほど遅れることも珍しくなかったといいます。それでも書き始めると筆の運びは早く、時間がかかるのはあくまで書き出すまでだったそうです。舞台の上演が迫っているのに台本が仕上がらず、印刷を業者に頼む時間もないため、自らガリ版を切って台本を用意したこともあったといわれています。

芥川賞に対する執着でも知られる太宰治は、選考委員だった佐藤春夫に受賞を懇願する手紙を何度も送っています。そのうちの一通は四メートルの巻紙に毛筆で「伏して懇願申しあげます」としたためられていたことが、後年の調査で明らかになりました。もう一人の選考委員だった川端康成には私生活の問題を理由に評価を落とされ、太宰は「川端康成は大悪党」と反論する文章を発表するほど怒りをぶつけています。結局、太宰治は生涯を通じて芥川賞を受賞することはありませんでした。締切や賞という制度に振り回されながらも、その反応の仕方に作家それぞれの個性が表れているのが面白いところです。

小説家になる前は何をしていたのか、意外な前職

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作家というと学生時代から文章一筋だったイメージを持ちがちですが、実際には全く違う仕事を経験してから作家になった人が少なくありません。

東野圭吾は大阪府立大学の工学部を卒業し、電気メーカーでエンジニアとして働いていました。会社員として勤務を続けながら小説を書き、『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞してデビューしています。理系の視点でトリックを組み立てる緻密さは、エンジニア時代の経験と無関係ではないのかもしれません。

池井戸潤は慶應義塾大学を卒業後、三菱銀行(現在の三菱UFJ銀行)に入行しました。銀行員として働いた後、三十二歳のときに退職し、その経験を生かして金融業界を舞台にした企業小説を数多く手がけるようになります。銀行内部のリアルな駆け引きが描かれる背景には、実際に現場で働いた経験があったわけです。

宮部みゆきも会社員としての経歴を持つ作家です。法律事務所でタイピストとして働きながら小説教室に通い、その傍らで速記検定一級を取得するなど、文章に関わる実務経験を積んでいました。同僚の勧めで新人賞に応募したことがデビューのきっかけになったといい、周囲の後押しが才能を世に出す転機になった例といえます。

お笑い芸人から作家に転じた例もあります。ピースの又吉直樹は、小説『火花』で芥川賞を受賞し、大きな話題になりました。文芸誌に掲載された時点で異例の増刷となり、単行本は三百万部を超える売り上げを記録しています。選考委員の一人は、芸人が話題性だけで書いたのではないかという先入観を抱いていたものの、実際に読み進めるうちに、ひたむきな文章に評価を改めたと語っています。受賞後は先輩芸人からしつこく印税の額を聞かれたことを明かすなど、お笑い界での人付き合いも変わらず続けていたようで、賞を取っても芸人としての日常が地続きになっていたところに親近感を覚えます。

意外な前職から見る小説家たちの経歴

作家 作家になる前の仕事 デビュー作・受賞歴
東野圭吾 電気メーカーのエンジニア 『放課後』で江戸川乱歩賞
池井戸潤 銀行員(三菱銀行) 『果つる底なき』ほか企業小説
宮部みゆき 法律事務所のタイピスト 『我らが隣人の犯罪』で新人賞
又吉直樹 お笑い芸人 『火花』で芥川賞

賞の名前に刻まれた友情、芥川賞と直木賞の由来

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数ある文学賞の中でも特に名前が知られている芥川賞と直木賞ですが、この二つの名称には創設者の深い友情が刻まれています。

両賞を創設したのは作家であり出版社の経営者でもあった菊池寛です。芥川龍之介と直木三十五はともに大正から昭和初期にかけて活躍した作家仲間で、菊池寛が創刊した雑誌「文藝春秋」には欠かせない存在でした。二人が相次いで世を去った後、菊池寛はそれぞれの名を後世に残すため、昭和十年に二つの賞を同時に創設します。

菊池寛が芥川龍之介をどれほど大切な友人だと思っていたかは、息子の名付けにも表れています。自分の本名である「寛(ひろし)」という読みをそのまま使い、漢字だけを変えて「芥川比呂志」と名付けたほどで、友情の深さがうかがえる逸話です。単なる追悼企画ではなく、私的な思い入れの強さが賞の名前そのものに込められているわけです。

この芥川賞には記録の面でも印象的な出来事があります。綿矢りさは二〇〇四年、当時十九歳十一か月という史上最年少で『蹴りたい背中』により芥川賞を受賞しました。高校生の頃に別の作品でデビューし、大学在学中に書き上げた二作目でこの記録を打ち立てたことになります。同じ選考会では二十歳の金原ひとみも受賞しており、若い世代の受賞者が並んだことも当時大きな話題になりました。長く続く賞だからこそ、こうした記録が生まれる瞬間にも歴史の重みが加わります。

万年筆や原稿用紙に見る文豪たちの執筆道具へのこだわり

有名小説家一覧から見えてくる、ペンネームや前職の知られざる由来

小説家がどんな道具で原稿を書いていたかも、意外と語られることの多い話題です。明治時代創業の満寿屋が手がける原稿用紙は、川端康成や三島由紀夫、司馬遼太郎、横溝正史といった作家たちに長く愛用されてきました。マス目の大きさや紙の質感にまでこだわりを持つ作家が多く、書き心地の良さが作品の生まれ方にも影響していたと考えられています。

三島由紀夫は万年筆にパーカー51というモデルを愛用していたことで知られています。三島由紀夫文学館には、その万年筆が置かれた書斎の様子を伝える資料が残されており、道具にまで几帳面さがうかがえる構成になっています。川端康成も直筆原稿への推敲を重ねたことで知られ、代表作『千羽鶴』の原稿には何度も手が加えられた跡が残っているといいます。パソコンやワープロが普及する以前、原稿用紙と万年筆は作家にとって単なる道具ではなく、作品世界そのものを支える相棒のような存在だったのかもしれません。

同時代を生きた紫式部と清少納言、対照的だった距離感

有名小説家一覧から見えてくる、ペンネームや前職の知られざる由来

平安時代に活躍した女性作家として並べて語られることの多い紫式部と清少納言ですが、実は二人が直接顔を合わせた記録は残っていません。清少納言は中宮定子に、紫式部は中宮彰子にそれぞれ仕えていて、仕えていた時期も主君も異なっていたためです。

それでも紫式部は、自らの日記の中で清少納言について厳しい言葉を残しています。清少納言が漢文の知識を臆せずに披露し、男性貴族とも堂々とやり合う様子を、上っ面だけの振る舞いだと批判的に書いているのです。教養をひけらかすことをよしとせず、あえて隠しながら宮仕えをしていた紫式部にとって、まだ評判の高かった清少納言の存在は、どこか気に障るものだったのかもしれません。反対に清少納言の作品には、紫式部への言及はほとんど見当たりません。面識のない相手を一方的に意識してしまうという構図は、現代の私たちにも身に覚えのある感覚ではないでしょうか。

紫式部は、後の時代になって別の形でも存在感を示しています。紫式部が書いた『源氏物語』は世界最古の長編小説のひとつとされ、その文学的な功績から二〇〇〇年七月に発行された二千円紙幣の肖像に採用されました。一方で樋口一葉は、明治時代に『たけくらべ』などの作品を残した小説家で、二〇〇四年十一月に発行された五千円紙幣の肖像に選ばれています。紫式部から遅れること約九百年、時代の異なる二人の女性小説家が、誰もが日常的に手にする紙幣という場所で並んでいたことになります。清少納言との距離感とはまた別の形で、紫式部の存在感が時代を超えて受け継がれていたことがうかがえます。

正体を隠して活動する覆面作家という選択

有名小説家一覧から見えてくる、ペンネームや前職の知られざる由来

小説家の中には、本名や経歴、時には性別まで明らかにせず活動する人たちもいます。こうした作家は「覆面作家」と呼ばれ、私生活への影響を避けるためや、作品そのものを純粋に読んでもらいたいという理由から、素性を伏せる選択をしています。

北村薫はデビュー当初、覆面作家として活動していたことで知られています。素性を明かさない立場だったからこそ描けた実体験が、後の作品世界に反映されているとも語られています。舞城王太郎も長らく素顔や経歴を公表せずに作品を発表し続けてきた作家のひとりです。エッセイ『夫のちんぽが入らない』で注目を集めたこだまも、本名や詳しい経歴を明かさないまま執筆活動を続けています。

顔や経歴が見えないぶん、読者は作品の文章そのものと向き合うことになります。誰が書いたかという情報を切り離すことで、逆に作品の内容だけで評価される環境を自ら選んでいるとも言えるでしょう。取材や登壇を求められることが多い現代の出版業界において、あえて素性を明かさずに文章だけで勝負するという姿勢は、名前や経歴が先に評価を左右してしまうことへの、ひとつの距離の取り方だとも読み取れます。名前を隠すという選択自体が、その作家の作品との向き合い方を物語っている面白い例です。

こうして名前の由来や執筆の癖、前職や締切との戦い、対照的な距離感といった角度から小説家たちを眺めてみると、代表作のタイトルだけでは見えてこない人物像が浮かび上がってきます。次に本屋で見慣れた作家の名前を目にしたときは、その裏にどんな由来やエピソードが隠れているのか、少し想像を巡らせてみるのも楽しいかもしれません。

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参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

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