ショートスリーパーの割合はわずか1%未満、ナポレオンやエジソンの短眠伝説に隠された遺伝子の真実
「自分はショートスリーパーだから4時間睡眠で平気」という台詞を聞いたことがある人は多いはずです。けれど遺伝学的に裏付けられた本物のショートスリーパーは、人口のごく一部にしかいません。1%にも満たないという推定もあるほどです。しかも歴史上「短眠の達人」として語り継がれてきたナポレオンやエジソンすら、調べ直すと話はもう少し複雑です。睡眠時間を削ることを才能や根性の証のように扱う文化と、実際に体が必要とする睡眠量との間には、かなり大きなズレがあります。
- 1. 本物のショートスリーパーは遺伝子で決まり、訓練では増えない
- 2. ナポレオンの「3時間睡眠」は、こまめな仮眠を数え忘れていただけだった
- 3. エジソンが「睡眠は時間の浪費だ」と言い切った裏には、昼寝と鉄球があった
- 4. サッチャーの「睡眠は弱者のもの」は、不眠症を強さに読み替えた政治的レトリックだった
- 5. ダ・ヴィンチの「90分睡眠」伝説は、史実と誇張が入り混じっている
- 6. 電気のない時代、人類は一晩に二度眠るのがふつうだった
- 7. 本物かどうかを分ける境目は、休日の寝だめと日中の眠気にある
- 8. 自称ショートスリーパーの大半は、睡眠不足に体が慣れてしまっただけ
- 9. 「24時間戦えますか」の時代が刻んだ、睡眠を削ることを美徳とする空気
- 10. 遺伝子が決める体質を、訓練や根性で変えることはできない
- 11. 参考
本物のショートスリーパーは遺伝子で決まり、訓練では増えない

カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の神経学者イン・フイ・フー氏の研究チームは、2009年にDEC2という遺伝子の変異を発見しました。きっかけは、推奨される8時間半前後の睡眠よりはるかに短い時間で足りるという母娘の血液を調べたことでした。この変異を持つ人は夜11時から12時頃に眠って朝5時には自然に目が覚め、平均睡眠時間は6.25時間、変異を持たない人の8.06時間より明らかに短いという結果が出ています。DEC2は覚醒を保つホルモンであるオレキシンの量を調整する遺伝子で、変異によってオレキシンの分泌に対する抑制がわずかに緩むことで、短い睡眠でも日中の機能を保てる体質になると説明されています。
2019年には同じ研究チームが2つ目の短眠遺伝子ADRB1も発見しました。4時間から6時間の睡眠で足りる人が多く含まれる5世代にわたる家系を調べたところ、短眠体質を持つ全員にADRB1というβ1アドレナリン受容体遺伝子の187番目の部位でアラニンがバリンに置き換わる変異が共通して見つかったといいます。世代を超えて同じ一文字の置き換えが受け継がれていたという事実が、この体質が遺伝で決まることを裏付けています。生まれつきの設計図の問題であって、習慣の積み重ねでは説明できません。
オレキシンをめぐっては、ちょうど正反対の仕組みを持つ病気もあります。ナルコレプシーという睡眠障害では、オレキシンを作る脳の神経細胞そのものが失われ、覚醒を維持できずに日中強い眠気に襲われます。DEC2やADRB1の変異がオレキシンの働きをわずかに強めて短い睡眠でも目が覚めていられる方向に体質を傾けるのに対し、ナルコレプシーはオレキシンがほとんど働かなくなる方向への異常です。同じホルモンの量が、睡眠時間を決める目盛りのように両極へ振れていることになります。
この変異を持つ人の割合については研究者によって推定に幅があります。人口の1%未満とする見方が多く、中には10万人に4人程度といった、かなり狭く見積もる研究者もいます。いずれにしても少数派であり、きわめて特殊な体質という点は共通しています。遺伝子で決まる体質である以上、トレーニングや慣れで後天的に身につけられるものではないという点も、UCSFの研究チームが繰り返し強調しているところです。
ナポレオンの「3時間睡眠」は、こまめな仮眠を数え忘れていただけだった

歴史上もっとも有名な短眠エピソードはナポレオン・ボナパルトのものでしょう。「3時間は勤勉、4時間は常識、5時間は怠惰」という言葉を残したとされ、短眠こそ皇帝たるものの心得だと言わんばかりの逸話が広く伝わっています。ところが秘書を務めたブリエンヌは、ナポレオンが実際には24時間のうちおよそ7時間は眠っていたと証言しています。側近の記録を当たり直すと、夜間の睡眠に加えて戦場で15分から20分程度の仮眠をこまめに取っていたこともわかっており、夜の睡眠と昼間の仮眠を合計すれば1日6時間から8時間程度の睡眠を確保していたという説が有力です。短眠の象徴として語られてきた人物が、実は現代でいう「パワーナップ」を戦略的に使いこなしていた、というのが実態に近いようです。
エジソンが「睡眠は時間の浪費だ」と言い切った裏には、昼寝と鉄球があった

トーマス・エジソンも短眠を公言した人物として知られています。1889年のサイエンティフィック・アメリカン誌のインタビューで、一晩に4時間以上眠ったことはないと語り、睡眠を時間の浪費だと繰り返し主張しました。ところがエジソン自身は、発明のアイデアに行き詰まると鉄球を手に持ったまま椅子でまどろむ習慣を持っていました。眠りに落ちて手の力が抜けると鉄球が床に落ち、その音で目が覚めた瞬間にひらめきを得るというやり方です。半覚醒状態の思考が創造性を高めるという研究は現在も続けられており、エジソンの逸話はその先取りだったとも言えます。
ここには歴史の皮肉もあります。エジソンが実用化に貢献した電灯は、のちに人類の睡眠パターン自体を変えてしまう発明でした。短眠を公言した男が作った光が、人類の夜を一変させたのです。詳しくは後の節で触れます。
サッチャーの「睡眠は弱者のもの」は、不眠症を強さに読み替えた政治的レトリックだった

イギリスの元首相マーガレット・サッチャーも、1日4時間の睡眠で政務をこなし、公邸でアイロンがけまでしていたという逸話で知られています。「睡眠なんて弱虫のためのもの」という発言も有名です。一方で、サッチャー自身は不眠症に悩んでいたという証言もあり、眠れない体質を弱さではなく鉄の意志の証として語り直していた可能性が指摘されています。真偽はどちらとも確定しづらいところですが、短眠を意志の強さの記号として扱う語り方が、政治家の自己演出に使われてきたこと自体は興味深い事実です。
ダ・ヴィンチの「90分睡眠」伝説は、史実と誇張が入り混じっている

レオナルド・ダ・ヴィンチについては、4時間ごとに15分から20分の仮眠を繰り返し、1日の総睡眠時間はわずか90分程度だったという、さらに極端な逸話が伝わっています。伝記作家のジョルジョ・ヴァザーリは、ダ・ヴィンチが制作に没頭して寝食を忘れる一方で、スランプの時期には長く筆を取らなかったという気まぐれな様子を記録しており、弟子が師の昼寝の多さを証言した記録も残っています。90分睡眠説を裏付ける一次資料は限定的で、史実と後世の誇張が入り混じっていると見るのが妥当です。
医学的な検証でも、この手の多相睡眠には疑問が呈されています。イタリアの生理学者クラウディオ・スタンピ氏は、3時間ごとに30分眠るパターンを試した実験で、脳は浅いノンレム睡眠とレム睡眠の段階には入るものの、通常の夜間睡眠と同じ深さの休息には届かないことを確認しました。短く刻んだ仮眠の積み重ねでは、まとまった睡眠が持つ回復効果を完全には代替できないというのが、現時点での見立てです。
| 人物 | 語られてきた伝説 | 実際に近いとされる内容 |
|---|---|---|
| ナポレオン | 一晩3時間睡眠 | 夜間睡眠と戦場での頻繁な仮眠で合計6〜8時間 |
| エジソン | 一晩4時間未満、睡眠は浪費 | 夜間は短いが鉄球を使った昼寝を習慣化 |
| サッチャー | 一晩4時間、睡眠は弱者のもの | 不眠症を強さの演出に読み替えたとの見方あり |
| ダ・ヴィンチ | 1日90分の多相睡眠 | 一次資料は乏しく、昼寝が多かったとの証言もある |
電気のない時代、人類は一晩に二度眠るのがふつうだった

バージニア工科大学の歴史学者ロジャー・イーカーチ氏は、日記や裁判記録、医学文献などを長年調査し、産業革命以前のヨーロッパでは「第一の眠り」と「第二の眠り」という二段階の睡眠が一般的だったことを明らかにしました。日没後に眠り始めて深夜2時頃に一度自然に目覚め、1時間ほど起きている時間を挟んで、再び明け方近くまで眠るというパターンです。この夜中の覚醒時間は「ウォッチ」と呼ばれ、祈りを捧げたり、暖炉の火の始末をしたり、夢について語り合ったりする時間として使われていました。
この分割睡眠が消えた決定的な要因が電灯の普及です。夜も明るく過ごせるようになったことで就寝時間が遅くなり、限られた時間に深く眠る必要が生まれ、一度の連続した眠りへと変化していきました。エジソンが広めた電灯が、エジソン自身が軽視した「まとまった睡眠」という現代的な常識を作り出したことになります。短眠を誇った発明家が、巡り巡って人類の眠り方そのものを塗り替えてしまったわけです。
現代人が夜中に一度目が覚めてしまうと「不眠症ではないか」と不安になりがちですが、イーカーチ氏の研究を踏まえれば、それはわずか数世代前までごく普通だった眠り方の名残だと捉えることもできます。一度の連続した睡眠こそが正常という感覚自体、電灯以後に作られた比較的新しい基準にすぎません。
本物かどうかを分ける境目は、休日の寝だめと日中の眠気にある

医学的な定義では、6時間未満の睡眠が1週間以上続いていて、日中に眠気や集中力の低下がなく、休日も平日とほぼ同じ時間に起きられ、子供の頃から一貫して睡眠時間が短いという条件がすべて揃って初めて、本物のショートスリーパーと見なされます。もっとも分かりやすい目印は休日の過ごし方です。週末に平日より2時間以上長く眠ってしまう人は、平日の睡眠不足を体が埋め合わせている証拠であり、遺伝的なショートスリーパーではなく単なる寝不足と判断されます。
本物のショートスリーパーに共通しやすい傾向として、物事を楽観的に捉える性格や、活動的でエネルギーにあふれた様子、記憶力の高さ、肥満になりにくい低いBMIなどが報告されています。もっとも、こうした性格面の傾向は遺伝子変異そのものの効果なのか、短い睡眠で済む分だけ活動時間が長く確保できることの結果なのかは、まだ十分に切り分けられていません。
自称ショートスリーパーの大半は、睡眠不足に体が慣れてしまっただけ

遺伝的な短眠体質がごく少数派である一方、「自分はショートスリーパーだ」と自認する人は実際には珍しくありません。睡眠に関する調査では、睡眠時間が5時間未満と答えた人のうち、睡眠に不満を感じていないと答えた割合は18.7%程度にとどまるという結果が報告されています。慢性的な睡眠不足の状態が続くと、体がその状態に適応し、本人は自覚できないまま疲労や判断力の低下が蓄積していくことがあるためです。
医師の立場からは、ショートスリーパーになれるかどうかは遺伝で決まっており、遺伝的な適性がない人が意図的に睡眠時間を削ってその体質を目指すのは健康上望ましくないという指摘も出ています。短時間睡眠を2週間続けた実験では、徹夜を2晩続けたときと同程度まで認知機能が落ち込んだという報告もあり、「自分は大丈夫」という感覚と実際の機能低下は必ずしも一致しません。
この手の自覚しづらい不足を指す言葉が「睡眠負債」です。毎日少しずつ足りない睡眠が借金のように積み重なっていく状態を表し、1日単位の寝不足と違って持続的かつ慢性的に進むのが特徴です。本人は6時間程度眠れているから大丈夫だと思っていても、実際には必要な睡眠量に届いておらず、知らないうちにパフォーマンスの低下が進んでいることがあります。
「24時間戦えますか」の時代が刻んだ、睡眠を削ることを美徳とする空気

日本で短眠が賛美された時代を象徴するのが、1989年に流行した栄養ドリンク「リゲイン」のキャッチコピー「24時間戦えますか」です。俳優の時任三郎がビジネスマンを演じたテレビCMとともに放送され、同じ年の新語・流行語大賞にも選ばれました。「黄色と黒は勇気のしるし」で始まるCMソングはCDが60万枚売れるほどのヒットとなり、徹夜で仕事を終えた直後に窓の外が明るくなっているのに気づく、というバブル期の社会人像を映し出しました。バブル崩壊後の1991年にはコピーが「24時間、戦うあなたに」へと和らげられましたが、睡眠を惜しんで働くことを良しとする空気は、その後も長く社会に残り続けました。
その空気は数字にも表れています。経済協力開発機構(OECD)の調査では、日本人の平均睡眠時間は7時間22分前後で、調査対象国の中でもっとも短いという結果が出ています。世界平均は8時間28分前後とされ、1時間以上の差があります。米シンクタンクのRAND研究所が2016年に公表した試算では、睡眠時間が6時間未満の日本の労働者が7時間から9時間の適正な睡眠を取るようになれば、日本経済にとって年間1,380億ドル規模、日本円でおよそ15兆円から20兆円に相当する損失を防げるとされています。長時間労働や通勤時間の長さ、家事負担の偏りなどが背景として指摘されており、生活時間の配分という社会的な問題です。遺伝で決まる本物のショートスリーパーがごく少数である一方、日本社会全体では体質によらない睡眠不足が構造的に広がっている、という対比が成り立ちます。
睡眠を削ることを武勇伝のように語る空気は日本に限った話でもありません。米シリコンバレーでも、かつては経営者や起業家が一晩4時間睡眠を自慢する雰囲気が広く浸透していました。近年は専門のコーチをつけて睡眠の質を高めようとする経営者が増える一方、週6日や週7日勤務を掲げるスタートアップも新たに出てきており、睡眠を削ることの評価は今も揺れ続けています。
遺伝子が決める体質を、訓練や根性で変えることはできない

短眠の対極にあるロングスリーパーにも触れておきます。10時間前後の睡眠を必要とする体質で、日本人の3%から9%程度が該当するという推定があります。アインシュタインが1日10時間眠っていたという逸話も広く知られていますが、これを裏付ける一次資料は乏しく、都市伝説の域を出ていないという指摘もあります。短眠側の逸話と同じように、長眠側の逸話にも誇張や後付けの脚色が混じっている可能性は十分にあります。
短眠であれ長眠であれ、どれだけの睡眠を必要とするかはDEC2やADRB1のような遺伝子によってある程度決まっており、意志や努力で動かせる範囲はごくわずかです。偉人の逸話が語るのは短く眠ることの立派さ。遺伝学が語るのは、もっと地味な事実です。必要な睡眠時間は体質次第であり、それを削って平気なふりをすることと、本当に短く眠って平気な体を持っていることは、まったく別の状態だということになります。偉人の武勇伝に憧れて自分の睡眠を削る前に、まず確かめておきたいのは自分の遺伝子の方だということです。
参考
- Scientists Discover How Gene Mutation Reduces the Need for Sleep
- Archive: After 10-Year Search, Scientists Find Second 'Short Sleep' Gene
- 40代の半数、睡眠時間は6時間未満 : OECD調査でも世界最短水準
- 天才のようにまどろめ エジソンに学ぶ半覚醒状態のひらめき
- 画一化される睡眠―眠りと照明の歴史
- 自称「ショートスリーパー」は、ただの「寝不足に気づいていない人」という悲しい事実【世界的睡眠学者が監修】
- ショートスリーパーの真似は危険|厚労省の目安は成人6時間以上
- ナポレオンの睡眠時間は本当に3時間?偉人の睡眠伝説と現代人が学ぶべき教訓
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