運動からビジネスまで「センスの定義」を一覧にしてみたら見えてきた共通点
「あの人はセンスがいいよね」という一言を、私たちは驚くほど気軽に使います。服装、料理の盛りつけ、お笑いのツッコミ、資料のデザイン、お金の使い方。分野はバラバラなのに、なぜか同じ「センス」という言葉でまとめて片付けてしまいます。
けれども実際に辞書を引いたり、それぞれの分野の専門家がどう説明しているかを調べていくと、「センス」という言葉が指しているものは分野ごとに微妙に、しかもかなり大きく違っていることが分かってきます。運動からビジネスまで、センスの定義を一覧にして並べてみると、バラバラに見えた話に共通する構造が浮かび上がってきます。
辞書が定義する「センス」は実は二つある

国語辞典を確認すると、「センス」には大きく分けて二つの意味が載っています。ひとつは、物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働きとしての感覚そのもの、そしてもうひとつは、判断力や思慮、良識といった意味です。前者は「文学的なセンスがある」のような使い方に近く、後者は「社会人としてのセンスを問われる」のような使い方に近いものです。
つまり「センス」という言葉は、最初から二つの顔を持っています。ひとつは感じ取る力としての感覚的な側面、もうひとつは適切に判断し、場に合った振る舞いを選び取る力としての側面です。日常会話では両者がほとんど区別されないまま使われているため、「センスがいい」と言われたとき、それが感受性の鋭さを指しているのか、判断の的確さを指しているのか、実はあいまいなまま流通していることになります。
この二重性を意識しておくと、後で見ていくビジネスや運動、ファッションといった各分野の「センス」の説明が、実はこの二つの意味のどちらに重心を置いているかで整理できることが見えてきます。
語源をたどると見えてくる「感じる」という原点

カタカナ語としての「センス」は、英語の sense に由来します。この sense という単語自体の語源をさかのぼると、ラテン語の sentire という動詞にたどり着きます。sentire の意味は「感じる」であり、さらにその起源とされる印欧祖語の sent も同じく「感じる」という意味を持っていたとされています。
つまり英語の sense は、もともと視覚や聴覚といった身体的な感覚を指す言葉として出発し、そこから「物事を感じ取る能力」全般、さらには「判断力」や「分別」といった抽象的な意味にまで拡張されていった単語だということになります。日本語のカタカナ語「センス」が感覚的な意味と判断力的な意味の両方を持っているのは、偶然ではなく、この語源の広がり方をそのまま引き継いだ結果だと考えると腑に落ちます。
英語の熟語で in a sense が「ある意味では」、make sense が「意味をなす、筋が通る」という意味になるのも、根っこにある「感じ取ったものが筋道立って整理される」というニュアンスから理解すると自然につながります。日本語の「センス」も、根本には常に「感じる」という原点があり、そこから枝分かれして各分野固有の意味が生まれていったというわけです。
ビジネスの世界で語られる「センス」の定義

経営学の分野では、「センス」は「スキル」との対比でしばしば語られます。経営学者の楠木建氏は、人間の能力をスキルとセンスに分けて考え、この二つを混同することからさまざまな問題が生じると指摘しています。
スキルは測定が可能で、他人にも分かりやすく示せるものです。語学力をテストの点数で示せるのはその典型といえます。一方でセンスは示しにくく、本人が自分にセンスが欠けていることに気づきにくいという特徴を持っています。センスには定型的な方法論や教科書がなく、経営のセンスは意図して育てられるものではないものの、実際に経営という経験を積み重ねる中で結果的に育っていく可能性があるものだとされています。
ここで語られている「センス」は、先ほどの辞書的な二分類でいえば、判断力や思慮に近い側の意味です。ビジネスにおけるセンスとは、マニュアル化できない状況判断の積み重ねによって形づくられる、いわば経験知の別名だと考えることができます。要素に分解して測定しようとした瞬間に、それはもうセンスではなくスキルの話になってしまうという逆説も、この分野ならではの興味深い指摘です。
運動センスと運動神経は脳科学的には別物

スポーツの世界で使われる「運動神経がいい」という表現は、実は医学的に見るとやや不正確な言い方です。医学的な意味での運動神経とは、脳と筋肉をつなぐ末梢神経のことであり、これ自体には基本的に大きな個人差はありません。誰もが同じように持っている神経系だということです。
私たちが日常的に「運動神経がいい」と呼んでいるものの正体は、むしろ運動センスと呼ぶべきものに近いとされています。これは、見本となる動きを見たときに、それを素早く読み取り、実際の身体の動きに反映させるまでのギャップが小さいことを指す能力です。脳の神経回路を、目的地までの最短ルートを選ぶ地下鉄の路線網にたとえる説明もあり、運動センスが高い人とは、身体を動かすための最短ルートをすばやく選び出せる人だと表現されています。
重要なのは、この運動センスが練習によって誰でも伸ばせるものだとされている点です。「運動神経が良い」という言い回しが指しているのは、生まれつき固定された能力ではなく、頭の中でイメージした通りに身体を動かせるかどうかという、経験によって鍛えられる力だということになります。ここでも、センスは先天的な特別な資質というより、経験の蓄積によって磨かれていくものだという見方が繰り返し出てきます。
ファッションセンスは知識と経験で磨ける技術

ファッションの分野で語られる「センス」の定義もまた、才能ではなく技術に近いものとして説明される傾向があります。ファッションセンスとは、服や色、シルエット、小物などをバランスよく組み合わせて、自分らしさや魅力を表現する力のことだとされ、生まれつきの才能ではなく、正しい知識と経験を積み重ねることで誰でも磨いていけるスキルだと位置づけられています。
具体的な磨き方として挙げられるのは、好きなスタイルのイメージを明確にすること、ロールモデルとなる人物のコーディネートをまねてみること、実際に店頭で試着を重ねること、色やバランスの基本ルールを意識することなどです。いずれも、感覚的なひらめきというよりは、繰り返しのインプットとアウトプットによって精度を上げていく学習のプロセスとして描かれています。
このことは、ファッションセンスにおける「センス」が、辞書的な二分類のうち感覚的な側面と判断的な側面の両方をバランスよく含んでいることを示しています。色や形を感じ取る感受性と、それを場に合わせて選び取る判断力の両方が求められるからこそ、ファッションのセンスは一朝一夕には身につかない代わりに、地道な積み重ねによって着実に伸ばしていける領域だといえます。
料理のセンスは頭の中で味を組み立てる力として語られる

料理の世界で語られる「センスがある人」は、単に舌が鋭い人や手先が器用な人、段取りが良い人を指す言葉ではないとされています。むしろ、手元にある食材から何を作るかを決め、レシピに書かれていないひと工夫を加え、その日の気分に合わせて盛り付けを調整できる、いわば創造性に近い能力として説明されています。
その中心にあるのが、レシピ本に頼らなくても頭の中で味を思い描き、オリジナルの献立を組み立てられるという特徴です。人が食事をおいしいと感じるのは、味覚だけでなく嗅覚との組み合わせによる風味や、視覚や聴覚、触覚といった五感からの情報が総合されて生まれるものだとされ、料理のセンスとはこの複数の感覚情報を統合して味を予測する力だと捉えることができます。
磨き方として挙げられているのは、下ごしらえの段階、調理の途中、仕上げの段階という三つのタイミングで味見を重ねること、そして甘味、酸味、塩味、苦味、うま味という基本の五味を意識しながら料理全体の味の地図をつくることです。こうして調味の構造を理解し、料理のジャンルごとの型を頭の中に蓄積していくことで、レシピに頼らずとも最適な一皿を組み立てられるようになるとされています。ここでもやはり、感覚的なひらめきに見えるものの正体は、経験によって積み上げられた情報の蓄積だという構図が繰り返されています。
デザインセンスは情報を整理する力として説明される

グラフィックデザインやウェブデザインの分野では、「センスは必要ない、大切なのは情報を整理する力だ」という、やや踏み込んだ主張がされることがあります。この考え方によれば、デザインセンスとは先天的なひらめきや感性によって生み出されるアートとは異なり、知識と経験によって後天的に身につけられるものであり、論理的に考えられる人ほどデザイナーに向いているとされています。
情報整理ができるデザイナーとは、単に見た目を整える人のことではありません。何を一番伝えるべきか、どこまでの情報を伝える必要があるかを考え、載せる情報と載せない情報を取捨選択できる人のことを指します。デザインという営みにおいて最優先されるのは、色や配置の美しさそのものではなく、問題の整理と情報の設計であるとされ、見る人が迷わずに理解できる順番をつくることこそがデザインの本質だと説明されています。
この分野の「センス」の定義は、辞書的な二分類でいえば判断力の側にかなり寄っています。美しく感じ取る感覚以上に、情報の優先順位を的確に判断し、伝わる順序に並べ替える論理的な作業として語られている点が特徴的です。
お笑いのセンスは観察力の蓄積として説明される

お笑いの世界で使われる「センス」は、一見もっとも言語化しにくい分野に思えます。実際、「センス系」と呼ばれる芸人を言葉で説明しようとすると難しいという声も多く聞かれます。それでも、お笑いにおけるセンスを分析した意見では、生まれ持った感覚や性格が影響する部分がある一方で、観察力や経験、会話の積み重ねによって磨かれる部分も非常に大きいとされています。
たとえば、自分なりの「必殺パターン」を持つことの重要性が語られることがあります。特定のツッコミの型や言葉選びのパターンを確立できると、周囲から「あの人はいつもセンスがいいことを言う」と認識されるようになるという指摘です。これは、その場その場でまったく新しい発想を生み出しているというよりも、蓄積した観察や経験の中から、状況に最も合ったパターンを瞬時に選び取っている状態に近いと考えられます。
お笑いのセンスもまた、ビジネスセンスや運動センスと同じように、無から突然生まれる才能というより、経験の蓄積から状況に応じた最適な選択を引き出す能力として説明されている点は共通しています。
金銭感覚という名のセンスは育った環境に左右される

「センス」という言葉こそ使われないものの、「金銭感覚」という表現も構造としては同じ仲間に入ります。金銭感覚とは、金額を大きいと感じるか小さいと感じるか、収入に対してどの程度の支出を適切と感じるか、お金を何のために使うかといった、お金に対する感じ方や考え方全般を指す言葉です。
この金銭感覚は個人差が大きく、家計の状況や家庭環境、職業、受けてきた金融教育、周囲との人間関係など、さまざまな要因によって形づくられるとされています。特に子どもの頃から青年期にかけては保護者の影響が大きく、大人になってからは本人の人生経験によって独自の金銭感覚が形成されていくものの、幼少期に培われた土台の影響は根強く残ると指摘されています。
金銭感覚という言葉は「センス」という語をあえて使っていませんが、内実は「お金に関する判断力」という、辞書的な意味でいうところの後者の側面そのものです。育った環境という後天的な要因によって大きく左右されるという説明のされ方も、他の分野の「センス」と驚くほど似た構造をしています。
分野を超えて見えてくる「センスの定義」の共通構造

ここまで、ビジネス、運動、ファッション、料理、デザイン、お笑い、お金という七つの分野で語られる「センス」の定義を一覧にして眺めてきました。分野ごとに扱う対象はまったく違うのに、それぞれの説明にはいくつかの共通した特徴が浮かび上がってきます。
改めて並べてみると、それぞれの分野が「センス」という同じ言葉に込めている重心の違いも見えてきます。運動センスや料理のセンスは、感覚的な情報を素早く読み取って再現する力に重心があり、ビジネスセンスやデザインセンスは、蓄積した経験や情報を論理的に整理して判断する力に重心があります。ファッションセンスやお笑いのセンスは、その両方の要素をバランスよく含んだ中間的な位置にあるといえそうです。同じひとつの単語でありながら、分野によって「感じる力」と「判断する力」のどちらに軸足を置いているかが変わってくること自体が、センスという言葉の面白さだといえます。
第一に、どの分野でも「センスは生まれつきの固定された才能ではない」という説明が繰り返し登場します。運動センスは練習で伸ばせるとされ、ファッションセンスは知識と経験で磨けるとされ、お笑いのセンスも観察の蓄積で育つとされ、金銭感覚も環境によって形づくられるとされています。センスという言葉の持つ「感覚的で説明しにくいもの」という印象とは裏腹に、その正体は経験の積み重ねによって形成される後天的な能力だと繰り返し語られているのです。
第二に、どの分野の説明にも「状況に応じて最適なものを瞬時に選び取る」という構造が共通しています。運動センスは動きの最短ルートを選ぶ力として、お笑いのセンスは場に合ったパターンを選ぶ力として、ビジネスセンスは経験知の引き出しから適切な判断を選ぶ力として説明されています。膨大なインプットの蓄積があって初めて、その中から最適な一手を瞬時に選び出せるようになる、というプロセスがどの分野にも共通して見え隠れします。
もともとの語源である「感じる」という原点に立ち返るなら、センスとは何か特別な超能力のことではなく、蓄積した経験を通して物事を感じ取る解像度を上げていく力そのものなのかもしれません。分野ごとの定義を一覧にして比べてみることで、バラバラに見えていた「センス」という言葉の輪郭が、少しだけはっきりと見えてくるのではないでしょうか。
参考
- センスとは? 意味や使い方 - コトバンク
- 英単語「sense」の語源や由来|日本にいながら英語・英会話力爆上げ
- 経営センスは育てられない、でも、育つ 『経営センスの論理』を書いた楠木建氏に聞く | 東洋経済オンライン
- 「スキル」と「センス」は何が違う? 企業戦略の専門家が語る、優れた経営者の共通点 | ログミーBusiness
- 体を知ることからスポーツは始まる ~運動神経って何だろう?~ | Science Portal
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