世界の有名美術作品にまつわる、教科書には載らない逸話

美術の教科書やニュースで目にする有名な絵画には、作品そのものの美しさとは別に、盗難や贋作、修復、価格記録といった「事件」が付きまとっている。むしろそうした出来事をきっかけに世界的な知名度を獲得した作品も少なくない。今回は、誰もが知る名画の裏側に隠された意外な逸話を紹介する。

モナ・リザを世界一有名にした「盗難事件」の真相

モナ・リザを世界一有名にした「盗難事件」の真相

レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は現在、ルーブル美術館で最も人だかりのできる作品だが、20世紀初頭までは数ある名画のひとつに過ぎず、特別な注目を集めていたわけではない。大きな転機となったのは、1911年8月21日に発生した盗難事件だ。

犯人はイタリア人の塗装職人ヴィンチェンツォ・ペルージャ。彼は事件の1年前に「モナ・リザ」を保護するガラスケースの設置作業に関わっており、絵の展示場所も外し方も熟知していた。月曜日の休館日を狙って美術館の裏口から侵入し、額縁から絵だけを布に包んで持ち去ったという。動機には「イタリア人の作品は自国にあるべきだ」という強い思いがあったとされる。

事件当時はまだ知名度の低かった「モナ・リザ」だが、大々的な報道によって一躍世間の関心を集め、やがて「伝説の絵画」として語られるようになった。盗まれたことこそが、「モナ・リザ」を世界一有名な絵画へと押し上げる最大の要因となった。

「モナ・リザ」が受けた受難は盗難にとどまらない。1956年には酸をかけられる事件と石を投げつけられる事件が相次いで発生した。こうした被害を経て、現在の「モナ・リザ」は防弾ガラスで厳重に保護され、ルーブル美術館は世界屈指の警備体制を敷くことになった。

さらに、「モナ・リザ」にはルーブル版とは別の絵が存在するという説もある。1913年に再発見され、2012年に一般公開された「アイルワースのモナ・リザ」がそれで、描かれた女性はルーブル版より10歳ほど若く見え、背景に円柱が描かれるなど構図も異なる。レオナルドが同じモデルを二度描いたという説は16世紀から存在するが、真作かどうかについては専門家の間でも評価が分かれている。

同じ美術館から二度も盗まれたムンクの「叫び」

同じ美術館から二度も盗まれたムンクの「叫び」

エドヴァルド・ムンクの代表作「叫び」も、盗難の歴史という点ではモナ・リザに劣らない。この作品は1994年と2004年の二度にわたって盗難被害に遭っている。

1994年の事件では、実行犯の一人が元プロサッカー選手だったことで話題を呼んだ。この事件はおとり捜査によって犯人が逮捕され、絵は無事に取り戻された。

さらに2004年8月には、ムンク美術館からもう一つの代表作「マドンナ」とともに、武装した覆面姿の二人組によって白昼堂々と盗み出された。この時は発見までに2年を要し、絵は損傷を受けた状態で戻ってきたと伝えられている。世界的な名画が同じ美術館から手口を変えて二度も盗まれるというのは極めて異例で、美術館の警備体制そのものを見直させるきっかけとなった。

そもそも「叫び」という作品は一点物ではない。ムンクは1893年から1910年にかけて、油彩・テンペラ画2点、パステル画2点、リトグラフ1点と、技法を変えながら複数のバージョンを制作している。最も広く知られているのは1893年制作の一点で、現在はオスロ国立美術館が所蔵する。盗難のニュースで話題になるのはたいていムンク美術館所蔵のバージョンだが、「叫び」と呼ばれる作品自体が複数存在する事実をご存知だろうか。

フェルメール「真珠の耳飾りの少女」モデルの正体に迫る謎

フェルメール「真珠の耳飾りの少女」モデルの正体に迫る謎

ヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」は1665年ごろの制作と推定される代表作だが、描かれている少女が誰なのかは現在も判明していない。

この作品は特定の人物を描いた肖像画ではなく、「トローニー」と呼ばれるジャンルに分類される。トローニーとは実在の人物の似姿というより、理想化された顔や表情、衣装そのものを主題として描く様式で、17世紀のオランダで好んで制作された。そのため、そもそも「モデルが誰か」を特定しようとすること自体が作品の本質からずれている可能性がある。

一方で、フェルメールの娘がモデルではないかという説も根強く語られてきた。ただしフェルメールは妻と11人の子どもを養う身であり、本物の真珠を購入できるほどの財力があったとは考えにくいとする指摘もある。実際、作品に描かれた耳飾りは真珠にしては大きすぎるとする美術史家もおり、これが本物の真珠なのか、ガラス玉などの模造品なのかという議論も続いている。正体不明であることそのものが、この絵の魅力を高め続けている側面もある。

幾度も傷つけられAIで復元されたレンブラント「夜警」

幾度も傷つけられAIで復元されたレンブラント「夜警」

レンブラント・ファン・レインの「夜警」は、オランダ・アムステルダム国立美術館が誇る最大の目玉作品だが、その歴史は受難の連続でもある。1975年には来館者にナイフで12回にわたって切りつけられる被害に遭い、絵の右下に描かれた子犬の付近には今も修復の跡が白く残っている。1990年にも化学スプレーを吹きかけられる被害を受けた。

近年では、美術館が約300万ユーロ(当時のレートで数億円規模)を投じ、1年以上をかけた大規模修復プロジェクト「オペレーション・ナイト・ウォッチ」を実施した。修復作業自体を来館者やインターネット中継を通じて一般公開するという試みも話題となった。さらに、過去に額縁に合わせて周囲を切り詰められていた部分を、AI技術によってデジタル上で復元し、300年ぶりに本来の構図に近い姿を披露するという取り組みも行われている。傷つけられるたびに、より深く研究され、守られてきた作品である。

ピカソ「ゲルニカ」があえてモノトーンで描かれた理由

ピカソ「ゲルニカ」があえてモノトーンで描かれた理由

パブロ・ピカソの「ゲルニカ」は、1937年にスペイン共和国政府からパリ万国博覧会のスペイン館を飾る壁画として制作を依頼されたことをきっかけに生まれた作品だ。制作の最中、同年4月26日にスペイン北部バスク地方の町ゲルニカがドイツ空軍による無差別爆撃を受けるという事件が起きた。ピカソはこの爆撃のニュースに衝撃を受け、当初予定していた主題を変更し、ゲルニカ爆撃そのものを壁画の題材に選んだ。

完成した「ゲルニカ」は、特定の場所や出来事を写実的に説明する絵ではない。牛や馬、叫ぶ人物といった象徴的なモチーフを組み合わせることで、爆撃がもたらした苦しみや混乱、そして戦争そのものへの怒りを表現している。もう一つの大きな特徴が色彩で、この作品には鮮やかな色がほとんど使われておらず、白・黒・灰色を基調に描かれている。戦争の悲惨さを伝えるうえで、あえて色を排した構成が選ばれたと考えられている。

完璧を追い求めた技法が招いた「最後の晩餐」の劣化

完璧を追い求めた技法が招いた「最後の晩餐」の劣化

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は、現存する名画の中でも損傷が特に激しい作品として知られている。その原因は、描かれた技法そのものにあった。

壁画といえば、漆喰が乾く前に顔料を定着させるフレスコ技法が一般的だが、フレスコでは一度塗った色をあとから塗り重ねることができない。レオナルドが追求していたのは、輪郭線を使わず色を何層も薄く重ねることで人物を煙のように浮かび上がらせる「スフマート」という技法であり、これを実現するには何度も塗り重ねる工程が欠かせなかった。そこでレオナルドは、乾いた壁の上に油彩とテンペラを混ぜて描くという、当時としては実験的な手法を選んだ。

ところが、この壁画が描かれたミラノの修道院の食堂は湿気の多い場所にあり、壁の裏側から水分が浸透する環境だった。レオナルドが下地に用いたピッチや樹脂を含む特殊な層が壁を密閉してしまい、内部にたまった湿気が顔料を浮き上がらせる結果となった。理想の表現を追求した末の技法選択が、皮肉にも作品の劣化を早めてしまったのである。

有名絵画が標的となった近年の環境活動家による抗議事件

有名絵画が標的となった近年の環境活動家による抗議事件

2022年10月、ヨーロッパでは気候変動対策を訴える環境活動家が、有名な絵画を標的にした抗議行動を相次いで起こした。イギリス・ロンドンのナショナル・ギャラリーでは、環境保護団体「ジャスト・ストップ・オイル」に属する活動家2人が、フィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」にトマトスープをかけ、自分たちの手を接着剤で壁に貼り付ける行動に出た。

同時期には、モネの「積みわら」にマッシュポテトが投げつけられたり、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」に活動家が頭をこすりつけたうえでスープをかけたりする事件も起きている。活動家たちは「芸術と命、どちらが大切か」と問いかけ、化石燃料の使用停止といった要求を政府に聞き入れさせることを目的にしていたと説明した。

いずれの事件でも、絵画には防弾ガラスなどの保護が施されていたため作品本体への損傷はなく、「ひまわり」についても額縁にわずかな傷がついた程度で済んでいる。それでも、世界的な名画が抗議のための「舞台」として選ばれるという事態は、美術館の警備のあり方や、名画が持つ社会的な発信力の大きさをあらためて考えさせる出来事となった。

450億円超の最高額記録とバブル期に日本企業が落札した「ひまわり」

450億円超の最高額記録とバブル期に日本企業が落札した「ひまわり」

美術品オークションの世界では、絵画一枚が数百億円という規模の値段で取引されることがある。現時点でオークションでの落札価格が最も高い作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチの作とされる「サルバトール・ムンディ」で、クリスティーズのオークションで約4億5030万ドルという価格がついた。

高額落札の記録は近年も更新が続いている。2021年1月にはサンドロ・ボッティチェッリの「ラウンデルを持った青年」がサザビーズのオークションで手数料込み9200万ドルで落札された。2020年にはフランシス・ベーコンの三連画「アイスキュロスのオレステイアに触発されたトリプティク」が手数料込み8455万ドルで取引されている。

作品作者落札価格(手数料込み)
サルバトール・ムンディレオナルド・ダ・ヴィンチ(作とされる)約4億5030万ドル
ラウンデルを持った青年サンドロ・ボッティチェッリ9200万ドル
アイスキュロスのオレステイアに触発されたトリプティクフランシス・ベーコン8455万ドル

こうした高額取引の歴史をさかのぼると、日本との縁も見えてくる。1987年3月、フィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」がオークションに出品され、日本の安田火災海上(当時)が当時のレートで2475万ポンドという価格で落札した。この取引は美術品市場における高額取引の新たな時代の幕開けとして語り継がれている。

巧妙な贋作でナチス幹部を騙した画家メーヘレンの逆転劇

巧妙な贋作でナチス幹部を騙した画家メーヘレンの逆転劇

フェルメール作品をめぐっては、贋作事件という異色のエピソードも存在する。第二次世界大戦後の1945年、オランダの画家ハン・ファン・メーヘレンが「自分は長年フェルメール作品を描き続けてきた」と告白し、世紀の贋作事件が明るみに出た。その数は判明しているだけで11作品にのぼる。

事件発覚のきっかけは、ナチス・ドイツの高官ヘルマン・ゲーリングが、フェルメール作とされる「キリストと悔恨の女(姦通の女)」を所蔵していたことだった。1945年5月、メーヘレンはナチス政権への協力の罪、すなわちオランダの国宝級の作品をゲーリングに売却したという国家反逆罪の容疑で逮捕される。しかし取り調べに対して6週間否認を続けた末、メーヘレンは「ゲーリングに売った絵はフェルメールの真作ではなく、自分が描いた贋作だ」と告白した。

この告白により、メーヘレンの罪状は「売国奴」から「詐欺師」へと大きく軽減されることになった。1947年10月、贋作制作の罪で禁固1年の判決が言い渡されたが、その年の年末に心臓発作を起こし、メーヘレンは息を引き取っている。国を裏切った売国奴として裁かれるところを、贋作師であることを証明して罪を軽くするという逆転劇は、美術史上でも異色の事件として知られている。

世界中で「グレートウェーブ」として愛される「神奈川沖浪裏」の秘密

世界中で「グレートウェーブ」として愛される「神奈川沖浪裏」の秘密

日本の美術作品の中で、海外での知名度という点で群を抜いているのが葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」だ。海外では「グレートウェーブ」の名で親しまれ、作者の名前を知らない人でも一度は目にしたことがあるというほど浸透している。

アメリカの雑誌『LIFE』が1998年に選んだ「この1000年で最も偉大な業績を残した世界の100人」には、日本人としてただ一人、葛飾北斎が選ばれた。西洋の芸術家への影響も大きく、フランスの画家アンリ・リヴィエールは「冨嶽三十六景」に感銘を受けて「エッフェル塔三十六景」という連作を制作し、作曲家のドビュッシーは「神奈川沖浪裏」からインスピレーションを得て交響詩「海」を作曲したことでも知られている。

商業的な価値も高く、2023年にクリスティーズがニューヨークで開催したオークションでは、「神奈川沖浪裏」の一枚が276万ドルで落札された。日本国内では新紙幣の図案にも採用されるなど、200年近く前に生まれた一枚の浮世絵が、今なお世界中で新しい形の評価を受け続けている。

なお、「神奈川沖浪裏」が含まれる連作のタイトルは「冨嶽三十六景」だが、実際に刊行された作品数は36枚ではなく46枚にのぼる。人気が高かったために当初の予定から10枚増えたためで、天保2年(1831年)から4年(1833年)ごろにかけて、北斎が72歳から74歳の時期に刊行されたシリーズだとされている。タイトルと実際の枚数が食い違っているという、意外と知られていない豆知識だ。

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
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偏愛のミカタ PinTo Times