【出典あり】思わず笑える!おもしろい短歌・和歌の傑作選(現代短歌から古典まで)

五・七・五・七・七の三十一文字で感情や風景を切り取る「短歌」。花鳥風月を愛でる高尚な文学と思われがちですが、実は古来より、人間の滑稽さや日常の「あるある」を詠んだユーモアあふれる作品が数多く存在します。

短くテンポの良いリズムと、限られた文字数で鮮やかにオチをつける構成力は現代のSNSとも相性が良く、クスッと笑える短歌がいま再び注目を集めています。

この記事では、現代の人気歌人による傑作から、一般読者の秀逸な投稿作品、さらには教科書でおなじみの文豪や古典の歌人たちによる人間味あふれる名作まで、出典の確かな実在の短歌を厳選しました。生身の人間が紡ぎ出したからこその「リアルなおもしろさ」と、昔の歌人たちの意外な素顔。時代を超えて共通する人間の愛らしさを、ぜひリラックスして味わってみてください。

現代歌人の名作!日常をユーモアで切り取ったおもしろい短歌

現代短歌の魅力は、私たちが普段使っている口語体を駆使し、何気ない日常に潜むドラマや微かな違和感を浮かび上がらせる点にあります。思わずニヤリとしてしまう名作を紹介します。

木下龍也の作品から

現代短歌ブームの立役者の一人、木下龍也。映画のワンシーンのような劇的な場面設定と、鋭く刺さる言葉のセンスが特徴です。

どうしたのその顔バラの花束で私が許すとでも思った?
作者:木下龍也
出典:歌集『つむじ風、ここにあります』/「空き時間歌会」提出歌

何か大きな失敗や裏切りをした人物が、免罪符として「バラの花束」を抱えて必死に許しを乞いに来た場面が目に浮かびます。しかし待っていたのは和解ではなく、「どうしたのその顔」という冷ややかな見下しと、花束程度で許されると信じていた相手を鼻であしらう態度。短い枠組みの中にリアルな怒りと皮肉が収まった、痛快で容赦のない一首です。

人間へ 食べものよりもきみが好きな日もたまにはあるよ。 犬より
作者:木下龍也
出典:歌集『あなたのための短歌集』(ナナロク社)

「幸せな犬」というお題に対し、犬からの手紙という形式で詠まれた作品です。犬といえば飼い主への無償の愛が美化されがちですが、ここでは「食べものよりもきみが好きな日もたまにはあるよ」と語ります。つまり「基本は飼い主より食べ物が好き」という身も蓋もない犬の本音が透けており、動物を過剰に擬人化しないシビアな現実が笑いを誘います。

穂村弘の作品から

日常の違和感や、誰もが隠し持っている「不甲斐ない自分」をユーモラスに描く名手です。

約束はしたけどたぶん守れない ジャングルジムに降るはるのゆき
作者:穂村弘
出典:歌集『ラインマーカーズ』(河出書房新社)

前半に込められているのは、「約束を守れない自分」に対する半ば諦めのような本音。春の淡い雪が、誰も遊んでいない冷たいジャングルジムに触れて凍てつく寒々しい光景と重なります。「約束したけど、たぶん無理だな」という、気乗りのしない約束への弱さを包み隠さず提示する潔さが、読者に不思議な共感をもたらします。

俵万智の作品から

『サラダ記念日』の著者である俵万智。何気ない話し言葉を短歌のリズムに乗せる技術と、微細な感情の揺れ、そして少しの「毒」のバランスが絶妙です。

焼肉とグラタンが好きという少女よ、私はあなたのお父さんが好き
作者:俵万智
出典:歌集『チョコレート革命』(河出書房新社)

前半の無邪気でかわいらしい少女の姿から一転、後半で「あなたのお父さんが好き」という生々しい恋愛感情が突きつけられます。泥沼の人間関係を暗示させつつも悲壮感はなく、どこかカラッと乾いたユーモアを交えて言い放つ胆力がこの歌の魅力です。人間の多面性やエゴイズムを軽やかに描き出しています。

岡野大嗣の作品から

若者の閉塞感や感情の起伏を柔らかな感性で切り取る作品には、現代特有の滑稽さがあります。

もう嫌だ死にたい そしてハンバーグ食べたい できればチーズの乗った
作者:岡野大嗣
出典:歌集『サイレンと犀』(書肆侃侃房)

SNSでよく見る「感情のバグ」を見事に定型に落とし込んだ名作です。「もう嫌だ死にたい」という極端な絶望の直後に、「ハンバーグ食べたい」という俗っぽく生命力にあふれた食欲が接続されます。さらに「できればチーズの乗った」とカロリーの高いトッピングまで要求する図々しさが、人間の生存本能のたくましさを浮き彫りにしています。

くすっと笑える!短歌コンテスト・投稿コーナーの秀逸な作品

短歌の面白さはプロだけのものではありません。一般の読者や学生の投稿作品にも、日常の「あるある」を鋭く突いた傑作が数多く存在します。

ダ・ヴィンチ「短歌ください」などの秀逸な掲載作

穂村弘が選者を務める大人気の読者投稿コーナーからの選出です。

『免許証見せて』と言われおとなしくレンタルビデオの会員証出す
作者:読者投稿(一般の方)
出典:『短歌ください』(KADOKAWA)

警察官の職務質問や役所の窓口など、緊張する場面で無意識にやってしまう失敗談です。公的な証明書を出すべきところで、最も個人的な娯楽の記録であるレンタルビデオ店の会員証をおとなしく提出してしまう状況のズレが、絶妙な笑いを生み出しています。

公募やSNSで話題になったユーモア短歌

SNS上で爆発的にシェアされ、話題となった作品です。

『月まで』と書いた画用紙ぶらさげて国道に立つ副操縦士
作者:木下龍也
出典:SNS等で話題となった作品(初期の短歌会提出作品)

ヒッチハイクの目的地が「月まで」というスケールの狂いもさることながら、それを掲げているのがパイロットの制服を着た「副操縦士」である点が秀逸です。自らの乗り物を持たず、国道沿いで宇宙へのヒッチハイクを試みるというシュールな映像が脳内に一瞬で再生され、思わずツッコミを入れたくなります。

学生による瑞々しくも面白い作品

学生ならではのストレートな感情表現や自意識が、爽やかなユーモアを生み出します。

ゴロを捕りファーストへ届けアウトとり君への想いも届くといいな
作者:向浦愛(橋本市立紀見北中学校2年)
出典:自由律短歌・学生コンテスト秀逸作品

内野ゴロをさばいてアウトを取るスポーツの真剣勝負と、「君への想いも届けたい」というロマンチックな願いが強引にリンクしています。その眩しすぎる感情の飛躍に、大人は思わず頬を緩ませてしまいます。

夏休み君に会えなくさびしくて祭りの中で君を探した
作者:廣田あいら(藤女子中学校2年)
出典:自由律短歌・学生コンテスト秀逸作品

LINEで連絡を取るなど効率的なアプローチができず、偶然を装って祭りの人混みを歩き回る不器用さ。その純粋さがノスタルジーを喚起し、甘酸っぱい共感を呼びます。

文豪も人間だった!歴史的歌人の「人間くさい」おもしろい短歌

教科書に載る偉大な文学者たちも、生活費に苦しみ、美味しいものを食べたがり、お酒で失敗する「普通の人間」でした。神格化されたイメージを覆すリアルな本音を紹介します。

石川啄木の作品(お金や生活のリアルすぎる愚痴)

「薄幸の天才詩人」というイメージの強い啄木ですが、実は借金を重ね、友人に嫉妬する、人間臭くて少し「厄介な」人物でした。

はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る
作者:石川啄木
出典:歌集『一握の砂』

労働者の悲哀を詠んだ名作とされていますが、啄木の度を越した浪費癖(芸者遊びなど)や借金生活という背景を知ると見方が変わります。自分の浪費を棚に上げ、「なぜこんなに苦しいのだろう」と悲劇の主人公を演じる自己憐憫のポーズが含まれていると解釈すると、急に滑稽で憎めない歌に見えてきます。

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ
作者:石川啄木
出典:歌集『一握の砂』

同世代の友人たちが出世していく中での、強烈な劣等感と嫉妬心。外の世界で打ちのめされたプライドを癒やすため、無条件に自分を認めてくれる妻に優しく接し、自尊心を保とうとする気の小ささが表れています。調子の良さが現代のビジネスパーソンにも刺さる「あるある」です。

正岡子規の作品(病床でも食欲旺盛なユーモア)

晩年を激痛の中で過ごした子規ですが、残された短歌からは、衰えることのない凄まじい「食欲」と強靭なユーモアが伝わってきます。

仏にはならざるものを腹へりてかきくはまほし梅雨の夜なかを
作者:正岡子規
出典:『竹の里歌』

死が迫る極限状況にあって、「自分はまだ死んでいないから腹が減る。季節外れでも柿が食べたい」という生命維持のためのストレートな欲求を詠んでいます。悲劇的な状況と、夜中に柿が食べたいという俗な欲求の圧倒的な落差が、清々しいユーモアを感じさせます。

若山牧水の作品(お酒を愛しすぎた短歌)

旅と自然、そして何より「お酒」を愛した牧水。彼の歌には、酒への常軌を逸した愛情が込められています。

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり
作者:若山牧水
出典:歌集『路上』

秋の夜の冷や酒が白玉のような歯に染み渡る感覚を美しく詠み上げていますが、要するに「秋の夜に一人で飲む酒が美味しくてたまらない」という事実を、大仰なポエトリーで正当化しているとも言えます。酒への愛を美化するための才能の無駄遣いが最高です。

人の世にたのしみ多し然れども酒なしにして何のたのしみ
作者:若山牧水
出典:歌集『白梅集』

「世の中には色々な楽しみがあるが、お酒がない人生なんて何が楽しいのか」という、筋金入りの酒飲みによる究極の開き直りです。高尚な文学の装いをしながら、言っている内容は居酒屋でくだを巻くサラリーマンと同じという事実が、文豪との距離を縮めてくれます。

昔の人もふざけてた?古典に残るおもしろい和歌

短歌の歴史をさらに遡り、『万葉集』や『古今和歌集』を開いても、そこには現代人と同じように悩み、言い訳をし、皮肉を言い合う人々の姿があります。

万葉集から(ストレートな感情やおおらかな生活感)

験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし
作者:大伴旅人
出典:『万葉集』巻三・三三八

「いくら悩んでも解決しない無駄なことを考えるくらいなら、濁り酒をグイッと飲むのが一番」という意味です。作者の大伴旅人は上流貴族でありながら、「悩むより酒を飲もう」という現代の疲れた大人たちと全く同じメンタリティを持っていました。

君が行く海辺の宿に霧立たば吾が立ち嘆く息と知りませ
作者:伊勢娘子
出典:『万葉集』巻十五・三五八〇

「あなたが泊まる海辺の宿に深い霧が立ち込めたなら、それは遠い空の下で私が吐いたため息だと思ってください」という送別の歌。一見美しいですが、冷静に考えると「海辺一帯を白く覆い尽くすほどの大量のため息を吐く女性」というスケールの大きすぎる誇張表現です。相手を想う感情が強すぎるあまりホラーの領域に達している「重さ」が、微笑ましく伝わります。

古今和歌集・拾遺和歌集などから(機知に富んだ言い訳や皮肉の返歌)

大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立
作者:小式部内侍
出典:『金葉和歌集』

百人一首でも有名なこの歌の背景には、陰湿なからかいと痛快なリベンジ劇があります。和歌の達人である母(和泉式部)を持つ作者に対し、意地悪な先輩貴族が「お母さんに代筆を頼む手紙の返事は来た?」と嫌味を言いました。それに対し、即座に「踏み(足を踏み入れる)」と「文(手紙)」、「生野」と「行く野」という掛詞を組み込み、「母のいる丹後に行ったこともないし、母からの手紙も見ていない(代筆など不要だ)」と見事に論破したのです。

夜をこめて鳥のそらねははかるともよに逢坂の関はゆるさじ
作者:清少納言
出典:『後拾遺和歌集』

夜更けまで語り合っていた相手の男性(藤原行成)が、「鶏の鳴き声がしたから(朝が来たから)」と適当な言い訳をして早々に帰ってしまいました。翌朝の白々しい手紙に対し、清少納言は中国の故事を即座に引用し、「夜中に鶏の鳴き真似をして騙そうとしても、この私(逢坂の関)の心の関所は絶対に開きませんよ(そんな三流の言い訳に騙されると思ったの?)」とピシャリと撥ね退けました。千年もの前の、ハイレベルな心理戦とユーモアです。

おわりに

時代が移り変わり、生活様式や言葉遣いがどれほど変化しようとも、人間の本質は驚くほど変わっていません。恋愛における見栄や重すぎる感情、労働への不満、深夜の抑えきれない食欲、あるいは適当な言い訳と鋭いツッコミ。短歌という三十一文字の器は、そうした人間の愛すべき滑稽さや弱さを真空パックのように保存し、時を超えて私たちを笑顔にしてくれるタイムカプセルです。

文学や古典と聞くと身構えてしまいがちですが、「人間くささ」や「ユーモア」という視点を持つだけで、作品は驚くほど面白く感じられます。ぜひ皆さんも、日常にクスッと笑える三十一文字の彩りを取り入れてみてください。

参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times