「しきたり」の意味とは?マナー・習慣との違いや、知っておくべき日本の代表的な例

「結婚式の日取りは大安が良い」「お葬式の後には塩で身を清める」

私たちは普段の生活の中で、さまざまな「しきたり」に触れています。けれど、ふと「なぜそうするの?」「マナーとは何が違うの?」と聞かれると、言葉に詰まってしまうこと、ありますよね。

この記事では、「しきたり」という言葉が持つ本来の意味や語源、そしてマナーや習慣との違いについて、現代でも知っておきたい代表的な事例を交えて解説します。

その意味を知れば、少し堅苦しく感じていた日本の伝統が、実は心温まる文化として見えてくるかもしれません。

「しきたり」とは?言葉の意味と語源

まずは、「しきたり」という言葉そのものが持つ意味を、辞書の定義と、少し面白い語源から見ていきましょう。

「仕来り(しきたり)」の辞書的な意味

「しきたり」は、漢字で書くと「仕来り」あるいは「為来り」となります。

辞書的な意味は、「昔からの慣わし」や「先例」。ただ古いだけでなく、「過去から現在に至るまで、ずっと行われ続けてきた」という継続性に重きが置かれている言葉です。ある集団や社会の中で、暗黙の了解として守られている儀礼や行事などがこれに当たります。

言葉の語源は「動詞+完了の助動詞」

この言葉の成り立ちには、日本人の時間感覚がよく表れています。「しきたり」は、次の3つの要素が組み合わさってできました。

  1. 為(し):動詞「為(す)」の連用形。「行う」「実行する」という意味。
  2. 来(き):動詞「来(く)」の連用形。「過去から現在へやってくる」という継続の意味。
  3. たり:完了・存続の助動詞。「~してしまった」「~している」という意味。

これらがつながって「為(し)・来(き)・たり」、つまり「ずっとそうして来た」という言葉になったのです。

誰かが会議で決めたルールではなく、「先人たちが積み重ねてきた実績そのもの」が、今の私たちを導く規範になっている。それが「しきたり」なんですね。

「しきたり」と「マナー」「習慣」「風習」の違い

「しきたり」と似た言葉に「マナー」「習慣」「風習」があります。普段は混同しがちですが、実は明確な違いがあります。

違いがわかる比較表

それぞれの言葉の定義、強制力の強さ、具体例を整理してみました。

言葉定義・特徴強制力の所在具体例
しきたり歴史的継続性を伴う、家や共同体の儀礼的な決まり事。家・共同体
(守らないと非常識とされる)
冠婚葬祭の手順、お正月やお盆の行事、結納の席次
マナー他者を不快にさせないための配慮や礼儀。対人関係
(相手への敬意)
食事の食べ方、公共の場での振る舞い、訪問時の靴の揃え方
習慣個人や集団が後天的に身につけた、反復的な行動様式。個人・生活
(心地よさや効率)
早起き、入浴の順序、日々のルーティン
風習特定の地域や社会に根付く独特の習わし。地域・風土
(地域のアイデンティティ)
地域固有の祭り、食文化、方言的な慣習

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マナーとの違いは「相手への配慮」か「決まり事」か

一番ごっちゃになりやすいのが「マナー」との違いでしょう。

マナーの出発点は「相手」です。「目の前の人を不快にさせない」「円滑にコミュニケーションをとる」ための配慮がマナー。

一方、しきたりの出発点は「決まり事」です。「昔からそうしてきたから」「神様や仏様に対する礼儀だから」という、コミュニティ内の縦のつながりや歴史を重視するものです。

習慣・風習・慣わしとの使い分け

その他の言葉も見てみましょう。「習慣」は「毎朝コーヒーを飲む」のように個人的な癖やルーティンも含みます。「風習」は「あの地域には変わった風習がある」のように、地域性が強く出ます。「慣わし」は「しきたり」とほぼ同じ意味ですが、より広く「社会的な習い」を指すときに使われる言葉です。

【シーン別】日本の代表的なしきたり一覧

では、私たちの生活に身近な「しきたり」にはどんなものがあるでしょうか。シーン別に具体例をご紹介します。

冠婚葬祭のしきたり

人生の大きな節目である冠婚葬祭。ここには多くのしきたりが息づいています。

  • 結婚式の日取り(六曜):「大安」や「仏滅」といった六曜は、もともとは占いに由来するもので仏教や神道とは直接関係がありません。それでも、「二人の門出に水を差したくない」という心情から、今でも日取り決めで重視されていますね。
  • 結納・顔合わせの席次:和室の場合、床の間に近い「上座」に両家の父親(家長)が座るのが伝統的です(父→母→本人の順)。これは、結婚が個人だけでなく「家同士の結びつき」も大切にしてきた証拠と言えるでしょう。
  • 葬儀の清めの塩:葬儀の後、玄関先で塩を撒くのは、神道の「死を穢れ(気枯れ=生命力が枯れた状態)とする」考えに基づき、その穢れを祓うためです。ただ、死を穢れと捉えない仏教(特に浄土真宗など)では行わない場合もあり、宗派によって考え方が異なります。

年中行事のしきたり

季節ごとの行事は、神様やご先祖様との関わりが深いものです。

  • お正月の門松:門松は、歳神(としがみ)様が迷わず家に来てくれるための「目印」です。12月29日(二重苦)や31日(一夜飾り)を避けて飾るのがしきたりとされています。
  • お年玉:もともとは、歳神様の魂が宿った「鏡餅」を、家長が家族に分け与えた「御歳魂(おとしだま)」が語源。単なるお小遣いではなく、一年の生命力を分け与える神事だったのです。
  • お盆の精霊馬(しょうりょううま):キュウリを馬に、ナスを牛に見立てて飾ります。「来る時は馬に乗って少しでも早く。帰る時は牛に乗ってゆっくりと」。ご先祖様への温かい思いやりを感じますね。
  • 節分の豆まき:季節の変わり目には邪気(鬼)が生じやすいと考え、「鬼門(北東)」の方角に向けて豆を撒きます。豆は「魔を滅する(まめ)」に通じ、必ず炒った豆(魔の目を射る)を使います。

日常生活・贈答のしきたり

日々の暮らしの中にも、相手を敬う美しいしきたりがあります。

  • お中元・お歳暮の時期:感謝を伝える贈り物ですが、贈る時期には地域差があります。関東では7月初旬から、関西などの「月遅れ盆」の地域では7月中旬から8月中旬など。相手の住む地域のしきたりに合わせるのが親切ですね。
  • 訪問時の靴の脱ぎ方:玄関で靴を脱ぐ際、家の人にお尻を向けないよう「正面を向いたまま」上がります。そして、振り返って靴のつま先を「外(玄関ドア)」に向けて揃えます。これは「いつでもおいとまできます」という謙虚な姿勢の表れなんです。

なぜ「しきたり」は存在するのか?

少し面倒に感じることもあるしきたりですが、なぜこれほど長く受け継がれてきたのでしょうか。

先人の知恵と「共同体の維持」という役割

しきたりには、単なるルール以上の意味があります。

一つは「共同体の維持」です。同じ行事や作法を共有することで、「私たちは同じ仲間だ」という連帯感が生まれ、人間関係を円滑にする役割を果たしてきました。

もう一つは「見えないものへの畏敬」です。神様、仏様、ご先祖様、そして自然。人間の力ではどうにもならない大きな存在に対し、感謝や祈りを捧げることで、心の平穏を保つための「拠り所」でもあったのです。

現代で「面倒」と感じた時の上手な向き合い方

今の生活様式で、すべてのしきたりを完璧に守るのは難しいかもしれません。

そんな時は、「形式」にとらわれすぎず、「心(なぜそうするのか)」を汲み取ることが大切です。

例えば、立派な門松が飾れなくても、小さな松のあしらいで「新年を祝う気持ち」を持つこと。形式的な贈答をやめても、手紙やメールで「感謝の言葉」をしっかり伝えること。

「相手や先祖を大切に思う心」さえあれば、形は現代風にアレンジしても、それは立派なしきたりの継承と言えるのではないでしょうか。

しきたりを知ることは、日本文化の心を理解すること

「しきたり」は、過去から現在へと「為し来たり(ずっと続いてきた)」、日本人の生活の知恵と心の結晶です。

  • しきたり:家や共同体で受け継がれてきた決まり事。
  • マナー:相手への配慮。
  • 習慣:個人のルーティン。

これらを理解し、場面に応じて使い分けることができれば、もう迷うことはありません。

意味を知った上で、無理のない範囲で生活に取り入れてみる。そうすることで、何気ない日常や季節の行事が、より味わい深いものになるはずです。

参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times