最近のアイドル、みんな同じ顔に見える? その理由は「ベビーシェマ」と脳の仕組みにあった

「最近のアイドル、みんな同じ顔に見えませんか?」

SNSやファンコミュニティで、こんな声を目にすることが増えました。

大きな瞳、小さな顎、ふっくらとした頬──現代のアイドルやインフルエンサーの顔立ちには、確かにある種の共通性があります。これは単なる「流行」なのでしょうか。それとも、もっと深い理由があるのでしょうか。

実は、この現象の背景には、人間の脳に刻まれた古い本能と、現代のテクノロジーが生み出した新しい美の基準が複雑に絡み合っています。そのカギを握るのが「ベビーシェマ(Baby Schema)」と呼ばれる概念です。


ベビーシェマとは何か──赤ちゃんの顔が持つ「魔法の力」

「ベビーシェマ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、オーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツが1943年に提唱した概念で、赤ちゃん特有の身体的特徴のことを指します。

具体的には、以下のような特徴です。

  • 大きな頭部と目
  • 丸みを帯びた頬
  • 小さく低い鼻
  • 短い顎と額の広さ

これらの特徴は、人間だけでなく、犬や猫、パンダなど、多くの哺乳類の赤ちゃんに共通して見られます。そして驚くべきことに、私たち人間は、これらの特徴を持つ顔を見ると、無意識のうちに「かわいい」「守ってあげたい」という感情を抱くようにプログラムされているのです。

2009年、ドイツの神経科学者メラニー・グローレとヘンニング・ファイファーが、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使った研究で、ベビーシェマが脳に与える影響を明らかにしました。被験者に赤ちゃんの顔写真を見せたところ、脳の「側坐核(そくざかく)」という部位が強く活性化したのです。

側坐核は、報酬系の中核を担う領域で、美味しいものを食べたり、恋人と会ったりしたときに活性化する「快楽の中枢」です。つまり、赤ちゃんの顔を見ることは、脳にとって直接的な「ご褒美」なのです。

なぜ人間はベビーシェマに反応するのか──生存戦略としての「かわいい」

では、なぜ人間の脳は、ベビーシェマに対してこれほど強く反応するのでしょうか。その答えは、進化生物学にあります。

人間の赤ちゃんは、他の動物と比べて極めて無力です。生まれてから歩けるようになるまで約1年、自立するまでには10年以上かかります。この長い依存期間を生き延びるためには、親や周囲の大人から継続的な保護とケアを受ける必要があります。

そこで進化が選んだ戦略が、「かわいさ」という武器でした。赤ちゃんの顔立ちが本能的に「かわいい」と感じられるように脳を設計することで、大人たちが自発的に世話をしたくなる仕組みを作り上げたのです。

興味深いことに、この反応は性別や年齢を問わず普遍的です。男性も女性も、若者も高齢者も、ベビーシェマを持つ顔に対しては同じように「かわいい」と感じ、保護欲求を抱きます。これは、人類が集団で子育てをする社会性動物として進化してきた証でもあります。


「超正常刺激」としてのアイドルの顔──本能を超える人工的な美

ここで登場するのが、「超正常刺激(Supernormal Stimulus)」という概念です。これは、ローレンツの弟子であったニコ・ティンバーゲンが提唱したもので、自然界に存在する刺激を人工的に誇張したものを指します。

例えば、鳥は自分の卵よりも大きく、色鮮やかな偽物の卵に強く惹かれることが実験で示されています。これは、本能が反応する特徴を極端に強調することで、自然な刺激以上の反応を引き出せることを意味します。

現代のアイドルやインフルエンサーの顔立ちは、まさにこの「超正常刺激」の典型例です。メイクや整形、画像加工技術を駆使して、ベビーシェマの特徴を極限まで強調しているのです。

  • 涙袋メイク:目を大きく見せ、潤んだ印象を与える
  • カラーコンタクト:瞳を拡大し、光を反射させて輝きを増す
  • 人中短縮:鼻と上唇の距離を短くし、幼さを強調
  • 小顔加工:顔全体のバランスを赤ちゃん比率に近づける
  • 肌のトーン補正:陶器のような滑らかさと透明感を演出

これらの技術は、自然なベビーシェマを「超正常」レベルまで押し上げ、私たちの脳を強く刺激します。その結果、「かわいい」という感情が増幅され、魅力的に感じられるのです。


K-POPと「美のアルゴリズム化」──データが生み出す標準顔

「アイドルがみんな同じ顔に見える」という現象が特に顕著なのが、K-POP業界です。韓国のエンターテインメント産業は、「美のアルゴリズム化」とも呼べる高度なシステムを構築しています。

韓国の大手芸能事務所は、膨大な市場データを分析し、「最も多くの人に好まれる顔」の特徴を数値化しています。そして、練習生の段階から、その理想値に近づけるためのトレーニングやメイク指導、場合によっては美容整形を推奨します。

ソウル大学の研究チームが2018年に発表した論文によれば、韓国の芸能人の顔には統計的に有意な共通性が見られ、その特徴は「平均顔」に近いことが示されました。

「平均顔」とは何かを説明しましょう。これは、複数の顔写真を合成して作られる「平均的な顔」のことで、興味深いことに、多くの研究で「平均顔は魅力的に感じられる」ことが確認されています。

その理由は、平均顔に以下の特徴があるからです。

  • 左右対称性が高い:遺伝的な健康さのシグナル
  • 極端な特徴がない:安心感と親しみやすさを与える
  • ベビーシェマ要素を含む:多くの顔の平均は、自然と幼い印象になる

K-POP業界は、このデータを活用し、「最も多くの人に好まれる顔」を意図的に生産しているのです。その結果、個々のメンバーの顔立ちが似通って見えるという現象が生まれます。


「他人種効果」と認知の省エネ──なぜ私たちは顔を区別できないのか

「アイドルがみんな同じ顔に見える」という感覚には、もう一つ重要な要素があります。それが、「他人種効果(Cross-Race Effect)」と呼ばれる認知メカニズムです。

私たちの脳は、日常的に接する顔の特徴を細かく識別する能力を発達させますが、あまり接触のない集団の顔については、区別する能力が低下します。これは「自分と異なる人種の顔は見分けにくい」という現象として知られていますが、実は人種だけでなく、「自分が日常的に接していない集団」全般に当てはまるのです。

つまり、アイドルファンではない人にとって、アイドルたちの顔は「日常的に接しない特殊な集団」であり、その微細な違いを区別する能力が十分に発達していないのです。

さらに、私たちの脳は「認知の省エネ」を行います。似たような特徴を持つ複数の顔に出会ったとき、脳は効率化のために「カテゴリー化」を行い、「だいたい同じような顔」としてまとめて処理してしまうのです。


AIと加工技術が作る「理想の顔」──リアルとバーチャルの境界

2020年代に入り、AI技術と画像加工アプリの進化は、この状況をさらに加速させています。

BeautyPlusやSnowなどの加工アプリは、AIを活用して顔の特徴を自動的に「理想形」に調整します。そして興味深いことに、これらのアプリが目指す「理想の顔」は、各国の美の基準を反映しながらも、ベビーシェマの特徴を強調する方向で収束しているのです。

中国のバーチャルインフルエンサー「LING」や、日本の「imma」など、完全にCGで作られたアイドルやモデルも登場しています。彼女たちの顔は、まさに「超正常刺激」の極致であり、人間の顔の物理的制約を超えた「究極の理想形」を体現しています。

この現象は、現実のアイドルやインフルエンサーにも影響を与えています。実在の人物でさえ、投稿する写真のほとんどが加工されており、もはや「素顔」と「加工後の顔」のどちらが「本当の顔」なのか曖昧になっているのです。


多様性と標準化のジレンマ──美の民主化が生んだ逆説

興味深い逆説があります。SNSとテクノロジーは、本来「誰もが自分らしい美を発信できる」民主化をもたらすはずでした。しかし実際には、「誰もが同じ理想を目指す」標準化を加速させているのです。

Instagramのフィルター、TikTokの美顔機能、韓国の整形技術──これらはすべて、誰でもアクセスできる「美のツール」です。しかし、そのツールが目指す方向性は驚くほど似通っています。

  1. アルゴリズムの影響:SNSの推薦システムは、すでに「好まれている」コンテンツを優先表示するため、特定の美の基準が増幅される
  2. グローバル化:世界中の美の基準が融合し、「万国共通の理想顔」が形成されつつある
  3. ベビーシェマの普遍性:どの文化圏でも、ベビーシェマは本能的に好まれるため、共通の到達点になりやすい

結果として、多様性を目指したはずの技術が、実は「標準化された美」を生み出しているのです。


変わりゆく「美」の基準──歴史が教える多様性の可能性

ここで少し歴史を振り返ってみましょう。美の基準は、時代や文化によって大きく変化してきました。

  • ルネサンス期のヨーロッパ:豊満な体型と丸みを帯びた顔が理想とされた
  • 江戸時代の日本:細い目と切れ長の瞼、白い肌が美人の条件だった
  • 1920年代のアメリカ:ボーイッシュで直線的なシルエットが流行
  • 1990年代:スーパーモデルブームで、長身で骨格のはっきりした顔立ちが人気に

これらの例が示すように、「美しい顔」の定義は決して固定的ではありません。現在の「ベビーシェマ重視」のトレンドも、いずれは変化する可能性があります。

実際、最近では「個性的な美」を称賛する動きも見られます。Rihannaの化粧品ブランド「Fenty Beauty」は、多様な肌の色に対応した製品ラインで成功を収めました。TikTokでは、#uniquebeautyや#selfloveといったハッシュタグが人気を集めています。


「同じ顔」現象の先にあるもの──私たちが見ている「美」とは

「最近のアイドル、みんな同じ顔に見える」──この感覚は、決して間違いではありません。それは、生物学的本能、産業的戦略、テクノロジーの進化、そして認知メカニズムが複雑に絡み合った結果なのです。

しかし同時に、この現象は私たちに重要な問いを投げかけます。

「私たちは本当に『美しい』ものを見ているのか、それとも『美しいと感じるようプログラムされた刺激』に反応しているだけなのか」

脳科学者のウルリケ・ルトガースは、こう指摘します。「ベビーシェマへの反応は、確かに本能的なものです。しかし、その反応を利用し、増幅させることは、倫理的な問題を含んでいます」

現代の美の基準が、単なる「好み」ではなく、科学とテクノロジーによって設計されたものだとしたら、私たちはどう向き合うべきでしょうか。


おわりに──「同じ顔」の向こうに見えるもの

アイドルの顔が似て見える理由を辿っていくと、そこには人間の脳の仕組み、進化の歴史、産業の戦略、そしてテクノロジーの力が見えてきます。これは単なる「流行」ではなく、私たちの本能と社会システムが交差する、とても興味深い現象なのです。

次に「みんな同じ顔に見える」と感じたとき、それは批判ではなく、むしろ発見の入口かもしれません。その「同じ」に見える顔の奥に、どんな戦略と科学が隠されているのか。そして、その先に私たち自身の「美」に対する感覚がどう形作られているのか。

そんなことを、少しだけ考えてみるのも面白いかもしれませんね。

参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times