マーダーミステリーとは?流行の理由と魅力を徹底解説【初心者必見】

この記事でわかること

  • なぜ「一生に一度」しか遊べないのか?:ネタバレ厳禁のルールがもたらす、極上の没入感と緊張感の秘密。
  • 世界的なブームの背景:欧米のゲームから中国での社会現象、そして日本独自の「エモい」進化への歴史的変遷。
  • コミュニケーションツールとしての価値:「感想戦」による他者理解や、非日常体験を通じた現代人の心の変化。

現代社会は、かつてないほど多くの物語で溢れています。映画、ドラマ、小説、漫画、そしてソーシャルメディア上で日々流れてくる他人の人生の断片。私たちは常に誰かの物語を「観客」として消費しています。しかし、情報の奔流の中で、私たちは物語を消費しているようでいて、実は物語から疎外されているようにも感じられないでしょうか。安全地帯からの一方的な観測ではなく、自らの手で運命を切り開く「当事者」になりたいという渇望が、今の私たちにはあるのかもしれません。

その渇望に応えるようにして、2010年代後半、一つの遊びが静かな、しかし確実な熱狂を巻き起こし始めました。「マーダーミステリー(Murder Mystery)」です。

マーダーミステリーとは、殺人事件などのミステリーを題材とした会話型推理ゲームの総称です。参加者はそれぞれが物語の登場人物となり、犯人役とそれ以外の役に分かれ、議論を通じて事件の真相解明(あるいは犯人としての逃げ切り)を目指します。一見すると、単なる「犯人当てゲーム」や「ごっこ遊び」のように映るかもしれません。しかし、その実態ははるかに複雑で、現代的な「つながり」への欲求を内包しています。

このゲームの最大の特徴は、「一生に一度しか遊べない」という点にあります。一度プレイしてしまえば、物語の真相を知ってしまうため、同じシナリオは二度と遊ぶことができません。その「一期一会」の儚さが、デジタルデータとして無限に複製可能な現代のコンテンツの中で、この体験をより強烈で、かけがえのないものにしています。私たちが映画を見る時、スクリーンの中の登場人物が死んでも、それは「彼らの死」です。しかし、マーダーミステリーにおいて、自分が演じるキャラクターが窮地に陥った時、プレイヤーは確かに自分の心拍数が上がるのを感じます。それは「擬似的な死」と「再生」の体験であり、ある種の通過儀礼としての機能さえ果たしているのです。

本記事では、このマーダーミステリーという現象について、歴史的背景や心理的なメカニズム、そしてなぜ今、私たちがこれほどまでにこの遊びに惹きつけられるのかを多角的に解き明かしていきます。


欧米のサロンから中国の熱狂へ

マーダーミステリーの起源を辿る旅は、複雑に絡み合った糸を解きほぐすような作業です。それは単一の源流から生まれたものではなく、異なる文化と遊びの形式が融合し、変異を繰り返しながら形成されたものです。

欧米における「マーダーミステリー」の系譜

「マーダーミステリー」という言葉自体は、英語圏において長い歴史を持ちます。その原点は19世紀から20世紀初頭にかけての欧米における「パーラーゲーム」に見出すことができます。アガサ・クリスティやアーサー・コナン・ドイルといった作家たちが活躍した時代、人々は小説の中の推理を、自らのサロンで再現しようと試みました。

ボードゲームからLARPへの進化

1940年代にはボードゲーム「Cluedo(クルード)」が登場し、「誰が」「どの凶器で」「どの部屋で」殺害を行ったかを推理するスタイルが定着しました。その後、1980年代に入ると、ホストが自宅に友人を招き、シナリオに沿って犯人を探す「マーダーミステリー・ディナーパーティー」が商品化されます。さらに、プレイヤーが実際に衣装を身につけ、物理的な空間で行動する「LARP(Live Action Role-Playing)」の要素が加わり、より演劇に近い体験へと進化していきました。

中国における「劇本殺(Jubensha)」の爆発的進化

欧米で生まれたこの遊びが、現代的な意味での「マーダーミステリー」として完成され、社会現象となるほどの爆発を見せたのは、2010年代の中国でした。中国語では「劇本殺(ジュベンシャ)」と呼ばれ、直訳すれば「脚本殺人」となります。

歴史的転換点〜『明星大偵探』の影響〜

中国でのブームの火付け役となったのは、2016年に放送が開始されたバラエティ番組『明星大偵探(Who's the Murderer)』です。人気芸能人たちが架空の殺人事件の容疑者として推理合戦を繰り広げるこの番組は、証拠品やセットの作り込みが徹底しており、視聴者はスターたちの「素」のリアクションに釘付けになりました。この番組の影響で、「自分もあのような体験をしてみたい」という需要が爆発し、劇本殺の専門店が急増しました。

巨大産業への成長と多様化

市場規模は数千億円にも達し、都市部の若者のライフスタイルそのものを変える現象となりました。中国の研究チーム(S. Liangら)の分析によれば、劇本殺は既存のゲームの派生ではなく、独自の大規模なジャンルとして確立されています。論理的推理を重視する「本格」ものから、人間ドラマや悲恋を描いて泣かせることを目的とした「情感本」まで、多様なジャンルが展開されています。

日本への上陸と独自の「情緒的」展開

中国での熱狂は、やがて日本へも波及しました。日本における受容は、中国とはまた異なる独自の色彩を帯びています。

グループSNEと『Mystery Party in the Box』

日本での普及において重要な役割を果たしたのが、TRPGやボードゲームの老舗メーカーであるグループSNEです。安田均氏を中心としたチームは、『Mystery Party in the Box』シリーズを展開し、専門店に行かなくても自宅で遊べる高品質なパッケージを市場に供給しました。これにより、地方在住者やライト層への裾野が大きく広がりました。

日本独自の「エモ」と物語性

日本のマーダーミステリーの特徴として、物語の情緒的な側面、いわゆる「エモさ」への傾倒が挙げられます。中国の作品が論理的なパズルを重視する傾向がある一方で、日本の作品はキャラクターの心情や関係性に重きを置く傾向があります。

参加者は単に犯人を当てるだけでなく、キャラクターの「心」を理解し、その物語を体験することに喜びを見出します。これは、漫画やアニメといった日本の物語文化の土壌が影響していると考えられます。最近では「推し活」と結びついた作品も登場しており、Vtuberなどを題材にしたマーダーミステリーも制作されています。


「協調的意味形成」のメカニズム

なぜマーダーミステリーはこれほどまでに面白いのでしょうか。その答えは、ゲームの構造そのものにあります。

情報の非対称性と「分散した認知」

通常の物語では、観客は神の視点で全体を見ることができます。しかし、マーダーミステリーでは、情報はバラバラの破片となり、各プレイヤーに配られる「ハンドアウト(脚本)」の中に分散して隠されています。

例えば、「探偵役」は現場の状況を知っていますが、被害者の私生活は知りません。一方、「容疑者A」は被害者とのトラブルを知っていますが、殺害現場は見ていません。誰も「全体像」を持っていない状態でゲームはスタートします。プレイヤーたちは会話を通じて互いの情報を持ち寄り、ジグソーパズルを埋めるように全体像を構築していかなければなりません。これを「分散認知」や「協調的意味形成(Collaborative Sensemaking)」と呼びます。

「信頼」と「疑惑」のジレンマ

しかし、ここでゲームを面白く、かつ困難にしているのが、各プレイヤーの「秘密」と「目的」です。

犯人は当然、犯行を隠さなければなりません。犯人以外のキャラクターも、不倫や横領といった「他人に知られたくない秘密」を抱えていることが多くあります。

「この情報を出せば事件解決に役立つが、自分の秘密がバレてしまう」

プレイヤーは常に「協力」と「対立」の狭間で揺れ動くことになります。このジレンマこそが、ゲームに緊張感とドラマを生み出すエンジンなのです。

脚本中心主義とプレイヤーの自由

劇本殺は「脚本」を中心とした遊びですが、プレイヤーは「脚本の奴隷」ではありません。脚本はあくまで「過去の記憶」と「現在の状況」であり、そこからどのような議論を展開し、どのような結末(エンディング)を迎えるかは、プレイヤーたちに委ねられています。同じシナリオでも、遊ぶメンバーが変われば、全く異なるドラマが生まれるのです。


「通過儀礼」としての体験

「死」と「再生」のシミュレーション

一度きりしか遊べないという制約は、この遊びをある種の「通過儀礼」に変えています。

プレイヤーは日常を離れ、架空のキャラクターとして過酷な運命(殺人の容疑、愛する人の死など)に直面します。この擬似的な体験を通じて感情を揺さぶられ、ゲームが終わった時には、日常に戻りつつも、以前とは少し違った視点で世界を見ることができるようになります。

「感想戦」という名の癒やし

ゲーム本編と同じくらい重要なのが、終了後に行われる「感想戦」です。

これは、全員で「あの時何を考えていたのか」「実はこんな秘密があった」と答え合わせをする時間です。バラバラだったパズルのピースが一気にハマる瞬間の知的快感(アハ体験)は強烈です。

また、感想戦は「孤独」を「共有」へと変えるプロセスでもあります。ゲーム中は互いに疑い合っていたプレイヤー同士が、全てをさらけ出して称え合うことで、スポーツの試合後のような清々しい絆が生まれます。「ネタバレ厳禁」という秘密を共有した者同士だけの連帯感は、人間関係を急速に深める効果があります。


1兆円市場への野望

マーダーミステリーは、単なるサブカルチャーから巨大なビジネス市場へと成長しつつあります。

市場の拡大とビジネスモデル

中国での市場規模は数千億円と言われていますが、日本でも「市場規模1兆円」を目指すプロジェクトが登場するなど、期待が高まっています。世界のマーダーミステリーゲーム市場は、2020年から2032年にかけて、子供から大人まで幅広い年齢層で成長が予測されています。

ビジネスモデルも、店舗で遊ぶ「公演型」、自宅で遊ぶ「パッケージ型」、そしてアプリなどで遊ぶ「オンライン型」と多様化しており、ショッピングモールでのイベントや企業研修などにも活用されています。

テクノロジーの進化とグローバル展開

VR(仮想現実)やAR(拡張現実)の技術を取り入れた没入型の体験も登場しています。例えば、「イマーシブ・フォート東京」のようなテーマパークでは、物語の世界に全身で飛び込むような体験が提供されています。

また、言語や文化の壁を越えたグローバル展開も進んでいます。シンガポールの企業が英語圏向けのオリジナル作品を制作するなど、世界中で新しいファンを獲得しようとする動きが活発化しています。


おわりに

私たちはなぜ、物語を必要とするのでしょうか。

古来、人間は物語を語り合うことで、不可解な世界を理解し、コミュニティの絆を強めてきました。マーダーミステリーは、この原初的な営みを現代的なフォーマットで蘇らせたものと言えます。

SNSやフェイクニュースで情報が錯綜する現代社会において、私たちは常に不完全な情報の中で判断を迫られています。そんな時代だからこそ、議論の果てに必ず「真相」にたどり着けるこのゲームに、私たちは癒やしと希望を見出すのかもしれません。

演じることは、「自分以外の誰かの靴を履く」ことです。自分とは違う立場、違う価値観になって考える経験は、他者への共感力を養います。「あの人はなぜ、あんなことをしたのか?」という問いに対し、想像力を働かせるきっかけを与えてくれるのです。

もし、あなたがまだマーダーミステリーの世界に足を踏み入れていないのなら、ぜひ一度体験してみてください。完璧な演技も推理力も必要ありません。必要なのは、少しの好奇心だけです。

扉を開ければ、そこにはあなたを待っている「もう一つの人生」があります。そしてゲームが終わった時、そこには笑顔で語り合える仲間たちがいるはずです。

参考

PinTo Times

  • x

-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times