台湾カステラは、なぜ「ぷるぷる」? 日本のカステラとの違いを科学と歴史で完全解説

この記事でわかること

  • 「台湾カステラ」という名前は日本生まれ!:本場台湾では「古早味蛋糕」と呼ばれる素朴なお菓子だった驚きの事実
  • 「ぷるぷる」vs「しっとり」の科学的理由:小麦粉・卵の泡立て方・焼き方という3つの違いが生む、まったく別の食感メカニズム
  • 400年の壮大な旅路:ポルトガル→日本→台湾と海を渡り、それぞれの土地で「深化」「変化」「再創造」を遂げたカステラの文化史
  • なぜ私たちは「ぷるぷる」に夢中になったのか:インスタ映え、新食感への渇望、台湾ブランド――SNS時代のヒットの方程式
  • 韓国で起きた「大失敗」の教訓:2016年に大ブームを巻き起こしながら、一夜で市場崩壊した衝撃の事例

喫茶店で一切れの日本のカステラを口に運ぶ。琥珀色に輝く生地は「しっとり、もっちり」として、底のザラメ糖が「シャリッ」と心地よい音を立てます。一方、SNSで見かける台湾カステラは、巨大なケーキがお皿の上で「ぷるぷる」と揺れ、口に含めば「しゅわっ」と溶けていく――。

同じ「カステラ」という名前なのに、まるで別のお菓子。この不思議な現象の裏には、科学の実験室から400年の歴史、そして現代のSNS文化まで、驚くほど奥深い物語が隠されています。

実は、「台湾カステラ」という呼び名、台湾では使われていないってご存知でしたか?現地では「古早味蛋糕(グーザオウェイダンガオ)」、つまり「昔ながらの味のケーキ」と呼ばれている素朴なお菓子。それが日本にやってきて、なぜか「台湾カステラ」という名前で大ブレイクしたのです。

さあ、この小さな謎を解き明かす旅に出かけましょう。

ふたつのカステラを徹底比較してみた

まずは、両者の個性をくっきりと浮かび上がらせるため、食べ比べてみましょう。

日本のカステラ:「しっとり、もっちり」の深化系

日本のカステラは、卵、砂糖、水飴、小麦粉というシンプルな材料だけで作られます。伝統的な製法では油脂や乳製品を使いません。その豊かなコクは卵の風味から、しっとり感は水飴の保湿力から生まれています。そして何より、底に潜むザラメ糖が重要。あえて溶け残るよう調整された粗い砂糖の粒が、「シャリッ」という食感のアクセントと、深い甘みの余韻をもたらします。

一切れをじっくり味わう、洗練されたお菓子。それが日本のカステラです。

台湾カステラ:「ふわふわ、ぷるぷる」の革新系

対する台湾カステラは、日本のカステラとは正反対。圧倒的に軽く、口に含むと「しゅわっ」と溶けていきます。甘さは控えめで、卵の素朴な味わいが主役。

その秘密は、日本のカステラにはない牛乳と油脂(サラダ油や溶かしバター)がたっぷり使われていること。さらに、楽しみ方も多彩です。焼きたては「ふわふわ」、粗熱が取れると「ぷるぷる」、冷蔵庫で冷やすと「しゅわしゅわ」のスフレ食感に変化します。巨大な一枚岩で焼かれ、目の前でダイナミックに切り分けられる様子は、まさにライブ感満載のエンターテイメントです。

特徴日本のカステラ台湾カステラ
食感しっとり、もっちりふわふわ、ぷるぷる、しゅわしゅわ
主な材料強力粉、砂糖、水飴、卵薄力粉、砂糖、牛乳、油脂、卵
油脂・乳製品なし(伝統的)あり(必須)
甘さ強い、濃厚控えめ、素朴
象徴的特徴底のザラメ糖圧倒的な高さと揺れ

「ぷるぷる」の正体を科学する:三つの魔法

なぜこれほど対照的な食感が生まれるのでしょう?答えは、製法に隠された三つの科学的な秘密にあります。

秘密①:小麦粉の選択 ― グルテンの罠

日本のカステラはパンにも使われる強力粉を使用。強力粉はタンパク質(グルテン)が多く、水を加えると強靭な網目構造を作ります。この頑丈な骨格が、砂糖や水飴たっぷりの重い生地を支え、あの「もっちり」とした噛みごたえを生み出すのです。

台湾カステラが選ぶのは薄力粉。グルテンが少ないため、もろくて繊細な骨格しか作りません。さらに、熱した油を薄力粉に加えることで、グルテンを熱変性させ、その結びつきを弱める工夫も。これが、あの軽い口どけの正体です。

秘密②:卵の泡立て方 ― メレンゲの魔法

日本のカステラは「共立て法」。卵黄と卵白を分けずに全卵を一緒に泡立てます。これできめ細かく安定した気泡ができますが、爆発的には膨らみません。結果、密度の高い、目の詰まった生地に。

台湾カステラの命は「別立て法」。卵白だけを泡立てて大量の空気を含んだメレンゲを作り、後から生地に混ぜ込みます。焼成中、この空気が熱で膨張してカステラを大きく膨らませる――あの「ふわふわ」「しゅわしゅわ」は、メレンゲの魔法なんです。

ただし、固すぎるメレンゲは混ざりにくく、ひび割れの原因に。角の先が少し「お辞儀」するくらいの柔らかさが理想です。

秘密③:焼き方 ― 蒸気の力

日本のカステラは普通のオーブンで直接焼きます。表面でメイラード反応とカラメル化が進み、あの美しい濃い焼き色と香ばしさが生まれ、水分を適度に飛ばして風味が凝縮されます。

台湾カステラは「湯煎焼き」という特別な方法。型の周りにお湯を張ってオーブンに入れると、庫内が蒸気で満たされ、熱が間接的に穏やかに伝わります。急激な水分蒸発が抑えられ、硬い焼き皮ができず、生地全体がしっとり蒸し上がる。あの「ぷるぷる」とした瑞々しさは、湯煎焼きが閉じ込めた水分の賜物です。

この三つの選択は、実は深く連携し合っています。メレンゲの大量の空気を支えるには薄力粉が適し、その繊細な生地を優しく焼くには湯煎焼きが必要。台湾カステラの食感は、緻密に設計されたシステムの結果なのです。

400年の旅:カステラが海を渡った物語

このお菓子がたどってきた道は、まさに食のグローバリゼーション史そのものです。

ポルトガルから長崎へ(16世紀〜)

16世紀の大航海時代、ポルトガルの宣教師や商人が「パン・デ・ロー」というお菓子を長崎にもたらしました。これがカステラの原型。当時、砂糖は超高級品で、カステラは将軍や大名への献上品でした。

日本の職人たちは、この異国の菓子をただ真似るのではなく、独自の美意識で磨き上げます。保湿性を高める水飴、食感のアクセントになるザラメ糖――長い年月をかけて、ヨーロッパの素朴な焼き菓子は、日本特有の「和菓子」へと深化していったのです。

日本から台湾へ(1895〜1945年)

日本統治時代、洗練された日本のカステラが台湾に渡ります。しかし台湾では、現地の食文化や経済状況に合わせて、より日常的なお菓子へとローカライズされました。

「古早味蛋糕」という名で親しまれるようになったこのケーキは、高価なバターの代わりに植物油を使い、寺院へのお供え物にもなる素朴な存在でした。当時の台湾の人々にとっては「お母さんが買ってきても、ちょっとがっかりするパサパサしたケーキ」という声も。日本のカステラの高級感とは対極の、庶民のお菓子へと変化したのです。

淡水での再発明(2000年代〜)

そして物語は、21世紀の港町・淡水で劇的な転換を迎えます。観光ブームの中、素朴な「古早味蛋糕」を現代的に再発明する職人たちが現れました。2011年創業の「源味本舗」などが先駆けです。

彼らはメレンゲと湯煎焼きでふわふわ&しっとり食感を追求。さらに重要だったのが、巨大な天板で焼いたカステラをオーブンから取り出し、大きな定規で切り分ける様子を「パフォーマンス」として見せたこと。焼き立ての湯気と甘い香り、目の前で繰り広げられるダイナミックな光景は観光客を魅了し、SNSで世界中に拡散されました。

こうして、台湾のローカルなB級グルメは、世界的人気の「台湾カステラ」として再創造されたのです。

なぜ私たちは「ぷるぷる」に熱狂したのか

淡水で再発明された台湾カステラが世界的ブームになった理由は、味だけではありません。現代社会の欲望を的確に捉えた、いくつかの要因が重なったのです。

  • 「インスタ映え」する動き:巨大サイズ、淡い焼き色、そして何よりお皿の上で「ぷるぷる」と揺れる催眠的な動き。これはInstagramやTikTokのために生まれてきたようなビジュアルでした。静的な「モノ」ではなく、シェアしたくなる「コト(体験)」だったのです。
  • 新食感への渇望:「ふわしゅわ」と口の中で溶ける食感は、現代の消費者が強く求める感覚。スフレパンケーキや生食パンなど、近年のヒットスイーツに共通するのは「噛まなくても美味しい」柔らかさ。台湾カステラは、この現代的快感を完璧に提供しました。
  • 「台湾」ブランドの力:タピオカドリンクや台湾かき氷に続く、「台湾スイーツ」ブーム。食文化が豊かで親しみやすいという台湾のイメージが、新しいスイーツを受け入れる土壌を育んでいたのです。
  • 「ギルトフリー」という錯覚:軽い食感と控えめな甘さは、「濃厚ケーキよりヘルシーかも」という印象を与えます。美味しいものを食べたいけど健康でありたい――そんな現代人の葛藤を和らげる、罪悪感の少ないスイーツとして魅力的だったのです。

ちょっと怖い話:韓国での「崩壊」

実は台湾カステラ、日本でブームになる前の2016年頃、韓国で先に大流行していました。そして驚くべき速さで市場から消えたのです。

シンプルな製法ゆえに参入障壁が低く、市場は短期間で飽和。そこへ、一部店舗がコスト削減で植物油を多用していると告発するテレビ番組が放映され、消費者の信頼が失墜。追い打ちをかけるように鳥インフルエンザで卵価格が高騰し、多くの店が経営難に。

この事例は、メディア、市場、予期せぬ外部要因が絡み合い、巨大トレンドが一夜で崩壊しうることを示す貴重な教訓です。

ふたつの伝統が教えてくれること

「なぜ同じ名前なのにこんなに違うの?」という最初の問いは、どちらが優れているかという話ではありませんでした。

これは、400年以上かけて繰り広げられてきた、文化間の豊かな対話の物語だったのです。

ヨーロッパで生まれたひとつの菓子が、日本で「深化」の道を歩み、伝統と格式の美学を体現する芸術品になりました。それが台湾に渡り、人々の日常に溶け込む中で「変化」を遂げ、やがて現代の感性で遊び心あふれる革新的スイーツとして世界を魅了しました。

日本のカステラは、時間をかけて磨かれた「静」の美しさ。 台湾カステラは、時代を捉えて躍動する「動」の楽しさ。

両者はライバルではなく、同じ祖先から分かれ、それぞれの土地で独自に進化した、ふたつの輝かしい伝統なのです。

次にどちらかのカステラを手に取るとき、その一口には、海を渡り時代を超えて受け継がれてきた壮大な物語が溶け込んでいることを思い出してみてください。きっと、いつものおやつの時間が、世界を少し面白く、愛おしく感じさせてくれる「知的な体験」に変わるはずです。

参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times