【自販機の謎】なぜ冬は「おしるこ」と「コーンスープ」? 最強コンビの歴史と意外な理由

この記事でわかること

  • 1970年、養老SAでの「冷めたコーヒー」への不満が、世界初のホット自販機を生んだ驚きのエピソード
  • 1977年「ホット&コールド機」の登場が、おしることコーンスープの定番化を可能にした技術革新の舞台裏
  • 平安時代から続く小豆文化が、どのようにして「缶入りおしるこ」として現代に受け継がれたのか
  • 高度経済成長期の食の欧米化が、コーンスープを「飲む軽食」として定着させた社会背景
  • 最後の一粒まで飲める「粒ジャンプ缶」に見る、日本のものづくりへのこだわり
  • なぜ「和と洋」「甘味と塩味」「おやつと軽食」というこの組み合わせが最強なのか

冬の夜、かじかむ手でポケットの小銭を握りしめながら、街角の自販機に吸い寄せられる——。そんな経験、ありませんか?

青い「つめた~い」ボタンの隣で、赤く輝く「あたたか~い」のコーナー。コーヒーやお茶に混じって、ほぼ確実にそこにいるのが「おしるこ」と「コーンスープ」です。

よく考えると、少し不思議な組み合わせだと思いませんか?なぜこの「和」と「洋」の二人が、冬の自販機の指定席を勝ち取り続けているのでしょう。

実はこの小さな缶の中には、日本の技術革新のドラマ、食文化の変化、そして世界でも類を見ない社会のあり方が詰まっているんです。

一杯の冷めたコーヒーが、すべてを変えた

おしることコーンスープの物語は、実は「温かい飲み物が出てくる自販機」の誕生から始まります。

1970年、名神高速道路の養老サービスエリア。後のポッカコーポレーション創業者となる谷田利景氏が休憩に立ち寄ったとき、レストランは長蛇の列でした。ようやく出てきたコーヒーは、すっかり冷めていました。

「いつでも温かいコーヒーが飲める方法はないか?缶に詰めて温めて売れば...」

この「ちょっとした不満」が、日本の風景を変える革命の引き金になったのです。

谷田氏の情熱は自販機メーカーの三共電器(現サンデン)を巻き込み、1973年、世界初の「連続してホット飲料を販売できる自販機」が誕生します。記念すべき1号機は、アイデアが生まれたその場所、養老SAに設置されました。

しかし本当のゲームチェンジャーは、その4年後に訪れます。

1977年、一台で温かい飲み物と冷たい飲み物を同時に売れる「ホット&コールド機」が登場したのです。ダイドードリンコの社史が「飲料自販機が爆発的な伸びを始めた」と記すように、この技術革新が今日の自販機文化の礎を築きました。

これは単なる新機能の追加ではありませんでした。自販機の中に「常設のホット飲料棚」という、まったく新しい売り場を創造したのです。

そして、この新しい棚を埋めるために、コーヒー以外の多様な温かい飲み物が求められるようになりました。

「和」の王者・おしるこ:千年の記憶を、一缶に

新しく生まれた「ホット飲料棚」に、コーヒーに次ぐ和風ドリンクの代表として選ばれたのが「おしるこ」でした。

その選択は、決して偶然ではありません。

小豆の歴史は古く、平安時代にはすでに栽培され、邪気を払う縁起物として扱われてきました。江戸時代には「しるこ屋」が登場し、寒い夜に温かいおしるこで体を温める文化が庶民の間に定着します。

この「温かく甘い記憶」が、日本人のDNAに深く刻まれていたのです。

缶詰化の技術も、すでに準備されていました。井村屋は1962年に缶詰の「ゆであずき」を発売し、森永製菓も1976年に缶入りしるこを発売。和菓子メーカーが持つあずき加工のノウハウが、自販機という新しいプラットフォームと出会い、伝統の味を「いつでも、どこでも」楽しめる形へと進化させました。

おしるこが提供するのは、単なる甘さだけではありません。温かさと甘さの組み合わせは、脳内のセロトニン分泌を促し、副交感神経を優位にすることで、心理的な安らぎをもたらすと言われています。

仕事で疲れたとき、ほっと一息つきたいとき。この一缶は、手軽に買える「心の処方箋」なのかもしれません。

【コラム】最後の一粒まで飲める「粒ジャンプ缶」

おしるこやコーンスープを飲むとき、「最後の数粒がどうしても出てこない」というもどかしさ、ありますよね?

日本のメーカーは、この小さな問題を見逃しませんでした。

アサヒ飲料が2013年に採用した「粒ジャンプ缶」は、飲み口から約6mm内側に意図的に段差を設けています。液体がその段差に当たって流れを変え、底に残った粒を文字通り「ジャンプ」させて口元まで運ぶ仕組みです。

また、伊藤園の「大納言しるこ」は、粉砕した小豆を缶に詰めてからじっくり茹で上げる特許製法を採用。素材本来の風味を逃さず、濃厚な味わいを実現しています。

日常に溶け込む缶の中に、世界に誇るべき日本のものづくりの精神が息づいているのです。

「洋」の王者・コーンスープ:変化する日本の食卓を映す一杯

おしるこが「伝統の近代化」なら、コーンスープは「外来文化の日本的受容」を象徴する存在です。

高度経済成長期を経て、日本の食生活は急速に欧米化しました。米の消費が減少し、肉や乳製品の摂取が増える中、洋食の味は日常に浸透していきます。

この流れを捉え、ポッカは1980年に缶入りスープを発売。これが「飲む軽食」という新しいカテゴリーの幕開けとなりました。

とろりとした食感と優しい甘さのコーンスープは、単なる飲み物以上の「満足感」を与えてくれます。食事と食事の間の「ちょっと小腹が空いた」というニーズに完璧に応えるこの商品は、多忙なサラリーマンや学生たちの心と胃袋を掴みました。

おしるこが「おやつ」の役割なら、コーンスープは「軽食」としてのポジション。この違いが、両者を補完的な存在にしています。

ちなみに、「温かいスープが自販機で買える」という文化は、海外の人々から見ると非常にユニークに映るようです。「あり得ない!」と多くの訪日外国人が驚きと喜びの声を上げています。1950年代の欧米にもスープの自販機は存在しましたが、日本のように文化として根付くことはありませんでした。

近年では「かに鍋雑炊風」や「ラーメンスープ」といった、さらに食事に近いスープ飲料も登場しており、このカテゴリーは今なお進化し続けています。

なぜこの「意外な二人」は最強のコンビなのか?

おしることコーンスープが長年にわたって「最強のコンビ」として君臨し続けている理由。それは、彼らが作り出す「選択のシステム」そのものにあります。

このペアリングは、冬に人々が温かい飲み物に求める根源的な欲求を、見事なまでに満たしているのです:

  • 甘味 vs 塩味:甘いもので癒されたいか、しょっぱいもので小腹を満たしたいか
  • 和 vs 洋:どこか懐かしい伝統の味か、馴染み深い近代的な味か
  • おやつ vs 軽食:デザートとしての役割か、食事代わりとしての役割か

自販機という限られた商品棚の中で、この二つを置くことは、最小のスペースで最大多数のニーズを捉える、極めて合理的な商品戦略なのです。

そして、このシステム全体を支えているのが、世界に誇る日本の「自販機社会」です。屋外に無防備に置かれた機械が破壊もされず、24時間稼働し続ける。この驚くべき光景は、日本の治安の良さという、目に見えない社会的な信頼の上に成り立っています。

自販機に並ぶ商品は、時代の気分を映す鏡です。おしることコーンスープという二つの「癒しの飲み物」が、これほどまでに長く愛され続けているという事実は、効率化が進む現代社会において、人々がいかに小さく、手軽な「安らぎの瞬間」を求めているかの証なのかもしれません。

次に自販機の前で立ち止まったら

寒い日に自販機で買う、温かい一缶。それは、単なる飲み物ではありませんでした。

一杯の冷めたコーヒーへの不満から始まった技術革命の物語。その新しい舞台の上で、千年の歴史を持つ伝統の味と、戦後の新しい食文化を象徴する味が、見事に花開いた物語。そして、その二つが最強のコンビとなり、私たちの冬の心と体を温め続けてきた物語。

次にあなたが自販機の前に立ったとき、少し違った目で眺めてみてください。

「おしるこ」の缶は、江戸の茶屋の温もりと、現代日本の技術魂が詰まったタイムカプセルに見えるかもしれません。「コーンスープ」の缶は、変化を受け入れ、自らの文化として昇華させてきた、日本のしなやかさの象徴に見えるかもしれません。

何気ない日常の風景が、少しだけ面白く、そして愛おしく感じられる。その小さな発見こそが、私たちの世界を豊かにしてくれる、何よりのスパイスなのですから。

参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times