地下街への招待 〜消えゆく昭和異空間へのタイムトンネル〜

Deep

煌々と輝く電飾看板に誘われ、独特の湿気と匂いが立ち上がる階段を降りた先に広がる、昭和の産物「地下街」。地下へと引きずり込まれるその感覚の虜になってから、全国各地の地下街およそ140ヶ所を巡り記録する昭和愛好家・Towersが、地階の魅力を語ります。

地下街への招待とは?

「地下街」という言葉を聞いた時、どんな場所をイメージされるでしょうか?代表的な所だと、関東なら東京の八重洲地下街、中部地方なら名古屋のユニモールやサカエチカ、関西なら大阪駅の地下に広がる通称・梅田ダンジョン…といった具合かと思います。日本は、世界でも類を見ない地下街大国。大都市を中心に、巨大なターミナル駅の地下には、網の目のように地下街が張り巡らされています。

 一方で、通路が一本だけの地下街や、店舗数が10軒にも満たない地下街も存在します。オフィスビルや繁華街の雑居ビルでよく見かけられる、小さな地下街。こうしたタイプの地下街は、実は、ある共通の課題を抱えています。それが、“地下街の存在をどのようにアピールするか”ということです。先述した大都市の地下街の多くは、地下鉄や地下駐車場といった集客力が高い地下施設と接続しているケースがほとんどで、人の流れが自然と地下街へ向かうよう動線が確保されています。ところが、単独かつ小規模な地下街の場合は、地上を歩いている人に、「ここに地下街があるよ!」ということをアピールする必要があります。私は、こうした地下へと誘(いざな)うための看板や装飾物のことを『地下街への招待』と名付け、2016年頃から地下街を巡るようになりました。

運命の出逢い、ブラザービル地下街

地下街への招待を巡り始めるきっかけとなったブラザービル地下街。
看板は残っているものの、現在は封鎖されています(石川県金沢市 / 1965年竣工)

2016年、大学3年生のある日のこと。当時金沢に住んでいた私は、北陸随一の繁華街・片町での飲み会帰りに、ある地下街と出逢います。その名も、ブラザービル地下街。まるでウルトラマンのロゴのような、力強い書体の文字が真っ赤に輝く電飾看板、狭く急な階段、地下から立ち上る独特の湿気と匂い…。その怪しくも魅力的な入口に心を奪われ、気がつくと私は地下へと引きずり込まれていました。そこで見たのは、まるで数十年前から時が止まっているかのような昭和異空間。自分が歩いている地面の下に、こんな世界が広がっていたなんて!地下街への入口と地下街独特の雰囲気に魅了された私は、ブラザービル地下街と同じように、地下へと引きずり込まれる感覚(この感覚を“吸引力”と呼んでいます)をもっと味わいたくなり、全国の地下街を訪ねてみることにしました。

ブラザービル地下街の階段を下りたところ。純昭和の雰囲気が漂っていました。奥に見える階段は、かつて隣のビルの地下街と接続していた頃の名残。

地下へと誘う3つのパターン

これまでに訪れた地下街は全国で約140ヶ所。巡り始めてみると、地下へと誘う手段=地下街への招待には、大きく分けて3つのパターンがあることに気がつきました。

JR吹田駅前にある再開発ビル・吹田さんくす2番館 味の地下のれん街。
2階の天井まで突き抜ける、おそらく国内最大級の矢印を見ることができます(大阪府吹田市 / 1979年竣工)

下向き矢印

1つ目が、下向きの矢印です。「この階段の下に地下街があります!」ということをアピールしたい時に使われる最も分かりやすい記号であるため、看板や扉に直接描かれる矢印もあれば、矢印の形をそのままインパクトのある構造物として入口に設置している地下街もあります。

マツダビル地下食堂街。上下からキノコのように生え出る矢印がかわいい。
「お気軽に」「どぅぞ!」のポップな文字もすてき(大阪府大阪市 / 1971年竣工)

サンプラザ 地階飲食街。細長い矢印と独特のカラーリングが魅力(山形県山形市 / 1973年竣工)

春日ビル1番街 地下バー街。長方形に小さな矢印を組み合わせたオリジナリティあふれるデザイン。
夜になると真っ赤に輝きます(山梨県甲府市 / 1969年竣工)

たつみビル 地下食堂名店街。階段の踊り場に置かれている看板は、地下街開業当時からのもの。
自動ドア越しに見えるこの看板に吸い寄せられ、たくさんの人が訪れたそうです(岩手県盛岡市 / 1969年竣工)

看板

2つ目は看板です。看板と一口に言っても、色使いや書体、看板そのものの材質によって、印象はがらりと変わってきます。地下街の名称とともに、営業店舗の一覧やマップが一緒に描かれているパターンもあり、比べて観察してみるのも面白いです。初めて訪れる際は、看板と真正面から向き合い、じっくりと鑑賞することをオススメします。

大岡山地下飲食店街。豆電球が現役で点灯する八角形の看板の吸引力たるや(東京都大田区 / 1959年竣工)

ミナイチ地下名店街。矢印の形、色使い、文字のかわいさ…全てがパーフェクト
(兵庫県神戸市 / 1970年竣工 ※現存せず)

京王線 東府中駅前にある小林ビル 味と憩いの地下街。
フリーハンドで描かれた脱力感のある文字が味わい深い(東京都府中市 / 1974年竣工)

JR高槻駅前にある再開発ビル・グリーンプラザたかつき3号館 地下飲食街の入口。森をイメージしたと思われる壁の装飾や独特なデザインの吊り下げ照明など、空間全体を使ったアピールがお見事(大阪府高槻市 / 1978年竣工)

空間演出

そして3つ目が、空間演出です。階段室の壁をイラストで彩ったり、天井からデザイン性の高い照明器具を吊り下げたり、空間全体を活用して地下へと誘います。全国の地下街でもわずかしかないパターンですが、凄まじい吸引力で訪れる人を圧倒させます。

JR田町駅前の森永プラザビル エンゼル街。階段の壁に描かれた色彩豊かなイラストを眺めているうちに、いつの間にか地下へと引きずり込まれています(東京都港区 / 1973年竣工 ※現存せず)

緑苑ビル 地下名店街。階段室という限られた空間をフルに活用。
明るい色使いもすごくすてき(北海道札幌市 / 1973年竣工)

リトルプレスの出版〜地下街の減少

地下街への招待に様々な種類があることを知った私は、この魅力をもっとたくさんの人に知ってもらい、ぜひ現地に訪れてほしいと思うようになり、2021年、リトルプレス『地下街への招待』を自費出版しました。

表紙に選んだのは、恵比寿南地下飲食街。「階段 降りて見 ませんか」の文字を見た時、
表紙は絶対これだ!と思いました(東京都渋谷区 / 1969年竣工)

写真はできる限り明るく、けれど地下街ならではのちょっぴりアングラな雰囲気が伝わるよう、慎重に色味を調整しています。そのおかげか、「今までは地下がどんな感じになっているのか不安で、怖くて入れなかったけど、本をきっかけに雰囲気を知ることができて、初めて入ってみようと思いました」というメールもいただき、とても嬉しかったです。

JR西明石駅前の西明石地下秀味街。小規模な地下街としては珍しくカルチャーセンターも併設された、活気あふれる地下街でした。2019年撮影(兵庫県明石市)

2024年3月撮影。老朽化のため閉鎖されました。入口の赤い装飾テントも外され、あとは解体を待つばかり…。

しかし、地下街の数は年々減少の傾向にあります。実は、現在残る地下街のほとんどは、昭和30〜50年代の高度経済成長期に建設されたもの。例えば駅前にある地下街などは、モータリゼーションの進展による交通の逼迫や、歩行者の安全確保という課題を解決するために建設されたものが多く、竣工から半世紀近く経過している地下街も少なくありません。小規模な地下街でも、ビルの老朽化や、店舗数の減少に伴う修繕積立金の不足で、閉鎖されるケースが多くなってきています。昭和50年代後半からは防火に関する法規制が強化され、地下街の新設はほとんど行われていない状況です。

春日ビル1番街 地下バー街で唯一営業している『バー馬酔木』。
美味しいお酒を飲みながら、穏やかなマスターと話した時間は今でも忘れられません。

まだそこにあるうちに訪れてほしい、昭和の地下街

地下街は、高度経済成長期、過密化する都市の中で生まれた、もうひとつの“街の形”。特に繁華街やオフィス街にある、飲み屋がひしめく地下街は、忙しく働く人々にとって日常を忘れさせてくれる、憩いの空間となっていました。地下に潜り、酒を酌み交わし、英気を養い、再び日常へと戻っていく…。そうした古き良き姿を残す地下街も、時代の流れとともに、ぽつぽつとなくなり始めました。

     そんな中で、地下街が最も輝いていた昭和中期〜後期の面影を未だに感じることのできる看板や装飾物は、今や貴重な存在となりつつあります。まだそこにあるうちに、ぜひ現地で“地下街への招待”の吸引力を体感してもらえると嬉しいです。そして、地下街にある飲食店やバー、スナックの扉を開けてみて下さい。きっと、忘れられないひと時があなたを待っています…。

2023年9月末、76年の歴史に幕を下ろした、兵庫県神戸市の元町有楽名店街。
東改札口と西改札口を結ぶ120mの通路に、約50店舗が並んでいました。

元町有楽名店街、最終日の様子。お酒とママさんを中心に、初めて会う人同士も打ち解け合う。
本当に素晴らしい時間でした。

Towers

Towers

兵庫県神戸市在住。平成生まれの昭和愛好家。団地や地下街、喫茶店など昭和の匂いが残る街を歩いて写真を撮ったり、ZINEを作ったりしています。2021年に『地下街への招待 B1』を、2023年にはその続編となるB2を発行。最近のマイブームは、街で出逢ったかわいいキャラクターを刺しゅうすること。