暗渠の魅力伝道 vol.5 ~暗橋。それは暗渠にかかる橋。~

あんきょ【暗渠】 道路、鉄道などの地下に埋設したり、地表にあっても水面が見えないように、ふたがしてあったりする通水路や排水溝。
暗渠に関するさまざまな情報を発信し続ける、髙山英男・吉村生によるユニット「暗渠マニアックス」による連載企画。第5回は髙山英男が語る「暗橋」の愛おしさについて。
暗渠の魅力伝道 vol.1 ~暗渠のどこが好きなのか。暗渠とは?~
暗渠に関するさまざまな情報を発信し続ける、髙山英男・吉村生によるユニット「暗渠マニアックス」による連載企画。第一回は髙山英男が語る「暗渠とは?」。
暗渠の魅力伝道 vol.2 ~暗渠のどこが好きなのか。歴史を深掘ると見えてくるもの~
「暗渠マニアックス」の髙山英男と吉村生が、交代で暗渠について語る連載企画。歴史、路上観察、景観、地域などの切り口から暗渠を紹介します。
暗渠の魅力伝道 vol.3 ~誰もが心に暗渠を抱えている~
「暗渠マニアックス」の髙山英男と吉村生が、交代で暗渠について語る連載企画。歴史、路上観察、景観、地域などの切り口から暗渠を紹介します。
暗渠の魅力伝道 vol.4~意外と身近にある暗渠 川跡にできた公園と遊具~
「暗渠マニアックス」の髙山英男と吉村生が、交代で暗渠について語る連 載企画。歴史、路上観察、景観、地域などの切り口から暗渠を紹介しま す。
暗橋とは
暗橋(あんきょう)とは、「暗渠にかかる・かかっていた橋」のことだ。2024年現在辞書には載っていない、また載る気配さえない、暗渠マニアックスが勝手に作った言葉なので、あなたが聞いたことがないのも無理はない。
以前暗渠サインのことを述べたが、橋跡は強力な暗渠サインのひとつである。街中で、川がないのに橋がある場所を見つけたら、ほぼ確実にそこは暗渠だ(保存その他の目的で暗渠でない場所に移されている場合もあるので、「絶対」とは言えないが)。橋跡は暗渠愛好家にとってはそれだけ貴重な物件なのである。だからあえてこれを「暗橋」と特別な名前をつけている。

そもそも橋というものは多義的なもので、川のあちらとこちらの往来を確保するという物理的なものであると同時に、未知の世界に繋がる扉であり、異界から日常を守る結界である。場所によっては地域を挙げて華々しく渡り初めの儀式が執り行わるほどのハレの存在でもあるし、時代によっては橋供養塔なるものまで建てられる神秘に満ちた存在でもあるのだ。
そんな意味でも暗橋は最強の暗渠サイン、暗渠サインの中でも無双の王者なのである。
それだけに、どこにどんな暗橋があったかという詳細なデータさえあれば、地図上に暗橋をプロットするだけでかつてあった川・暗渠を浮かび上がらせることだってできるくらいだ。
※橋供養塔:かつて橋があった場所に供養のために建てられる塔。

残り方で分類する暗橋
暗橋の現在の生態(?)は実にさまざまである。ここでは、人との関わり(ほったらかされているのか、それとも人間によって保護されお手入れされているのか)と場所(本来の縄張りにいるのか、それとも違う場所に連れてこられたのか)、を縦軸横軸それぞれにとり、猫になぞらえてざっくり4つに分類し解説しよう。

まずは図の左上から。これは、人に手厚く保護されて元あった場所で可愛がられているもので、名付けて「飼われ」暗橋。柵で保護されていたり、解説板などの情報補強があったりという状態のものだ。

中には橋名板だけがぽつんと残されているケースもあるが、却って「何かを後世に伝えようという意思」が純粋に感じられてぐっときてしまう。

誰かの「残そうという意思」、確かに私が受け取りました
続いて右上は「標本」暗橋。どこか違う場所に移され、まるで剥製のように展示されている暗橋のことだ。

現在は江戸川区の民家の裏に「展示」されている
横軸で右に位置するものは元の暗渠から離れた場所にあるものなので、こちら側は全て暗渠サインとは言えない暗橋である。これらを見つけて「ここは暗渠だ!」などと早合点せぬよう注意したいものだ。
右下は「捨てられ」暗橋。元あった場所から離れた所に、廃棄物のようにうっちゃられているもの。

ありがたいはずの橋なのに、なんでこうなった?その経緯はわからないものが多く、いったいどんなドラマがあったのだろうとつい思いを巡らせてしまう。
そして左下に位置しているのが「野良」暗橋だ。もとからあった場に、何にも守られることなく素のままで突っ立っているやつ。私は図2の四象限全部の暗橋が大好きだが、この「野良」暗橋はことのほか大好きなのだ、狂おしいほどまでに好きなのだ。もう「野良」のことを考えるだけでああ…。いけない。ちょっと深呼吸してもう少しだけ分類の話を続けよう。この四象限の枠からはみ出る暗橋にも触れておかねば。もう実体は何も残っていないのに交差点やバス停など名前にだけ残っている「エア」暗橋、川にかかる橋から道にかかる橋へと違う使命を帯びて今も現役で活躍する「転生」暗橋などがそれだ。


「野良」暗橋って、フラジャイル
さて「野良」暗橋の話に戻ろう。私が「野良」暗橋が好きでたまらない理由は、やはり「土俵際ギリギリで生き残っている」ことにフラジリティを感じるからだと思う。水面はとうに暗橋化され、もう渡るものなどなにもないのにそこに佇む橋。かといってだれに注目されるでもなく、なんとなく残ってしまっている橋。

やっぱり邪魔者だったのか、片側あるいは親柱以外は切り取られ一部だけが辛うじて残されている橋。

壁の土台やガードレール代わりに便利使いされて気配を消されている橋。

銘板は途中まで埋もれていて読めるのは「べんざいて‥」まで
それら橋たち自身には、生き延びようという執着はたぶんない。無我。ただ流れに身を任せ、Let it beと呟きながらあるがままにあろうとするだけだ。暗渠というフラジャイルな場にあって、なおさらにフラジャイルなものが暗橋なのだ。
絶滅危惧種のための3つのミッション
私の住む東京は、2度目のオリンピックを経てもなお、あちこちで再開発が進行中だ。そんな東京23区内で「野良」暗橋は、私が確認しただけでも30か所程度しか存在しない。もはや絶滅危惧種といっていいほどの貴重な存在なのである。

欄干があるもので16か所、親柱だけのもので13か所しか残っていない
そして都市化が進むどんな街であっても同じことが言える。
かといって、保存運動を起こしたり役所に掛け合ったりなどするつもりもない。残すかどうかはその地域の方々自身が決めることであり、ただ観察するだけ、外様の私が口を出すべき問題ではないからだ。私ができるのは、せめて記録に残すことのみ。そんな思いで、「野良」暗橋に出会ったら「3D撮影・採寸・暗拓」の3つのミッションを自分に課している。
3D撮影や採寸については読んで字の如しだが、暗拓については説明が必要だろう。

写真は横須賀市宇東川支流にかかる暗橋

暗橋の橋名板を拓本に採ることを暗拓と呼んでいる。本格的な「湿式」というやり方ではたくさんの道具が必要になるが、「乾式」であれば半紙と釣鐘と呼ばれる墨(なければクレヨンや鉛筆でもOK)でだけで簡単に暗拓が採れる。暗橋を手軽に家に持ち帰れる素晴らしいアイデアだと思いませんかみなさん。

この3つのミッションを完全遂行するには20~30分くらい、そこそこ時間もかかるものだ。その間、名所でも旧跡でもない所で立ったりしゃがんだりもぞもぞしているのもたぶん相当怪しく見えるだろう。場合によっては不審者として通報だってされかねない危険なミッションである。しかしいいのだ。ここが私にとっての名所なのだ。消えてしまいそうな愛しい「野良」暗橋を前に、ただただミッションを遂行するのみなのだ。 Let it beと心の中で呟きながら。
暗渠の魅力伝道 vol.6 ~暗渠を通して見える地域性 暗渠旅行への誘い~
「暗渠マニアックス」の髙山英男と吉村生が、交代で暗渠について語る連載企画。歴史、路上観察、景観、地域などの切り口から暗渠を紹介します。