ガラケー時代に携帯料金を燃やし尽くした恐怖の俗語「パケ死」
携帯電話でネットを使いすぎて、月々の通信料が数万円から十数万円にまで跳ね上がってしまう現象を、かつて「パケ死」と呼んでいました。語源は「パケット通信で死ぬ」の略で、1990年代末から2000年代前半にかけて、携帯電話のネット機能が急速に進化する中で広まった言葉です。写メールの送受信やサイトの閲覧、着メロのダウンロードといった当時の新しい使い方は、どれもパケット単位で課金される仕組みの上に乗っていました。使った分だけ律儀に積み上がっていく請求額は、月末に届く紙の利用明細を見た瞬間、冷や汗をかかせる存在でした。
パケット定額が整う前の2000年代初頭には、定額を契約せずに大容量のデータをやり取りしたことで、月に数万円から数十万円という、普段の携帯料金とは桁が違う請求を受けるケースが相次ぎ、新聞やテレビでも取り上げられる社会問題になりました。本人は「いつもと同じようにネットを使っていただけ」という感覚でも、裏側の課金カウンターはそれを許してくれません。特に当時中高生だった世代は、契約者である親の名義の携帯電話を使って写メのやり取りや着メロのダウンロードを繰り返し、月末に親が見る請求書で初めて事の大きさを知るというパターンが典型的でした。「パケ死した」という報告が、友人間やネット上の掲示板で半ば笑い話として語られたのも、誰もが一度は覚えのある共通体験だったからです。今この言葉を知らない世代が増えているのは当然で、2008年前後にパケット定額制が一般化してからは、よほど無茶な使い方をしない限りパケ死は起きなくなりました。ところが言葉そのものは死語にならず、スマートフォン時代に意味を変えて生き残りました。古い意味と今の意味の両方を知っておくと、ガラケー世代とスマホ世代の会話が噛み合いやすくなります。
1パケット128バイトという課金の仕組みが、請求書を化け物にした
パケット通信とは、送りたいデータを小さく一定の大きさに分割して送受信する方式のことです。携帯電話の課金では、この分割された一つのかたまりを1パケットとし、1パケットを128バイトとして計算するのが一般的でした。128バイトは日本語ならおよそ64文字分のデータ量にあたります。通信にかかった時間に関係なく、やりとりしたパケットの総量に応じて料金が決まる仕組みだったため、画像の多いサイトを開いたり、添付ファイル付きのメールを送ったりするだけで、見た目以上に重いデータ量が静かに積算されていきました。
この課金方式の怖さは、使っている本人には「今どれだけのパケットを消費しているか」がリアルタイムで見えなかったことにあります。ブラウザで次々にページを開いたり、サイトの画像を読み込んだりする操作感覚と、裏側で動いている課金カウンターの感覚は完全にずれていました。月の途中で急に不安になって確認したときには、すでに請求額が普段の月の何倍にも膨らんでいる、というのがパケ死の典型的な進行パターンでした。
ITmediaが2002年に携帯電話3社のパケット料金を比較した記事によると、iモードの初期の通信料は1パケット(128バイト)あたり0.3円でした。これを単純に当てはめると、100キロバイト程度の軽めの写真1枚を送るだけで240円かかる計算になります。写真1枚で240円、日常の何気ない一往復がこの金額です。写真を数枚送る、気になるページを何ページも見る、といった今では何気ない操作を積み重ねただけで、数百円から数千円単位の金額が静かに加算されていったことになります。月に何十枚も写メを送り合っていた利用者が、月末の請求書で現実を知って青ざめる場面は、当時の携帯電話ユーザーの間でありふれた光景でした。
定額という発想自体は、1995年の「テレホーダイ」からすでにあった

従量課金の苦しさを「決まった金額で使い放題にする」形で解決する発想そのものは、実は携帯電話の世界より先に生まれていました。NTTは1995年8月、深夜から早朝にあたる23時から翌日8時までの9時間、指定した2つの電話番号への通話料金が定額になる「テレホーダイ」を始めています。当時はパソコン通信やインターネットへの接続もダイヤルアップが主流で、同じ市内のアクセスポイントにつないでいても3分ごとに10円前後の通話料が加算され続ける仕組みでした。深夜まで粘ってネットを使うユーザーが、テレホーダイの定額時間が始まる23時を待ってから接続を始める、という行動パターンが広く定着したほどの人気ぶりだったと伝えられています。サービス開始からわずか3カ月後の1995年11月には日本でもWindows95が発売され、家庭のパソコンからインターネットに接続する人が一気に増えました。定額で安心して使える時間帯を知っていたユーザーほど、深夜のネット接続を習慣にしていきました。
携帯電話のパケット定額が広まるおよそ8年前に、すでに日本の通信業界では「使った分だけ払う苦しさ」を「決まった金額で使い放題にする」という形で解決した前例があったことになります。パケ死を終わらせたパケット定額は、まったく新しい発明ではなく、固定電話の世界で先に試されていた解決策を、携帯電話のパケット通信に当てはめ直したものでした。
写メと着メロの普及
携帯電話のコンテンツが一気に重くなった時期と、従量課金の時代が重なっていたことが、パケ死を社会問題にまで押し上げた背景です。2000年11月1日、シャープが開発したカメラ付き携帯電話「J-SH04」をJ-フォン(現ソフトバンク)が発売し、写真をメールで送る「写メール」、略して「写メ」が一大ブームになりました。それまでは写真をパソコンに取り込んでから送るのが当たり前だったところを、撮影から送信までを携帯電話一台で完結できるようにした点が革新的で、若者を中心に爆発的に広まりました。
写真データはテキストメールに比べて圧倒的に重く、パケット数も段違いでした。J-SH04に搭載されたカメラはおよそ11万画素、画面は96×130ドットで256色表示という、今のスマートフォンとは比べものにならないほど控えめな性能です。それでも当時の従量課金にとっては十分すぎる重さで、今の基準なら「軽い」はずの一枚の写真が、律儀にパケット数へと変換されていきました。同じ端末には最大16和音の着信メロディ機能も載っており、着メロや着うたのダウンロードも定番の遊び方になっていました。好きな曲を一曲ダウンロードするたびに、それ相応のパケット料金が積み上がっていきます。使っている側の感覚としては「友達に写真を送った」「好きな曲を着信音にした」という軽い行為の積み重ねにすぎなかったものが、料金カウンターの上では重量級のデータ消費として記録されていたわけです。この感覚のずれこそが、パケ死という言葉が当時の携帯電話ユーザーの間で強いリアリティを持って語られた理由でした。
国内の携帯電話で初めてパケット定額を実現したのは、auの「EZフラット」
このパケ死問題に最初に答えを出したのは、auを運営するKDDIでした。当時の携帯電話インターネット市場はNTTドコモの「iモード」がシェアで先行しており、auはパケット定額という料金面での踏み込んだ一手で差をつけようとしていました。2003年10月22日、auは「1xEV-DO」方式に対応した新端末向けに、月額4200円でパケット通信が使い放題になる「EZフラット」を発表し、同年11月28日にサービスを開始しました。携帯電話で初めてのパケット定額制という触れ込みで、当時は対応端末が限られていたとはいえ、使った分だけ青天井に増えていく恐怖から利用者を解放する、画期的なサービスとして報じられました。
もっとも、月額4200円を払い切ってでも使い倒す層と、そもそもネットをあまり使わない層の両方が存在する中で、一律の金額設定には不満も出ていました。KDDIは2004年にEZフラットの名称を「ダブル定額」に変更し、通信量が少ない月は月額2100円程度に抑えられ、使い込んだ月だけ上限いっぱいの金額になる段階制に切り替えています。ケータイ Watchが掲載したKDDI担当者へのインタビューでは、このプラン変更の狙いが「定額制をみんなが使えるようにする」ことにあったと伝えられています。使う人も使わない人も納得できる価格設計を探る試行錯誤が、サービス開始からわずか1年足らずで既に始まっていたことになります。
ドコモとソフトバンクも追随し、パケット定額は当たり前の存在になった
auが先行したパケット定額の波は、他社にもすぐに広がりました。NTTドコモは2004年6月1日、FOMA向けに月額4095円で使い放題になる「パケ・ホーダイ」の提供を開始しています。ボーダフォン(現ソフトバンク)もこの年のうちに同種のサービスで追随し、2004年の終わりまでには主要な携帯電話会社がそれぞれのパケット定額プランを揃える状況になりました。
それでも初期のパケット定額には、名前ほど「完全に使い放題」とは言えない落とし穴が残っていました。ドコモの初代パケ・ホーダイが定額の対象としていたのは携帯電話単体でのiモード利用に限られ、携帯電話をモデムとして使ってパソコンをネットにつなぐ使い方は対象外で、その場合は別料金の「パケットパック」を契約する必要がありました。利用シーンによって定額の内と外が分かれるという分かりにくさは、しばらく改善されずに残ります。ドコモが2007年1月31日に発表し、同年3月1日の料金改定で導入した「パケ・ホーダイフル」で、ようやくこうした対象範囲の制限が取り払われました。パケ死という言葉が少しずつ聞かれなくなっていく過程は、各社がプランを改良しながら「使い放題」の実態を広げていった歴史と重なっています。2008年前後にはパケット定額を契約する利用者が多数派になり、月々の請求額に震える体験そのものが過去のものになっていきました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2000年11月 | J-フォンがシャープ製「J-SH04」を発売、写メールが広まる |
| 2003年11月 | auが「EZフラット」で携帯電話初のパケット定額を開始 |
| 2004年6月 | ドコモが「パケ・ホーダイ」を開始 |
| 2004年 | auがEZフラットを「ダブル定額」に改称し段階制に |
| 2004年末 | ボーダフォンもパケット定額に追随 |
| 2007年3月 | ドコモが「パケ・ホーダイフル」を導入 |
| 2008年7月 | ソフトバンクが「iPhone 3G」を日本独占発売、スマホ普及が加速 |
| 2016年 | ITmediaが「パケ死の意味が変わった」と報道 |
2008年のiPhone上陸が、パケ死を過去のものに押し出した

各社がパケット定額を整えていく流れに、決定的な一押しを加えたのがスマートフォンの登場でした。2008年7月11日、ソフトバンクが米アップルの「iPhone 3G」を日本で独占発売し、発売前日には渋谷の販売店に約800人が列をつくるほどの熱狂を呼びました。ガラケーでは利用者がサイトを開いたりメールを送ったりと、自分で操作したタイミングだけパケットを消費していました。これに対してスマートフォンは、利用者が画面を触っていない間もメールの受信確認やアプリの更新、位置情報の取得といった通信を裏側で絶えず行っており、パケット定額がなければ安心して持ち歩くことさえ難しい端末でした。スマートフォンの普及が、パケット定額を「使うと得なオプション」から「契約の前提」へと変えていったことになります。
この転換が進むにつれて、パケ死という言葉が指していた「使い方を誤ると請求が爆発する」という恐怖そのものが、日常の携帯電話利用から切り離されていきました。言葉が廃れたのは、問題が解決されて使う場面がなくなったからであり、技術の進歩のスピードが言葉の寿命を決めてしまった一例です。
スマートフォン時代になり、パケ死の意味はギガ死へとすり替わった

パケット定額がすっかり定着した今、パケ死という言葉を使う人がいなくなったわけではありません。ただし意味は様変わりしています。2016年にITmediaが報じたように、現在「パケ死」と言うとき、多くの人が指しているのは高額請求ではなく、月のデータ通信量の上限を使い切って通信速度が大きく制限されてしまう状態です。スマートフォンの料金プランはギガバイト単位の容量制になっており、容量を使い切ると数百キロビット程度まで速度が落ち、動画はおろか地図アプリの読み込みすら厳しくなります。
この現象は「ギガ死」とも呼ばれ、SNSなどでは今はこちらの呼び方の方が優勢になっています。もとのパケ死が「お金が溶ける恐怖」だったのに対し、現在の用法が指すのは「速度が溶ける不便」であり、恐怖の種類そのものが変わった点が興味深いところです。かつては請求書を見て青ざめ、今は通信速度の表示を見て青ざめる。課金単位がパケットからギガバイトに変わり、支払いの痛みが速度の痛みに置き換わったことで、同じ「死」という言葉が指す中身が二十年の間に静かに移り変わったことになります。
そのギガ死についても、対策となるプランは年々広がっています。楽天モバイルは「Rakuten最強プラン」でデータ容量の上限なしに使い放題の料金を月額3278円に設定しており、povoは必要なときだけ「データ使い放題24時間」のトッピングを330円で追加できる仕組みを用意しています。月初に決めた容量に縛られる不便そのものを避けられるプランが増えてきたことで、ギガ死もまた、パケ死と同じように少しずつ過去の悩みになっていく途中にあるのかもしれません。
会話の中で「パケ死」という言葉を使うなら、どちらの意味で言っているのかを一言添えたほうが伝わりやすくなります。ガラケー世代が懐かしんで使う「パケ死」は請求書が爆発した恐怖の記憶であり、スマホ世代が日常的に使う「パケ死」は速度制限にかかった不便さの話です。同じ四文字、まったく別の恐怖。親の世代と子の世代でそれほど違う体験を指している場合があると知っておくだけで、世代をまたいだ会話の噛み合わなさの一つが解消されます。携帯電話の課金方式が変わるたびに言葉の意味まで作り変えられてきた、というのがパケ死という俗語のたどった道筋です。
参考
- 「パケ・ホーダイ」が始まったものの……
- 「パケ死」の意味が変わった?「高額請求」ではなく……
- 携帯電話初の定額パケット,auが11月から「1xEV-DO」端末で
- KDDIがEZフラットを月2100円に,名称もダブル定額に変更
- au「ダブル定額」関係者インタビュー 「定額制をみんな使えるように」
- Mobile:3社のパケット料金を比較する
- 月額3900円でFOMA・iモード使い放題「パケ・ホーダイ」
- パケット通信
- もはや死語?あらためて振り返る「ギガ死」と「パケ死」の違い
- 《テレホーダイ25周年》ネットの世界が「健康と引き換え」だった90年代の“あのヤバいサービス”
- ソフトバンクとアップル、iPhone 3Gを7月11日より日本で発売
- J-フォン、カメラ内蔵16和音カラー端末「J-SH04」





