フロッピーディスクは今どこでどう生きているのか。現在の使われ方から読み解く

パソコンの「保存」ボタンを押すとき、画面にはいまだに四角い板のアイコンが表示されます。あの絵の正体がフロッピーディスクだと説明すると、十代や二十代の多くが「これ、何のマークなんですか」と聞き返してくることが、複数のメディアの街頭調査で報告されています。実物の生産はとうに終わっているのに、アイコンだけが生き残っている。この奇妙なねじれの背景には、フロッピーディスクという記録媒体がたどった半世紀以上の歴史と、今なお一部の現場で現役を続けているという意外な事実があります。

1971年、パンチカードを置き換えるために生まれた円盤

フロッピーディスクの起源は、1967年のIBM社内にさかのぼります。経営陣はエンジニアのアラン・シュガートらに対し、メインフレームコンピュータ「IBM 3330」のコントローラーにマイクロコードを読み込ませるための、より簡単で軽くて安価な方法を開発するよう指示しました。それまでこの作業にはパンチカードや紙テープが使われていましたが、扱いにくく、読み込みに時間がかかるという欠点を抱えていました。

開発チームが行き着いたのが、薄い磁性体の円盤を紙製のジャケットに収めるという発想です。1971年に製品化されたこの8インチディスクは、約80キロバイトの情報を保存できました。半角英数字にしておよそ8万2千文字分です。当時としては画期的な容量でしたが、それ以上に重要だったのは、紙のように軽くて「ペラペラ(フロッピー)」であることをそのまま名前にしてしまうほど、従来の記憶装置とは異なる手軽さを持っていた点でした。

パンチカードの束を抱えて機械室を行き来していた時代から、片手で持ち運べる円盤にデータを収める時代へ。この移行自体が、コンピュータを扱う作業を特別な技能者だけのものから、より多くの人の手に委ねる第一歩になりました。

サイズが小さくなるたびに規格争いが起きた

フロッピーディスクは今どこでどう生きているのか、現在の使われ方から読み解く

8インチディスクが普及したのも束の間、1976年には5.25インチの「ミニフロッピー」が登場します。開発のきっかけは、ワード・プロセッサー企業の創業者アン・ワンが、当時の8インチドライブが自社の卓上端末には大きすぎると不満を漏らしたことだったと伝えられています。5.25インチディスクは1978年発売のApple II用ドライブ「Disk II」や1981年のIBM PCに採用され、パーソナルコンピュータの普及とともに世界中に広まりました。

次の規格争いの主役になったのが、日本企業です。ソニーは1980年前後に3.5インチの「マイクロフロッピーディスク」を発表したとされています。それまでの紙ジャケットとは違い、硬いプラスチックケースに収め、記録面を保護するシャッターを備えた設計は、鞄に入れて持ち運んでも壊れにくいという利点を持っていました。

ところがこの3.5インチ規格がすぐに標準になったわけではありません。1981年には、松下電器(現パナソニック)・日立製作所・日立マクセルの3社連合が、対抗規格として3インチの「コンパクトフロッピー」を発表します。さらに3.25インチや4インチといったサイズも乱立し、ソニーとヒューレット・パッカードが推す3.5インチ陣営、松下電器・日立製作所・日立マクセルが推す3インチ「コンパクトフロッピー」陣営、タボール・ダイサン・スリーエムが推す3.25インチ「ドライベット」陣営の三つに分かれ、業界を巻き込む規格争いが繰り広げられました。

同じ3.5インチというサイズの中でも、記録密度によって容量は何段階かに分かれていました。片面倍密度の2D(約320キロバイト)、両面倍密度の2DD(約720キロバイト)、そして両面高密度の2HD(約1.44メガバイト)という具合です。型番や表記はメーカーごとに細かく違いましたが、同じ見た目のディスクでも、箱に印字された記号ひとつで扱えるデータ量がまるで違うという点は、当時パソコンを使っていた人の多くが一度はつまずいた経験かもしれません。

決着をつけたのは技術の優劣というより、大手メーカーの選択でした。3.5インチ規格は1984年に国際標準化機構(ISO)の国際標準規格として認定され、1986年にIBMが自社初のラップトップ型パソコン「PC Convertible」に3.5インチドライブを採用、1987年には主力機種「PS/2」と「PS/55」の全モデルに採用したことで、事実上の世界標準としての地位を固めました。同じ時期、アップルのマッキントッシュも3.5インチを標準搭載しており、規格をめぐる綱引きは、結局のところ「どの陣営に大手コンピュータメーカーがつくか」で決まったことになります。

任天堂が日本で見せた異色の使い道

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フロッピーディスクの用途は、パソコンだけにとどまりませんでした。任天堂は1986年2月、家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」の周辺機器として「ディスクシステム」を発売しています。発売価格は1万5千円でした。

ディスクシステム用のディスクは、両面で896キロビット(112キロバイト)とされる容量を持ち、当時のカセット(ROMカートリッジ)のおよそ3倍のデータを収められました。何より画期的だったのは、ゲームの進行状況を保存できる点です。それまでのカセットにはこの機能がなく、長編のロールプレイングゲームなどを遊ぶ土台を作ったのがディスクシステムでした。

さらに独特だったのが「ディスクライター」という書き換え機です。ゲームショップの店頭に設置されたこの機械を使うと、手持ちのディスクの中身を別のソフトに500円で書き換えてもらえました。カセットを新品で買うより大幅に安く遊べるこの仕組みは、記録媒体が「書き換え可能」であることを活かした、日本独自の販売モデルだったといえます。ディスクシステムは国内限定での発売にとどまりましたが、国民的タイトルを含む数多くの名作を生み出しました。

保存アイコンという「化石」が生き延びた理由

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フロッピーディスクそのものの生産は、2009年春に日立マクセルと三菱化学メディアが撤退したとされ、2011年3月にソニーが生産を終了したことで、事実上幕を閉じました。それから十数年が経ったいま、実物を見たことがない世代が社会人になりつつあります。

それでも「保存」を意味するアイコンとして、あの四角い板は様々なソフトウェアで使われ続けています。このアイコンを考案したのは、初代マッキントッシュのために数々のインターフェース要素を手がけたデザイナー、スーザン・ケアです。彼女が手がけたゴミ箱アイコンや起動時の笑顔のコンピュータと並んで、保存用のディスクアイコンは、コマンドライン入力の知識がなくてもコンピュータを操作できるようにする、絵による操作体系の象徴となりました。

興味深いのは、若い世代が実物のフロッピーディスクを知らなくても、保存アイコンを見れば「データを保存する機能」だと直感的に理解できる点です。アイコンはすでに、元になった物体との結びつきを離れ、「保存」という概念そのものを表す記号として独り立ちしています。道具としての実体はとうに消えているのに、その形だけが約束事として社会に残り続けている。現物よりも先に記号のほうが生き延びた、珍しい一例です。

フィルムのいらないカメラが起こした「マビカショック」

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フロッピーディスクは、文書や写真データを保存する道具としてだけでなく、画像を直接記録する装置そのものにも組み込まれていました。ソニーは1981年8月、世界初の電子スチルカメラ「マビカ」を発表します。名前は「マグネティック・ビデオ・カメラ」の各語の一部を組み合わせた略称で、CCDが捉えた画像をフィルムではなく、2インチの小型フロッピーディスクに記録する仕組みでした。レンズ交換まで可能だったこのカメラの登場は、「フィルムのいらないカメラの時代が来るのではないか」という憶測を呼び、「マビカショック」と呼ばれるほどの反響を引き起こしました。

この発想はその後も受け継がれ、1997年にはソニーが3.5インチフロッピーディスクを記録媒体に使う「デジタルマビカ」シリーズを発売します。アメリカ市場に投入されると、記録媒体がパソコンでそのまま読み込めるフロッピーディスクであることの手軽さと、上位モデル「MVC-FD7」が搭載する光学10倍ズームレンズが評価され、発売からほどなくして現地のデジタルカメラ市場でも有力な存在になったとされています。パソコンへの画像の取り込みにケーブルも専用ソフトも要らず、ディスクを抜いてそのままドライブに差し込めばよい。この単純さこそが、デジタル化の初期段階で消費者の背中を押した最大の理由でした。

誰も使っていないようで、実はまだ現場にある

生産が終わって久しいにもかかわらず、フロッピーディスクは意外な場所で現役を保っています。

代表例が航空業界です。ボーイング747-400の一部の機体では、ナビゲーションデータベースの更新にフロッピーディスクが使われてきました。機体の航空電子システムは型式証明を受けており、記録媒体を変更するだけでも大規模な再認証費用がかかるとされるため、古い仕組みのまま運用を続けるほうが合理的だったとされています。英国のある航空会社では、近年までボーイング747の一部でフロッピーディスクが使われていたと報じられています。

工業用の刺繍ミシンも、フロッピーディスクが生き残っている代表的な現場です。数百万円する業務用の刺繍ミシンは、小規模な縫製事業者にとって簡単に買い替えられる設備ではありません。機械本体が動き続ける限り、データの受け渡しには当初から搭載されているフロッピードライブをそのまま使い続けるほうが現実的で、今も現場で稼働している機種があるとされています。同様の理由から、工場の大型工作機械や制御盤でも、耐用年数が20年から30年に及ぶ設備が安定稼働している限り、記録媒体だけを急いで更新する動機は乏しいままです。

公共交通機関にも同じ構図が見られます。アメリカのサンフランシスコ市営鉄道は、1998年に地下区間へ自動列車制御システムを導入し、地下駅の間を走る列車の間隔を均等に保ってきました。このシステムは今なおフロッピーディスクに依存しており、現地の交通当局は制御システムの刷新に総額7億ドル規模の予算を投じる大規模な改修計画を進めています。四半世紀以上前に敷かれた仕組みが、巨大都市の地下鉄運行を支え続けているわけです。

安全保障の分野でも、フロッピーディスクは意外に長く使われてきました。アメリカ空軍は2019年まで、核戦力の一部を管理する指揮統制システムに8インチフロッピーディスクを使用しており、国防総省が1970年代からの仕組みを刷新したのはようやくこの年のことでした。日本政府にいたっては、行政手続きにおけるフロッピーディスクの使用を定めた規制が完全に撤廃されたのは2024年です。デジタル担当大臣だった河野太郎氏は、1000件を超える関連法令の点検・見直しを経て規制撤廃を発表した際、「フロッピーディスクとの戦いに勝利した」と表現しました。裏を返せば、2024年という最近まで、日本の行政の一部ではフロッピーディスクの提出や保存が制度上求められていたということになります。

これらの事例に共通しているのは、フロッピーディスクが「優れた記録媒体だから」生き残ってきたわけではない、という事情です。むしろ、周辺のシステム全体を刷新するコストやリスクのほうが、小さな記録媒体を使い続けるコストを上回ってしまう。レガシーシステムという言葉が指す状況を、これほど分かりやすく体現している部品も珍しい一つです。

生産終了後に値上がりする、ねじれた市場

生産が終わった製品の値段は下がっていくものだと、普通は考えられています。ところがフロッピーディスクの中古市場では、近年むしろ価格が上昇する逆転現象が起きています。国内メーカーの在庫が限られる中、未使用の2HDディスク10枚組が数千円、20枚組では1万円を超える値がつくこともあり、ネットオークションやフリマアプリでは数百円から数万円まで幅のある価格で取引が続いています。

買い手の中心にいるのは、懐かしさだけで買う人たちではありません。先に挙げた刺繍ミシンや工作機械を今も現場で使い続ける事業者にとって、新品のディスクを調達できるかどうかは、設備を動かし続けられるかどうかに直結する切実な問題です。それに加えて、近年のレトロパソコンブームを背景にした愛好家の需要も重なり、限られた在庫を奪い合う構図が生まれています。実用のための需要と、趣味としての需要が同じ市場で混ざり合っているところに、この逆転現象の面白さがあります。

ドライブの動作音がオーケストラになる

フロッピーディスクは今どこでどう生きているのか、現在の使われ方から読み解く

実用としての役目をほぼ終えたフロッピーディスクですが、まったく別の形でよみがえらせた人もいます。ポーランドの技術者パヴェウ・ザドロジニャクは、2011年に2台のフロッピーディスクドライブを使って「スター・ウォーズ」の帝国のマーチを演奏する装置を発表しました。ドライブのヘッドを動かすモーターの回転速度を調整すると、固有の高さを持つ「シーク音」が鳴ります。この音程をコントロールして曲を奏でるという発想です。

その後、この装置は「Floppotron」と名付けられ、バージョンを重ねるごとに規模を拡大していきました。最新版の「Floppotron 3.0」では512台のフロッピーディスクドライブに加え、16台のハードディスクドライブと4台のフラットベッドスキャナーまで動員し、オーケストラさながらの演奏を披露しています。縦に並んだドライブの列ごとに一つの音を受け持たせ、同時に動かすドライブの数を変えることで、音の強弱や表情まで作り込めるといいます。実用上は廃れたはずの駆動音が、もっとも雄弁な「音色」として評価され直しているわけです。

記録媒体の寿命は、技術の優劣だけでは決まらない

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フロッピーディスクの歩みには、ひとつの記録媒体が生まれ、競合し、標準化され、そして別の技術に取って代わられていく過程が、驚くほど短い期間に凝縮されています。8インチから5.25インチ、3.5インチへとサイズが縮んでいった流れは、より多くの情報をより小さな場所に収めたいという欲求の表れでした。同時に、どの規格が生き残るかは技術的な優劣だけでなく、どの企業がどの規格を担いだかという力関係にも大きく左右されてきた歴史です。

そして生産そのものが終わった後も、保存アイコンという記号の中に、あるいは飛行機や刺繍ミシンの制御盤の中に、フロッピーディスクはまだひっそりと息づいています。かつて最先端だった技術が「使われなくなった」と言い切れるようになるまでの、思いのほか長い余韻。

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参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

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