イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

2026年4月9日、本屋大賞の発表会場で、23回続いてきたこの賞のある記録が塗り替えられました。受賞したのは朝井リョウの小説『イン・ザ・メガチャーチ』。新聞連載として書かれた作品が本屋大賞を獲ったのは、これが初めてのことでした。

得点は452点、僅差で2位につけた佐藤正午『熟柿』との差はわずか30.5点。接戦を制したこの作品は、もともと日本経済新聞で連載されていた新聞小説でした。新聞連載作品としての受賞は、本屋大賞23回の歴史で初めてのことです。

タイトルには、聞き慣れない英単語が入っています。メガチャーチ。直訳すれば「巨大な教会」ですが、これは比喩でも造語でもなく、実際にキリスト教圏で使われている業界用語です。作品はファンが好きな対象を熱烈に応援する経済圏、いわゆるファンダム経済の光と闇を描き切った一冊として紹介されており、その「光と闇」の両面を見せるための舞台として、海外の巨大教会という装置が選ばれています。しかもこの言葉の中身を掘っていくと、現代のファンダムや推し活の構造を映し出す、かなり具体的な仕組みが見えてきます。

なぜ「宗教」でなく「メガチャーチ」というタイトルなのか

イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

『イン・ザ・メガチャーチ』は、三人の人物を軸に進む物語です。家族と離れて暮らしながらアイドルグループの運営に携わる男性、積み重なった心の疲れを癒やす対象を探す大学生、舞台俳優を朗らかに応援していたもののあるニュース報道をきっかけに状況が一変していく女性。この三者の視点を通じて、ファンダム経済の光と闇が描かれていきます。帯には「神がいないこの国で人を操るには、『物語』を使うのが一番いいんですよ」という一文が抜かれており、集団心理を動かす側の論理に焦点が当てられています。

朝井リョウは、宗教学の立場から推し活を研究してきた柳澤田実との対談で、欧米における信仰復興と日本の推し活には構造的な共通点があると語っています。柳澤はこの対談の中で、推し活という営みが持つ宗教性を学術的な観点から長く研究してきた人物で、ファン活動と福音派のメガチャーチ運動のあいだに見られる構造的な類似を、学問的にも裏付けのある指摘として位置づけています。さらに著者インタビューでは、「推し活」と「男性の孤立」という一見無関係に見える二つの現象が、現代社会の縮図として繋がっていると述べられています。つまりこの小説が見ているのは、特定の宗教やアイドル文化への批判ではありません。人がなぜ何かに深くのめり込み、そこに居場所を見出すのかという、もっと普遍的な仕組みを観察する点にあります。「メガチャーチ」はそのための舞台装置として選ばれています。

なお、作品にはもうひとつの顔があります。それは「推しや夢中になれるものが見つからない」という、現代人の悩みに向き合う物語でもあります。著者インタビューで朝井リョウは、夢中になれる対象が見つからない人に向けて、いざというときのために最も潰しが利く方法で備えておくのがいいと助言しています。のめり込む対象を無理に探すことを勧めるというより、距離の取り方そのものを考えさせる視点が、この小説の奥行きを作っています。

だとすれば、その舞台そのものがどういう設計でできているのかを知っておくと、小説の読み方も変わってきます。ここからは、実在するメガチャーチという現象を、歴史と数字で追いかけてみます。

2000人という線引きが生む、もうひとつの教会像

イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

メガチャーチには、実は業界内で共有されている目安があります。週末の礼拝に集まる人数がおおむね2000人を超えるプロテスタント教会、というのがその基準です。日本で「教会」と聞いて思い浮かべる、数十人から数百人が集う礼拝堂とは、そもそも規模の桁が違います。

さらに興味深いのは、この規模の教会がどうやって拡大してきたかです。2000年の時点で、複数の拠点を持つメガチャーチは全体の23%にとどまっていました。それが現在ではおよそ70%にまで増え、しかもそのうちの半数近くが4拠点以上を運営しているといいます。背景にあるのは、拠点をどこに新設するかを人口動態や地域特性から戦略的に決めるという、企業の出店戦略とよく似た手法です。メガチャーチと呼ばれる組織は、宗教施設であると同時に、成長戦略を持った一種の組織体としても機能しているのです。

全米1600、非課税という制度設計

イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

この拡大戦略を後押ししている要因のひとつが、税制です。アメリカでは全米におよそ1600のメガチャーチが存在するとされ、その大半は聖書の記述を絶対視するキリスト教福音派に属しています。教会は法人としての性質上、法人税が課されません。数千人規模の信者が礼拝のたびに献金をし、牧師の著書やグッズを購入すれば、組織として利益が積み上がる構造ができあがります。

もちろん、福音派そのものは信仰上の立場を明確にしている宗派で、人工妊娠中絶や同性婚、進化論といった論点に否定的な立場を取ることでも知られています。教義の是非よりも興味深いのは、非課税という制度と、数千人単位の集客力が組み合わさったときに、宗教法人がどれほどの経済規模を持ちうるかという一点です。拝金主義や商業主義という批判が根強く向けられてきたのも、この組み合わせゆえといえます。

バスケットボールの聖地が礼拝堂に変わった日

イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

この「企業的な拡大」を象徴する実例が、アメリカ・テキサス州ヒューストンにあるレイクウッド教会です。この教会は2003年、かつてNBAのヒューストン・ロケッツがホームゲームを戦っていたアリーナ「コンパックセンター」をヒューストン市から長期で借り受け、礼拝堂へと改装しました。その際に組んだローンはおよそ1億ドル、日本円にして150億円近くに上ります。

このローンが完済されたのは2024年2月のことで、主任牧師のジョエル・オスティーンが礼拝の中で涙ながらにこの報告をしたことが伝えられています。バスケットボールの試合に沸いていたアリーナが、スポーツ観戦さながらの照明と音響を備えた礼拝空間に生まれ変わり、巨額のローンを完済するだけの収益を生み出し続けてきた。この一点だけでも、メガチャーチという存在の規模感が端的に伝わってきます。なお、このレイクウッド教会は著名人が訪れる場所としても知られており、ラッパーのカニエ・ウェストがオスティーン牧師と壇上で対談したこともあります。

礼拝がシドニーから届く時代

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拠点を増やす以上に象徴的なのが、礼拝そのものを「配信する」という発想です。オーストラリア発のヒルソング教会は、設立から拡大を続け、現在では27カ国におよそ1100カ所の拠点を持つ、世界的な規模のメガチャーチに成長しています。

この規模をひとつひとつの礼拝堂に牧師を配置して支えることは現実的ではありません。そこで採用されているのが、本拠地での礼拝の様子を映像として各地の拠点に届けるという仕組みです。日本国内のヒルソング東京でも、シドニーで行われている礼拝のライブ映像を使って日曜礼拝が行われています。信仰の中心にあるはずの「説教を聞く」という行為が、衛星中継やストリーミングという技術によって多拠点に同時配信される。これは、ライブ配信やオンラインサロンを通じて「同じ瞬間を共有している感覚」を提供する現代のファンダム運営とも、仕組みの上ではよく似ています。

世界最大の教会はソウルにある

イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

規模の大きさでキリスト教の歴史上もっとも知られた存在のひとつが、韓国ソウルの汝矣島にある汝矣島純福音教会です。1958年、朝鮮戦争で荒廃した地区を歩いて布教した趙鏞基牧師によって創設されたこの教会は、最盛期には70万人を超える信徒を抱え、ギネス世界記録にも「世界最大の教会」として登録されました。

一人の牧師が始めた布教活動が、数十年のうちに一国の首都の一等地に巨大な礼拝堂を構えるまでの規模に育つ。これもまた、小さなコミュニティがいかにして巨大な組織へと成長していくのかという、普遍的な関心を引く事例のひとつです。

興味深いのは、これほどの人数をどうやってひとつの教会として束ねていたかです。趙鏞基牧師が広めたのは、信徒を地域ごとの小さなグループに分け、それぞれを信徒自身のリーダーが運営する「セルグループ」という仕組みでした。巨大な一枚岩の組織として管理するより、無数の小さな単位に分解し、その単位ごとに人のつながりを作っていく発想です。この手法は1976年に設立された国際教会成長研究院を通じて世界各国に伝えられ、当時成長していた教会の多くがこのモデルを参考にしたといわれています。大きな塊をそのまま扱うより、小さな単位の集合として設計し直すこの発想は、大規模なファンクラブが地域支部やオンラインコミュニティ単位で運営されている構造とも重なります。

成長の裏側で指摘されてきたこと

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もちろん、この急成長には批判の声も伴ってきました。経済メディアの分析記事では、牧師の説教スタイルがヘッドセットをつけて壇上を動き回る企業経営者のプレゼンテーションに近づいていることや、信仰よりも牧師個人のカリスマ性が重視される傾向が指摘されています。また、教会を富と成功に結びつける「繁栄の福音」と呼ばれる考え方を推進しているとして批評家から非難されることもあり、教会に集う人々が信仰を深める「弟子」から、サービスを受け取るだけの「消費者」へと変質してしまっているのではないかという懸念も繰り返し語られてきました。

この構図は、ファンダム経済を巡る議論ともどこか重なります。熱量の高いコミュニティが大きくなればなるほど、そこに関わる人を単なる「顧客」として扱う仕組みが強化されてしまう可能性がある。朝井リョウの小説がメガチャーチという題材を選んだ理由のひとつは、まさにこの構造的な相似を描き出すためだったのでしょう。

1パーセントの壁がある国だからこそ見える構図

イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

一方で、日本はこうした宗教的な巨大組織が育ちにくい土壌でもあります。調査によれば、日本のキリスト教信者数はおよそ105万人で、人口に対する比率は0.83%にとどまっています。長年にわたって信者数が人口の1%を超えられていないという状況は、しばしば「1パーセントの壁」と呼ばれてきました。

教会という受け皿そのものが社会に根づいていない日本で、人が何かに深く帰属し、物語を共有し、熱狂を分かち合う先として機能しているのが、アイドルやアニメ、スポーツチームへの「推し活」だったと捉えると、朝井リョウが海外のメガチャーチという一見遠い題材を使って日本の推し活を描いた狙いが見えてきます。宗教という受け皿が薄い社会では、別の対象がその役割を引き受けている。メガチャーチと推し活は、信仰の対象こそ違えど、人を集め、物語でつなぎとめ、コミュニティとして拡大していくという設計図のレベルでは、同じ図面を使っているというわけです。

アメリカやオーストラリアでは教会という受け皿が、韓国では戦後の混乱期を経て急成長した教会が、それぞれ巨大なコミュニティの器になってきました。器の形は国や文化ごとに違っていても、その中に注がれているのは「所属していると感じられる物語」という同じ中身です。日本という土壌では、宗教施設の代わりにライブ会場やSNSのタイムラインが、その器の役割を担ってきました。そう考えると、メガチャーチという遠い国の現象が、急に身近なものに見えてきます。

二つの経済圏を並べてみると

イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

ここまでの要素を、推し活という現代の経済圏と並べてみると、設計図の共通点がより具体的に見えてきます。

要素 メガチャーチ 推し活・ファンダム
入り口 無料で誰でも参加できる礼拝 無料のSNS投稿や配信
熱量の可視化 献金、聖歌隊、ボランティア活動 グッズ購入、円盤売上、投票
拠点の拡大 サテライトキャンパス、衛星中継 全国ツアー、ライブ配信、海外展開
中心にいる存在 カリスマ牧師 アイドル、アーティスト、インフルエンサー
繋ぎとめる力 「物語」としての教義や証し 「物語」としての成長譚や楽曲の世界観

並べてみると分かるのは、どちらの経済圏も、参加のハードルを極限まで下げた入り口と、参加者の熱量を段階的に可視化していく仕組みをセットで備えていることです。無料で始められるからこそ母数が増え、母数が増えるほど熱心な層が突出して見え、その突出ぶりがさらに新しい参加者を呼び込む。メガチャーチが長年かけて磨いてきたこの循環構造を、推し活というまったく別の文脈が、驚くほど忠実になぞっているわけです。

装置としての「集まる仕組み」

イン・ザ・メガチャーチを分析してわかった、2000人集める教会の仕組み

ここまで見てきたメガチャーチの特徴を並べてみると、礼拝堂の規模、複数拠点への展開、映像による同時配信、そして成長戦略としての拠点選定という要素は、どれも宗教固有のものというより、人を集め、熱量を維持し、組織として拡大していくための、汎用性の高い「仕組み」であることが分かります。信仰という中身を別のものに置き換えても、この設計図自体は機能してしまう。だからこそ推し活や大型フェス、オンラインサロンといった現代の様々なコミュニティにも、似たような構造が見つかるのでしょう。

『イン・ザ・メガチャーチ』というタイトルの核心は、特定の宗教や文化への揶揄というより、人が何かに夢中になり、居場所を見つけていくという営みそのものの構造を見せる点にあります。そう考えると、2000人、150億円、70万人といった数字の並びは、単なる規模自慢ではなく、人間がコミュニティを作るときに繰り返し行き着く、ひとつの到達点として読めてきます。

本屋大賞の投票権を持つのは、全国の新刊書店に勤める書店員たちです。一次投票でそれぞれが推したい作品を3作挙げ、得票数の上位10作がノミネートされたうえで、書店員が全作品を実際に読んでから順位をつける二次投票を経て大賞が決まります。投票資格を持つ書店員は1000人を超えるといわれており、宗教でも推し活でもなく、日々「本をどう届けるか」という現場で働く人たちが、この一冊を一番上に選んだという事実もまた、ひとつの小さなファンダムの投票結果だったのかもしれません。

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参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times