捜査を逃れ続けた完全犯罪の実話に迫る

現金3億円を積んだ車が白バイに扮した男に奪われ、犯人は一度も姿を見せないまま時効を迎えました。お菓子メーカーの社長が誘拐され、青酸入りの菓子がスーパーに置かれ、それでも犯人は最後まで名乗り出ませんでした。ニュース映像やドラマで繰り返し取り上げられてきたこうした事件には、単なる猟奇性とは違う独特の吸引力があります。捜査陣を出し抜き、証拠を残さず、法の網から抜け出した実話は、なぜこれほど人の関心を引きつけるのでしょうか。この記事では、日本と海外に実在する「完全犯罪」と呼ばれた事件を振り返りながら、その手口と、時代とともに変わってきた「未解決」の意味を整理していきます。

なぜ人は「完全犯罪」の実話にこれほど惹きつけられるのか

捜査を逃れ続けた完全犯罪の実話に迫る

完全犯罪という言葉に明確な法律上の定義はありませんが、一般的には「犯人が特定されない、あるいは立件されないまま終わった犯罪」を指す言葉として使われています。フィクションの世界では緻密なトリックを弄する犯人がよく描かれますが、実際に語り継がれている事件の多くは、トリックの巧妙さよりも、警察の捜査手法や当時の技術的な限界、法制度の隙間といった複数の要因が偶然重なった結果として「未解決」に終わっています。

この手の実話が読み物として面白いのは、加害と被害という単純な構図ではなく、捜査する側とされる側の情報戦、つまりシステム同士のせめぎ合いとして事件を眺められるからです。誰が仕掛け、誰がどう追い詰め、どこで綻びが生じたのかを辿っていく過程は、謎解きに似た知的な面白さを持っています。さらに数十年という時間が経過したことで当事者への生々しい恐怖よりも、社会史としての奥行きが前面に出てくることも、こうした実話が繰り返し語られる理由のひとつです。

もうひとつ見逃せないのは、こうした事件がしばしば「劇場型犯罪」と呼ばれる性質を帯びていた点です。犯人自身が挑戦状や脅迫状を通じてマスコミに語りかけ、社会全体を観客に見立てるような振る舞いを見せたことで、単なる犯罪報道の枠を超えて、時代の空気を映す出来事として記憶されていきました。次の章からは、日本と海外で実際に起きた代表的な事例を、時系列に沿って見ていきます。

こうした背景もあり、完全犯罪や未解決事件は書籍やドキュメンタリー番組の題材として繰り返し取り上げられ、ひとつのジャンルとして定着しています。当時を知らない世代にとっても、事件そのものだけでなく、それを追いかけた捜査員や記者たちの記録として読み継がれている点も特徴的です。

犯人像すら特定されないまま時効を迎えた三億円事件

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1968年12月10日の朝、東京都府中市で日本の犯罪史上もっとも有名な未解決事件のひとつが起きました。金融機関のボーナス用現金およそ3億円を積んだ輸送車が、白バイ警察官に扮した男によって停止させられます。男は車に爆発物が仕掛けられていると告げて運転手らを降ろさせ、その隙に現金を積んだ車ごと走り去りました。

捜査本部は延べ17万人以上ともいわれる捜査員を投入し、モンタージュ写真を作成するなど大規模な捜査を展開しましたが、結局犯人の逮捕には至りませんでした。事件から7年後の1975年12月10日、刑事訴訟法が定める公訴時効が成立し、法律上はこの事件を裁くことができなくなっています。さらに1988年には民事上の損害賠償請求権も除斥期間の経過によって消滅し、事件はあらゆる法的責任の追及ができない状態になりました。

特定の犯人が浮かび上がらないまま「劇場型犯罪」という言葉とともに社会に記憶され、後年には推理作家をはじめとする多くの識者が独自の犯人像や動機についての考察を発表するなど、今なお関心が絶えることがありません。ノンフィクションやドラマ、映画の題材として繰り返し取り上げられてきたこと自体が、この事件がいかに深く人々の記憶に刻まれているかを物語っています。

日本中を震撼させた劇場型犯罪、グリコ・森永事件

捜査を逃れ続けた完全犯罪の実話に迫る

1984年から1985年にかけて、大阪府と兵庫県を舞台に食品会社を標的とした一連の事件が発生しました。1984年3月、江崎グリコの社長宅に何者かが押し入り社長を誘拐し、身代金10億円と金塊100キログラムを要求しましたが、社長は監禁先の倉庫から自力で脱出しています。

その後も犯人グループは「かい人21面相」を名乗り、警察やマスコミに140通を超える挑戦状や脅迫状を送りつけました。愛知県内のスーパーには青酸を混入した菓子が置かれ、企業と消費者の双方を巻き込む前例のない規模の事件へと発展します。捜査線上では、現金の受け渡し場所に現れた「キツネ目の男」と呼ばれる人物が複数回目撃されました。1984年11月には滋賀県警の刑事がサービスエリアでこの人物とみられる男を発見しましたが職務質問には至らず、同年6月には別の捜査員が高槻駅から京都駅にかけて男を尾行したものの、不自然な動きで巻かれてしまい、結局身元の特定には結びついていません。

犯人グループの正体は最後まで明らかにならず、2000年2月13日に最後の容疑にあたる殺人未遂罪の公訴時効が成立したことで、警察庁の広域重要指定事件としては初めて完全に未解決のまま幕を閉じました。劇場型犯罪という呼び方が広く使われるきっかけになった事件としても知られています。

この事件は法制度そのものにも影響を与えました。当時の法律では流通食品への毒物混入を的確に取り締まる規定が不十分だったことから、1987年9月26日に「流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法」が公布されています。この法律により、流通食品に毒物を混入した者は10年以下の懲役、被害者を死傷させた場合はより重い刑罰が科されることになりました。ひとつの未解決事件が、後の食品犯罪への抑止力を作る法整備につながった例といえます。

主な完全犯罪の実話を年表で振り返る

事件名 発生年 主な舞台 決着
三億円事件 1968年 東京都府中市 1975年に公訴時効成立、未解決
グリコ・森永事件 1984〜1985年 大阪府・兵庫県ほか 2000年に公訴時効成立、未解決
D.B.クーパー事件 1971年 アメリカ・ワシントン州上空 犯人不明のまま2016年に捜査終了
ゾディアック事件 1968〜1969年 アメリカ・カリフォルニア州 暗号は解読も犯人は依然不明
ゴールデンステートキラー事件 1970〜1980年代 アメリカ・カリフォルニア州 2018年に系図データベース照合で逮捕

乗客の身代金を抱えて夜空に消えたD.B.クーパー事件

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海外に目を向けると、アメリカで語り継がれる代表的な未解決事件がD.B.クーパー事件です。1971年11月24日、ある男が旅客機内で爆発物を所持していると乗務員に告げ、20万ドルの身代金とパラシュートを要求しました。要求が受け入れられると、男は上空を飛行中の機体後部からパラシュートで飛び降り、そのまま姿を消しています。

FBIは長年にわたり捜査を続けましたが、男の身元はもちろん、生死すら確認できていません。1980年には身代金の一部とみられる紙幣の束が、川の岸辺で子どもたちによって偶然発見されましたが、それ以上の手がかりにはつながりませんでした。飛び降りた際に山中や川で命を落としたと考える捜査関係者がいる一方で、生還して身元を隠し続けたと主張する研究者も存在し、決着はついていません。

アメリカの航空機ハイジャック事件としては唯一の未解決事件とされ、FBIは事件から45年が経過した段階で日常的な捜査を終了しています。それでも民間の研究者やジャーナリストによる調査は今も続いており、新たな目撃情報や物証が話題になるたびにメディアで取り上げられています。FBIはこの事件のためだけに専従の捜査チームを組み、数百人にのぼる容疑者候補を調べましたが、いずれも決め手となる証拠を得られませんでした。ジャンプに使ったパラシュートの型式や、機内に残されたネクタイなど数少ない遺留品の分析からも、有力な手がかりは見つかっていません。

暗号文で警察を翻弄したゾディアック事件

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1968年から1969年にかけて、アメリカ・カリフォルニア州北部で少なくとも5人が殺害された連続殺人事件も、完全犯罪として長く語られてきた事件です。犯人は自らを「ゾディアック」と名乗り、新聞社に暗号文入りの挑戦状を送りつけたことで知られています。犯行声明の中では37人を殺害したとも主張していますが、警察が事件として確認しているのはそのうちの一部にとどまります。

送りつけられた4つの暗号文のうち一部はアマチュアの研究者によって解読されたものの、犯人の正体を示す決定的な情報は含まれていませんでした。とりわけ340文字からなる暗号文は50年以上解読されないままでしたが、2020年になって、アメリカ、オーストラリア、ベルギーの3人が独自に開発した解析手法でこの暗号を解読し、FBIもその解読結果を認めています。暗号を解いた3人は職業の研究者ではなく、それぞれソフトウェア開発者や数学者、プログラマーとして個人的にこの謎に取り組んできた人物でした。

暗号が解読された後も、そこに記された内容から犯人の身元を直接特定できる情報は見つからず、事件そのものは依然として未解決のままです。犯人からの挑戦を受けて立つ形になった捜査当局とメディア、そして市井の研究者たちの数十年にわたる攻防そのものが、この事件を特別なものにしています。

「時効」という逃げ道を塞いだ日本の法改正

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三億円事件やグリコ・森永事件が象徴するように、日本の完全犯罪の多くは公訴時効という制度と切り離せない関係にあります。かつての刑事訴訟法では、殺人など重大な犯罪であっても一定の年数が経過すると起訴すること自体ができなくなり、たとえ後になって真犯人が判明しても処罰の対象にはなりませんでした。

こうした制度に対して、未解決事件の遺族らを中心に見直しを求める声が強まり、2010年4月27日、刑事訴訟法の改正案が国会で成立し、即日施行されました。この改正により、死刑にあたる罪、つまり殺人や強盗殺人などについては公訴時効そのものが廃止され、無期懲役・禁錮にあたる罪の時効も15年から30年に延長されています。当時未解決のまま残っていた過去の事件についても遡って時効が廃止の対象となり、その数はおよそ370件にのぼったとされています。

この改正の背景には、世田谷一家殺害事件をはじめとする未解決の凶悪事件で家族を失った遺族たちが、時効撤廃を求めて活動を続けてきた経緯があります。法改正以降、少なくとも制度上は「時効成立による完全犯罪」という結末は生まれにくくなり、事件は時間が経過しても捜査対象であり続けるという前提に変わりました。

時効撤廃後も続く「継続捜査」という長い戦い

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時効が撤廃されたということは、裏を返せば警察が事件を諦めずに捜査を続ける義務を負い続けるということでもあります。警視庁では2009年11月、未解決の殺人事件などを専門に扱う特命捜査対策室が捜査第一課の中に設置されました。約40人体制で発足したこの部署は、これまでに一度捜査本部が解散した事件を含む数十件の未解決事件を対象に、当時の証拠を科学的手法で見直す作業を続けています。

代表的な対象事件としては、2000年に発生し今なお犯人が特定されていない世田谷一家殺害事件や、練馬や八王子で起きた未解決の凶悪事件などが挙げられます。当時は解析できなかった微量な証拠でも、DNA型鑑定をはじめとする科学技術が進歩したことで、時間が経ってから新たな手がかりに変わる可能性があるためです。捜査本部が解散した後も、こうした専門部署が水面下で捜査を継続している事件が全国に数多く存在しています。

こうした地道な継続捜査を後押しする仕組みとして、警察庁は2007年4月から捜査特別報奨金制度を設けています。これは社会的反響が大きい重要事件などについて、検挙につながる有力な情報を提供した人に対し、事件の性質に応じて上限100万円から300万円、特に必要と認められる場合には最大1000万円の報奨金を支払うというものです。時効がなくなった今、情報提供者への経済的なインセンティブも組み合わせることで、何年経っても手がかりを掘り起こす体制が維持されています。

DNA型鑑定と系図データベースが変えた完全犯罪の定義

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法制度の変化に加えて、科学捜査の進歩も完全犯罪という言葉の意味を変えつつあります。かつては証拠が乏しいまま迷宮入りしていた事件でも、現場に残された微量な体液や毛髪からDNA型を鑑定できるようになったことで、何十年も後になって容疑者が浮かび上がるケースが増えています。警察が保有する被疑者や遺留物のDNA型記録をデータベース化し、新たに逮捕された人物のDNA型と過去の未解決事件のものを照合する取り組みも各国で進められています。

象徴的な例が、1970年代から80年代にかけてアメリカ・カリフォルニア州で12人を殺害したとされる通称「ゴールデンステートキラー」事件です。犯人は40年以上にわたって特定されませんでしたが、2018年、捜査当局が現場に残されていたDNA型を、一般利用者が家系図作りのために遺伝情報を登録する民間の系図データベースサービスと照合したことで、思いがけない形で容疑者にたどり着きました。本人が直接そのサービスを利用していたわけではなく、遠縁の親族が登録していた遺伝情報から血縁関係をたどるという、捜査手法自体が新しい発想によるものでした。

かつては完全犯罪になり得た事件が、本人の意図しない親族のデータをきっかけに数十年越しに解決する時代になっています。三億円事件やグリコ・森永事件のような事件が今後も起こり得るかと問われれば、防犯カメラの普及や科学捜査の高度化を踏まえると、以前ほど容易ではないというのが実情に近いでしょう。それでも、なぜあの事件は解けなかったのか、当時の捜査に何が足りなかったのかを辿る作業は、単なる過去の出来事以上の意味を持ち続けています。

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参考

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