車中泊ブーム、なぜ?「移動する秘密基地」に惹かれる理由と現代人の心理
この記事からわかること
- 車中泊が一時的な流行ではなく、国内保有台数16.5万台を超える巨大な文化へと成長した理由
- 「テント泊」の非日常感と「ホテル泊」の快適さの“いいとこ取り”と言える、車中泊ならではの構造的な魅力
- なぜ私たちは「秘密基地」のように、あの“狭い空間”に本能的な安心感とワクワク感を覚えるのか、その心理的メカニズム
- リモートワークや防災意識(フェーズフリー)といった現代社会の変化が、いかにして車中泊ブームと結びついたのか
高速道路のサービスエリアや、夜明け前の「道の駅」。窓という窓を銀色のシェードでぴったりと覆い、静かに息を潜めている車たち。ここ数年、そうした光景を目にする機会が、急速に増えたと感じませんか?
この「体感」は、決して気のせいではありません。一般社団法人日本RV協会(JRVA)の調査によれば、キャンピングカーの販売総額は2024年に過去最高の1,126.5億円超を記録しました。国内のキャンピングカー保有台数は16.5万台に達し、この数字は2005年比で3.3倍にもなる驚異的な伸びを示しています。新車だけでなく中古車市場も活発であることからも、一部の愛好家のものではなく、文化として着実に裾野が広がっていることがわかります。
興味深いのは、この巨大な市場が、必ずしも自動車メーカー主導で形成されたわけではない点です。トヨタやホンダといった大手メーカーは、このブームに対して「当分は、市場動向の様子を見たい」と、ある種「様子見」の姿勢を続けてきました。この熱狂は、むしろ全国の「架装(かそう)」と呼ばれる専門業者や、ユーザー自身のDIYといった、個人の「こうしたい!」というボトムアップの熱量によって支えられてきたのです。
では、改めて問いましょう。
なぜ人々は、快適なホテルのベッドや、広々とした旅館の和室ではなく、あの「狭い」車内をあえて選ぶのでしょうか?
この記事は、その理由を「節約術」や「便利なハウツー」で解明するものではありません。このブームの裏には、私たちが本能的に求める「ある感覚」と、現代社会の構造的な変化が、まるでパズルのピースのようにカチリと組み合った、必然的な理由が存在します。
さあ、「知的な視点」で、現代人が無意識に求める“移動する秘密基地”の魅力を、一緒に解き明かしていきましょう。
- 1. 「キャンプ」とも「ホテル」とも違う、“第3の旅”
- 1.1. vs テント泊(キャンプ)
- 1.2. vs ホテル・旅館泊
- 1.3. “いいとこ取り”のシステム
- 2. それは「車中泊」ではなく「車泊(くるまはく)」
- 3. 我々が「秘密基地」を愛する心理的理由
- 3.1. 誰もが経験した「秘密基地」の記憶
- 3.2. 心理学が解き明かす「狭さ」の価値
- 3.3. 五感が喜ぶ「音響空間」
- 4. “今”、秘密基地が「移動」を始めたワケ
- 4.1. 社会の変化:リモートワークの普及
- 4.2. 技術の変化:ハードルの劇的な低下
- 4.3. 意識の変化:「フェーズフリー」という新しい常識
- 5. おわりに
- 5.1. 参考
「キャンプ」とも「ホテル」とも違う、“第3の旅”

車中泊のユニークな立ち位置を理解するために、まずは既存の宿泊体験と「構造的」に比較してみましょう。その輪郭は、「テント泊(キャンプ)」と「ホテル・旅館泊」という、馴染み深い2つの体験と対比させることで、鮮やかに浮かび上がってきます。
vs テント泊(キャンプ)
テント泊と車中泊は、「自然との近さ」や「自由度の高さ」という点で共通しています。しかし、両者には決定的な違いがあります。それは、設営・撤収にまつわる「手間」です。
テント泊の魅力が、日常とかけ離れた「非日常感」の極致にあるとすれば、それは同時に、テントを張り、寝床を整え、雨風を気にする「労働」を伴うことを意味します。
対して、車中泊の強みは「圧倒的な手軽さ」にあります。思い立ったら、特別な準備も必要なく、現地に着いてエンジンを止めた瞬間から、そこが「宿」になる。このスピード感と手軽さは、時間対効果を重視する現代の「タイパ(タイムパフォーマンス)」の価値観とも、不思議と合致するのです。
vs ホテル・旅館泊
ホテル泊と車中泊は、「雨風をしのげる、安全な“箱”の中で眠る」という安心感において共通しています。しかし、ここでも決定的な違い、すなわち「制約」の有無が浮かび上がります。
ホテルや旅館は、「安心・快適・サービスの充実」を提供してくれる代わりに、私たちは「チェックイン時間」「食事の時間」「ペット不可」といった、施設側が定めたルールと時間の「制約」を受け入れなければなりません。
対して、車中泊が提供するのは「圧倒的なスケジュールの自由」です。
例えば、登山の前泊として登山口の駐車場で仮眠し、誰よりも早く夜明けと同時に行動を開始できる。あるいは、旅先で思いがけず素晴らしい夕焼けに出会い、予定を変更して、その場で日が暮れるまで滞在することもできる。金曜の夜、仕事が終わってから深夜に現地に到着しても、誰に気兼ねすることなくすぐに休息がとれるのです。
“いいとこ取り”のシステム
こうして見ると、車中泊とは、「テント泊の自由さ」と「ホテル泊の安心感(と手軽さ)」を両立させる、まさに“いいとこ取り”のシステムであることがわかります。
さらに、この合理性は「お金の使い方」にも表れています。日本RV協会の調査や多くの実践者の声が示すのは、「宿泊費が抑えられる分、その土地の観光や食事(地元グルメ)にお金をかける」9 という、実に賢明な消費行動です。
これは単なる「安上がりの旅」ではありません。「宿泊」という“機能”への支出を最小限に抑え、そのリソースを「そこでしかできない“体験”」という価値に再投資する——。車中泊は、旅の満足度(体験の総量)を最大化するための、極めて合理的なプラットフォームなのです。
それは「車中泊」ではなく「車泊(くるまはく)」

ブームが深まり、文化として成熟する時、それを表す「言葉」も進化します。この現象を解明する上で、非常に興味深い「新しい言葉」が生まれています。
従来、「車中泊(しゃちゅうはく)」という言葉には、どこかネガティブな響きがつきまとっていました。終電を逃したり、災害に遭ったりして、「やむを得ず、仕方なく泊まる」という受動的なイメージです。
しかし、ブームが質的に変化するにつれ、新しい言葉が登場しました。
それが、「車泊(くるまはく)」です。
「車泊」とは、「車で寝泊まりをして楽しむこと」や「安らぎの場として自然豊かな地域で過ごすこと」を“積極的に”目的とする、ポジティブな行為そのものを指します。これは単なる言葉遊びではありません。この新しい言葉の登場は、車での宿泊が「仕方ない移動手段(Mobility)」から、「それ自体が目的の体験(Experience)」へと、その価値を昇華させた瞬間を示しています。
そして、この「車泊」という言葉は、現実のインフラ整備と連動して生まれました。
ブームの影として、一部の道の駅などで、駐車場の占拠やゴミ問題といったマナー違反が社会問題化した側面もあります。
しかし、文化が成熟するプロセスとは、そうした問題を乗り越えるプロセスでもあります。「車泊」という概念を提唱するトラストパーク社などは、道の駅や公園、さらにはお城といった、本来は泊まれなかった場所に、電源や24時間利用可能なトイレを備えた専用スペースを整備し始めています。
かつて日陰の存在だったかもしれない行為が、専用の「場所」とポジティブな「名前」を与えられることで、誰もが安心して楽しめる「文化」へと変貌を遂げたのです。「車泊」という言葉の誕生は、まさにその象徴と言えるでしょう。
我々が「秘密基地」を愛する心理的理由

ここまでの分析で、車中泊が「自由で手軽」、そして「合理的」な選択肢であることは分かりました。しかし、まだ核心的な謎が残っています。
それは、「なぜ人間は、あの“狭い空間”に、本能的に惹かれるのか?」という問いです。
この問いに答えるカギは、私たちの遠い記憶、すなわち「原体験」の中に隠されています。
誰もが経験した「秘密基地」の記憶
読者の皆さんも、子供の頃に経験がありませんか?
押入れの暗がり、机の下、あるいは親に隠れて持ち込んだ段ボール箱。毛布やシーツで囲いを作り、自分だけの「秘密基地」をこしらえて、言いようのないワクワク感を覚えたあの記憶です。
心理学や教育学の分野でも、この「秘密基地」体験は、単なる遊びにとどまらない重要な意味を持つとされています。それは、子どもの「想像力」を育み、「自分達だけの世界を創り出し楽しむ」ための、決定的な「原体験」なのです。
大人が車中泊に感じる、あの独特の「ワクワク感」や「安心感」の正体。それこそが、幼少期に感じた「秘密基地」の記憶の再来に他なりません。
車という空間は、「現代に蘇った秘密基地」として、心理学的に見ても完璧な構造を備えているのです。
心理学が解き明かす「狭さ」の価値
ここで、2つの専門的な「視点」から、この「狭さの価値」を分析してみましょう。
1. 究極の「パーソナルスペース」としての車
心理学には「パーソナルスペース」という概念があります。これは、他人に侵入されたくないと感じる、個人の物理的・心理的な領域のことです。
車という存在は、まさにこの「パーソナルスペース」の塊です。「他人の侵入を制限したい」という私たちの欲求を、鉄のボディとロック可能なドアという物理的な境界線で、完璧に満してくれます。
それは、満員電車のような「コントロール不可能な狭さ」とは対極にある、「すべてを自分で管理・統制できる、絶対的な“私の領域”」なのです。
2. 「アフォーダンス理論」が示す“狭さ”の意味
さらに、知覚心理学者ギブソンが提唱した「アフォーダンス理論」6 という考え方が、この心地よさの本質を説明してくれます。これは、「環境が、動物(人間)に対してどのような“価値”を提供(アフォード)しているか」を考える理論です。
例えば、椅子は「座れること」を、隙間は「通り抜けられること」6 を、私たちに“アフォード”しています。
では、車中泊における“狭さ”は、何をアフォードしているのでしょうか。
それは「圧迫感」ではありません。むしろ、「全身が空間に接する」「守られている」「包み込まれている」という、母の胎内にも似た本能的な安心感をアフォードしているのです。
五感が喜ぶ「音響空間」
この「守られた空間」という特性は、「五感」、特に「聴覚」にもユニークな体験をもたらします。
車内という密閉された“秘密基地”は、外部の音をドラマチックに演出する、特別な音響空間となります。
屋根をポツポツと叩く雨音。車のすぐそばを流れる川のせせらぎ。遠くで鳴く虫の声。
こうした自然の音には、焚き火の炎や心拍のリズムにも見られる「1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)」という、人をリラックスさせる特別なリズムが含まれていることが多いのです。
「鉄の箱で外界から守られている」という絶対的な安心感の中で、「心地よい自然の音(1/fゆらぎ)」に耳を澄ませる。これこそが、車中泊がもたらす、五感を通じた究極のリラクゼーション体験なのです。
“今”、秘密基地が「移動」を始めたワケ

「自分だけの秘密基地が欲しい」という普遍的な欲求 4 は、昔からありました。
では、なぜ“今”、その秘密基地は「移動」を始め、これほどまでのブームとなったのでしょうか?
それは、「社会(Work)」「技術(Technology)」「意識(Life)」という3つの大きな変化の波が、この数年間で奇跡的に交差し、私たちの背中を押したからです。
社会の変化:リモートワークの普及
最大のきっかけは、新型コロナ禍がもたらした働き方の革命です。「仕事は会社でするもの」という長年の常識が崩れ、リモートワークやワーケーションが社会に浸透しました。
これにより、「好きな場所で働く」という選択肢が現実のものとなり、車は「動くオフィス」「リモートオフィス」としての、全く新しい価値を獲得したのです。
技術の変化:ハードルの劇的な低下
かつての車中泊は、寒さ、暑さ、電力不足といった「不便さ」との戦いでした。しかし、近年のテクノロジーの進化が、そのハードルを劇的に下げました。
- 電力の民主化: 大容量の「ポータブル電源」が手頃な価格で普及したことで、車内でパソコンや電気毛布、ポータブル冷蔵庫といった電化製品を、当たり前に使えるようになりました。
- 車両の進化: かつてはトヨタ・ハイエースのような大型車を「架装」するのが主流でした。しかし今、ホンダのN-VANやスズキのエブリイといった「軽キャンパー」(軽自動車のキャンピングカー)が市場を席巻しています。これらは、「平日は日常の足」として使いながら、「週末は完璧な秘密基地」になるという、見事な両立を可能にしました。これが、ブームの裾野を一気に広げたのです。
意識の変化:「フェーズフリー」という新しい常識
そして、これが現代日本特有の、最も重要な変化かもしれません。それは、相次ぐ自然災害によって高まった「防災意識」です。
皆さんは、「フェーズフリー(Phase-Free)」という概念をご存知でしょうか。
これは、「日常時」と「非常時(災害時)」の垣根(フェーズ)をなくし、普段から使っているモノやサービスが、災害時にもそのまま役立つようにしよう、という新しい防災の考え方です。
LEDライト、ポータブル電源、携帯用簡易トイレ…もうお分かりですね。快適な車中泊のために揃えたアイテムや、そのためにカスタムした車は、まさに「フェーズフリー」の思想そのものなのです。
「楽しいレジャー(日常時)」のために準備した“秘密基地”が、そのまま「万が一の際のプライベートな避難所(非常時)」になる。
この「遊び」と「備え」の境界線が溶け合う感覚こそが、車中泊という趣味に、「家族を守るための賢明な投資」という、合理的かつ強力な“大義名分”を与えたのです。
このムーブメントは、家を持ずに車で生活する「バンライフ(VANLIFE)」という欧米発のグローバルなトレンドとも呼応しています。しかし、日常と非日常を「フェーズフリー」で賢く行き来する日本のスタイルは、また違った形の、独自の進化と言えるでしょう。
おわりに
さて、「なぜ今、車中泊はブームなのか?」という問いに、もう一度立ち返ってみましょう。
その答えは、単なる節約術や一過性の流行ではありませんでした。
それは、「自分だけの“秘密基地”が欲しい」という私たちの普遍的な願い(普遍性)と、「いつでも、どこへでも移動できる“自由”が欲しい」という現代的な欲求(時代性)が、テクノロジーと社会の変化という追い風を受け、手の届く形で結びついた、「新しい“遊び”の発明」だったのです。
車中泊とは、窮屈な日常のシステムや、24時間接続され続けるデジタルの網の目から一時的にログアウトし、自分だけの「余白」を取り戻す行為です。
それは、ホテルのように「誰かに整えられた快適さ」に身を委ねるのでもなければ、テントのように「自然の厳しさ」に身を晒すのでもない。自分自身で工夫して構築する「主体的な快適さ」であり、鉄のシェルターに守られた「小さな冒険」です。
次にあなたが高速道路のサービスエリアで、あの「銀色のシェード」を見かけた時。
もう、それを「窮屈そうだな」とか「節約かな」という目で見ることはないはずです。
そのシェードの裏側には、自分だけの「“移動する秘密基地”を手に入れた冒険家」が、束の間の休息(あるいは、大都会の真ん中で刺激的なリモートワーク)を楽しんでいるのです。
そう考えると、ありふれた駐車場の風景が、昨日までとは少しだけ違って見える。
——少しだけ面白く、そして愛おしく感じられませんか?
衣食星〜巡る宇宙に想いをよせて〜
星空案内人・前田悟郎に、星座の魅力を思う存分に語っていただきました。古代から受け継がれてきた、星と星の繋がりに想いをよせて…。今夜は夜空を見上げてみませんか?
参考
- 2024年キャンピングカー販売総額が過去最高の1126.5億円超え! - PR TIMES
- 2025年キャンピングカートレンド:軽モデルとEV化が主流に - Accio
- 「キャンピングカー白書2025」抜粋 – 一般社団法人 日本オートキャンプ協会
- ブームは一過性? 「キャンピングカー」販売 自動車メーカーの腰が重いワケ | AUTOCAR JAPAN
- キャンプか車中泊か?迷っているあなたへ|両方愛する私の本音と併用スタイルのススメ
- 【安い・安全・効率的?】どっちが得?車中泊とホテルを徹底比較
- 昔と今でこんなに違う!イマドキ車中泊の魅力とはじめるコツ
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- 佐々木正人『アフォーダンス-新しい認知の理論』 - 立命館大学
- 1/fゆらぎとは?5つの具体例と音楽のジャンルをわかりやすく解説 | クロア-メディア
- ワーケーションで活きる「車中泊」の魅力とは - 新刊JP
- 大都会でのキャンプ、それが「車中泊」の醍醐味なんです| 小澤貴裕 - Carstay
- フェーズフリーとは?災害時における重要性と取り入れる方法を徹底解説 - EcoFlow Blog
- 私たちがバンライフをはじめた理由は、死ぬまで新婚旅行がしたいから






