「タイパ」とは?〜重視するZ世代。その価値観は日本の社会や消費をどう変えるのか?〜

最近、こんな光景を目にしたことはないでしょうか。電車の中で、スマートフォンで動画を観ている若者の画面を覗くと、登場人物がまるで早口言葉のように高速でしゃべっている――。あるいは、映画やドラマの感想を話している時、「面白かったけど、ちょっと冗長だったから1.5倍速で観た」という言葉を耳にする。

損害保険ジャパンが実施した調査では、驚くべき事実が明らかになっています。Z世代の70.0%が動画を倍速視聴しており、快適に感じる速度は1.5倍速。しかも、Z世代は他世代と比べて約1.2倍の情報量(1秒あたり12.3文字)をストレスなく理解できるというのです。

こうした行動の背景にあるのが、Z世代(1990年代後半〜2010年代前半生まれ)を中心に広がる「タイパ(タイムパフォーマンス)」という価値観です。三省堂主催の「今年の新語 2022」の大賞に選ばれたこの言葉は、「費やした時間に対して得られる満足の割合」を意味し、かつて私たちが重視してきた「コスパ(コストパフォーマンス)」の時間版と言えるでしょう。

でも、ちょっと待ってください。時間を大切にするのは、どの世代にも共通する価値観のはず。なぜ今、特にZ世代の間でタイパが注目されているのでしょうか?

データが示す、Z世代の「タイパ意識」の実態

インテージが5,504人を対象に実施した大規模調査から、興味深い結果が浮かび上がっています。「時間を大切にしたい」という根本的な意識は全世代の約80%が持っており、世代間に有意差はありません。つまり、タイパの根っこにある価値観は、実は世代を問わず共通しているのです。

しかし、Z世代が他世代と決定的に異なるのは、タイパを実現するための具体的な行動です。調査対象となった10個の質問のうち、なんと7個でZ世代が他世代より有意に高い傾向を示しました。特に「一定の時間の中で、できるだけ多くのことを楽しみたい、経験したい」という回答はZ世代に顕著で、物事を始める前から時間と価値のバランスを考えているのです。

セイコー時間白書2024の調査結果も、この傾向を裏付けています。調査対象の58.0%が「タイパを意識して行動している」と回答し、78.5%が「なるべく早く正解にたどり着きたい」、そして94.8%もの人々が「なるべく無駄な時間は過ごしたくない」と答えているのです。

「時間」の価値は、どう変わってきたのか

では、なぜZ世代はこれほどまでにタイパを重視するのでしょうか。その答えを探るには、人類の時間意識の変遷を辿る必要があります。

社会学者の真木悠介(見田宗介)氏は、『時間の比較社会学』において、人間の時間意識が歴史とともに大きく変化してきたことを指摘しています。農耕社会では、季節の巡りという「円環的な時間」の中で人々は生きていました。しかし近代化とともに、時間は「直線的」なものへと変わり、「過ぎ去ったら二度と戻らない有限な資源」として認識されるようになったのです。

そして現代。特にデジタルネイティブであるZ世代が育った環境は、さらに特殊です。彼らは物心ついた時からインターネットとスマートフォンに囲まれ、情報爆発の時代を生きています。

総務省の「情報通信白書」のデータを見ると、その変化の速さが実感できます。スマートフォンの世帯保有率は2010年には9.7%に過ぎませんでしたが、2020年には86.8%に達しました。SNS、動画配信サービス、ニュースアプリ、友人からのメッセージ――選択肢は無限に存在し、「見たいもの」「知りたいこと」は決して尽きることがありません。

つまりZ世代にとって、希少なのはお金よりも時間なのです。

「タイパ消費」が変える日本のビジネスと文化

この価値観の変化は、社会や消費のあり方を確実に変えつつあります。

エンターテインメント業界では、映画の冒頭5分で視聴者を引き込めなければ「離脱」される時代になりました。実際、Z世代の1日あたりの動画視聴時間は平均2.9時間と、他世代より長いにもかかわらず、その内容は効率的に消費されています。TikTokに代表される「ショート動画」の隆盛も、タイパ重視の表れと言えるでしょう。

教育の分野でも、タイパの影響は顕著です。書籍の要約サービス「flier(フライヤー)」は、1冊の本を約10分で理解できるよう要約を提供し、ビジネスパーソンを中心に利用者を伸ばしています。通常4〜6時間かかる読書を10分に短縮できるのは、まさにタイパ重視のサービスです。

飲食業界でも変化は進んでいます。調理の手間を省きながら健康的な食事を提供するミールキット市場は急拡大。Oisixのような宅配サービスは、食材の購入時間を省き、料理にかかる時間を短縮することで、タイパを実現しています。

タイパ時代のマーケティング戦略

こうした消費者の価値観の変化は、企業にとって大きなチャンスであると同時に、対応を迫られる課題でもあります。では、企業は「タイパ需要」にどう応えていけばよいのでしょうか。いくつかの成功事例からそのヒントを探ります。

  • 「すぐわかる」を徹底する:TikTokやYouTubeショートでの短尺動画プロモーションは今や常識です。Webサイトや広告でも、結論を先に述べ、要点を簡潔に伝える「結論ファースト」の情報発信が求められます。
  • 「選ぶ時間」を短縮する:膨大な選択肢は、Z世代にとって時間の無駄と感じられます。個人の好みに合わせたレコメンド機能の強化や、目的別に最適化された「セット商品」の提案が有効です。
  • 「失敗したくない」心理に応える:タイパは「時間を無駄にしたくない=失敗したくない」という心理と密接に結びついています。コスメ業界の「お試しサイズ」や、SaaS業界の「無料トライアル」のように、低リスクで価値を体験できる仕組みが重要になります。食品業界における「完全栄養食」やプロテインバーの流行も、「栄養摂取の失敗」というリスクを回避したいタイパ意識の表れと捉えられます。

意外と知らない「倍速視聴」の認知科学

「倍速で観たら内容が頭に入らないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、SHIBUYA109 lab.の調査から興味深い事実が明らかになっています。Z世代は動画のジャンルによって視聴速度を巧みに使い分けているのです。

知識や情報を得るためのコンテンツでは2倍速視聴が30%弱と多数派である一方、映画に関しては2倍速視聴は10%未満。つまり、「情報取得」と「体験」を明確に区別し、それぞれに最適な視聴方法を選んでいるのです。

でも、本当にそれで「豊かさ」は得られるのか?

ここで少し立ち止まって考えてみましょう。時間効率を極限まで追求する生き方は、私たちを本当に幸せにするのでしょうか?タイパという価値観がもたらす光と影、その両面を冷静に見つめてみましょう。

タイパがもたらすメリットとデメリット

【メリット】

  • 可処分時間の創出:無駄な時間を削ることで、趣味や自己投資、大切な人との対話など、自分が本当に価値を感じる活動に集中できます。
  • 情報格差の解消:短時間で効率的に多くの情報に触れることで、めまぐるしく変化する社会の動きにキャッチアップしやすくなります。
  • 時間的損失の回避:映画や書籍などのコンテンツを消費する前にレビューや要約を確認することで、「面白くなかった」と感じる時間的損失のリスクを減らせます。

【デメリット】

  • セレンディピティ(偶発的な出会い)の喪失:寄り道や無駄話の中にこそ存在する、予期せぬ発見や感動の機会が失われがちになります。
  • プロセスを楽しむ能力の低下:結果や結論だけを求めるあまり、物事の過程そのものをじっくりと味わい、楽しむ姿勢が育ちにくくなる可能性があります。
  • タイパ疲れ:常に効率を意識し、「時間を無駄にしていないか」と考えることが、かえって精神的なプレッシャーや疲労につながることもあります。

興味深いのは、Z世代の中にもこうしたデメリットを敏感に感じ取り、**「脱タイパ」**とも呼べる揺り戻しの動きが見られることです。ニッセイ基礎研究所の廣瀬涼研究員は、「タイパ時代の『脱タイパ』消費」という現象を指摘しています。

SHIBUYA109 lab.の調査では、Z世代の約7割が「何もしない時間が欲しい」と回答しています。効率化・短縮したいこととして「移動時間」「勉強・課題」が上位に来る一方で、時間をかけても惜しくないこととして「睡眠」「趣味・習い事」「推し活」が挙げられているのです。

ある18歳の女性は「趣味の音楽を聴く時や、推しの出演している番組は定速で見ます」と語り、27歳の女性は「美味しいものを探すことは時間をかけてでもしたい」と答えています。

つまり、Z世代は単なる「タイパ至上主義」ではなく、**「時間の選択的投資」**を実践しているのです。目的達成の過程を無駄だと感じるものはタイパを重視し、過程そのものを楽しめるものには時間をかける――この使い分けこそが、現代の時間哲学なのかもしれません。

「タイパ」と「ゆらぎ」は対立しない――新しい時間の使い方

ここで重要なのは、タイパという価値観を単純に「善」か「悪」かで判断するのではなく、時と場合によって使い分ける知恵ではないでしょうか。

電通メディアイノベーションラボと関西学院大学の共同調査では、大学生が受験勉強時代にYouTubeの倍速視聴機能に慣れ親しんだ経験が、現在の動画視聴習慣に影響していることが明らかになっています。関西学院大学の森康俊教授は、「お金を無駄にしたくない、時間を無駄にしたくないという二つの気持ちがある中で、時間を無駄にしたくないという思いがより強く、特に女性にその傾向が高い」と指摘しています。

実際、タイパを意識して生まれた時間の使い道として最も多いのは「睡眠」。次いで動画視聴や趣味など、各自が興味を持つ要素に充てられています。つまり、効率化の目的は「より多くのタスクをこなすこと」ではなく、「自分が本当に大切にしたいことに時間を使うこと」なのです。

実践!今日から始めるタイパ向上術

このように、タイパとは単なる時短ではなく「価値ある時間を創出するための手段」と言えます。では、日々の暮らしの中で、私たちはどのようにしてタイパを高め、自分らしい時間を手に入れることができるのでしょうか。具体的な方法をいくつかご紹介します。

  • 情報収集編:ニュースは音声メディアや要約アプリで「ながら聞き」する。気になるYouTube動画は、AI要約ツールで概要を掴んでから視聴するか判断する。
  • 学習編:オンライン学習プラットフォーム(Udemy, Courseraなど)の倍速機能や字幕機能をフル活用する。英単語などはスマホの暗記アプリで隙間時間に行う。
  • 生活・家事編:ミールキットや冷凍宅配弁当サービスを週に数回取り入れる。ロボット掃除機や食洗機、乾燥機付き洗濯機といった「時短三種の神器」への投資を検討する。

タイパの次に来る価値観とは?

Z世代の価値観は、常に変化し続けます。タイパが当たり前となった今、その先にはどのような新しい時間の尺度が現れるのでしょうか。いくつかのキーワードから、未来の価値観を少しだけ覗いてみましょう。

  • スペパ(スペースパフォーマンス):空間対効果。限られた居住空間やデスク周りをいかに効率的かつ快適に使うかという価値観。ミニマリズムや収納術への関心の高まりもこの一種です。
  • ウェルパ(ウェルビーイングパフォーマンス):心身の健康や幸福度の効率。短時間で高いリフレッシュ効果を得られる瞑想アプリやパワーナップ(短時間睡眠)などへの関心。
  • コトパ(コトパフォーマンス):「脱タイパ」の動きと連動し、かけた時間や費用に対してどれだけ質の高い「体験」が得られたかを重視する考え方。非日常的な旅行や、手間暇をかける趣味などがこれにあたります。

これらの新しい「〇〇パ」は、タイパと対立するものではなく、タイパによって生み出された時間を、何にどう投資するかの指針となる価値観と言えるかもしれません。

タイパが教えてくれる、これからの「豊かさ」のかたち

Z世代の「タイパ」という価値観は、決して単なる若者の流行ではありません。それは、情報爆発の時代を生き抜くための適応戦略であり、限られた人生の時間をより充実させたいという、極めて人間的な欲求の現れです。

SHIBUYA109 lab.の調査で興味深いのは、Z世代の約75%が「『タイパ』という言葉を日常的によく使う」わけではないということ。むしろ「当たり前すぎて言葉にしない」――これが実態なのです。タイパは、Z世代にとって空気のように自然な価値観になっているのかもしれません。

彼らの行動は、ビジネスや教育、エンターテインメントのあり方を変え、社会全体に「時間をどう使うか」という問いを突きつけています。同時に、効率だけではない「ゆらぎ」の時間の大切さも、私たちに気づかせてくれます。

もしかすると、これからの時代の「豊かさ」とは、高速と低速、効率と非効率、デジタルとアナログを、自分の意思で選び取り、組み合わせる自由のことなのかもしれません。

次にあなたが動画の再生速度を選ぶとき、あるいは週末の過ごし方を決めるとき――そこには、あなた自身の「時間哲学」が表れています。タイパという概念は、私たちに「自分にとって本当に価値ある時間とは何か」を問いかけ続けているのです。

そう考えると、世界は少しだけ面白く、そして自分の選択が少し愛おしく感じられてきませんか?

参考

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-偏愛が気づかせる、私たちの見えていなかった世界-

なぜだか目が離せない。
偏った愛とその持ち主は、不思議な引力を持つものです。
“偏”に対して真っ直ぐに、“愛”を注ぐからこそ持ち得た独自の眼差し。
そんな偏愛者の主観に満ちたピントから覗かれる世界には、
ウィットに富んだ思いがけない驚きが広がります。
なんだかわからず面白い。「そういうことか」とピンとくる。

偏愛のミカタ PinTo Times